第一王子の強行お茶会
モクバの寮室を片付け終わったエミリアとモクバは公共施設の温室でお茶をしていた。
他の学生も集っていたものの、公爵家の麗しい姉弟の近くでお茶会を開く勇気のある者はいないらしく、遠巻きに様子をうかがわれているようだ。
「お姉さまは選択科目、なにを取っておられるんですか」
にこやかにモクバが問うとエミリアは「美術よ」と答えた。
モクバはエミリアの描くとんちんかんな絵が好きだったが、あれで評価をもらえるのか首を傾げた。
エミリアは美術センスが壊滅的だったが、なぜか本人は下手に自信があり周りが口を出せないでいた。
「最近何か描かれたんですか?」
「木よ」
エミリアが答えるとモクバは「木…」と苦笑した。
「僕、お姉さまに書いていただいた似顔絵を日記に挟んでいます」
嬉しそうにモクバが言うとエミリアは「あら、そうなの」と驚く様子もなく答えた。
「私も、あなたがくれた花をしおりにしているのよ」
エミリアが淡々とそう返すと、モクバは顔を赤くし「う、嬉しいです」と返事した。
「お姉さまは絵をかくのがお好きですもんね」
モクバが微笑むとエミリアはまんざらでもないように「そうね、まあ得意な方かしら」と答えた。
モクバは断じてエミリアの絵が上手いなどとは言っていない。お好きですね、と言っただけなのだが、自信たっぷりなエミリアが可愛らしくモクバはくつくつと笑った。
「君のお姉さんはなかなか独特な絵を描くよね」
突然エミリアの背後から男の声がした。
エミリアが振り向くと真っ赤な瞳がじっとモクバを見つめている。
「【オーランド・テセリス・ミデン】…第一王子殿下」
エミリアはそう呟くと、ゆったりとした仕草で立ち上がり頭を下げた。モクバもエミリアに倣い礼をする。
「ははは、姉弟水入らずのところに水を差したかな」
オーランドはそう言って笑うと、どういうわけか背後に控える赤毛の付き人にアイコンタクトを飛ばし、二人の座る机の傍に椅子を置かせた。
エミリアは「水を差したかな?じゃなくて滝行よ、これじゃ!それくらい失礼!」と眉間にしわが寄りそうだったがどうにか耐えた。
「あまりにも麗しい二人を見ていたら、妖精を見ているようでね。よかったら仲間に入れてくれないか」
そういってオーランドは我が物顔でどっかりと椅子に座り、王子の暴挙をみて呆然と突っ立っているエミリアとモクバに向かって「座って」と椅子に手を差し出し座るよう促した。
エミリアはそんな横暴なオーランドの行動を見て「まぜてあげるなんて言ってませんが」と舌先まで出かかった言葉を飲み込み「さようですか…」と、か細い声で返事をした。
前世で見た百合に挟まりたいオジさんレベルで許されない行為を王子はしているのだが、地位が地位のため強く言えない。扱いにくいオジさんだ。
「弟君。名前は何というんだい」
オーランドに問われモクバはにっこりと微笑むと「モクバ・トロイ・トゥリアンダと申します。殿下とともに学べるなんて至極感激です」と礼儀正しく返事をする。…よくできた弟だ。
「こんな麗しい令息は初め「殿下、先日の音楽祭はお疲れ様でございました」
エミリアはにこにことした仮面を張り付けたまま「いらんこというな」と言わんばかりに王子の言葉にかぶせるように話した。明らかにオーランドの表情が一瞬曇ったがエミリアは怯まずに「令嬢皆が殿下に夢中でしたわ~」と話す。
「…それにしても」
と、オーランドは勝手に話を切り上げると「二人とも見目麗しいな、アルトゥヌ殿の遺伝かな」とオーランドは笑った。
エミリアは「言葉にかぶせた私も私だけど話の切り替えが露骨すぎる」と、イラっとしつつも微笑みを崩さなかった。
…そう、このオーランドは言ってしまえばアルトゥヌ側の親族だ。
複雑な家系図が出てくるので正直血は薄いのかもしれないが、先王の末娘だったアルトゥヌの5つほど上の兄の子がオーランドだった。…ちなみにアルトゥヌとその兄は腹違いだった。そしてもっともっとちなみにアルトゥヌの父、先王は病死し、現在は先々王だったアルトゥヌの祖父が王として再君している。
「父に似ているといわれますのでお母様はあまり関係ないかと」
そう答えたエミリアに「ああ、アルトゥヌ様はミルク色の髪だったものな」と笑った。誰が毛の話しとんねんとエミリアは思ったが素知らぬ顔で紅茶を飲む。
エミリアの青みのある銀色のまっすぐした髪は完全に父の遺伝だ。瞳の色合いは母に似てはいるものの、顔つきもほとんど父親似なのであまりアルトゥヌっぽさはない。いうなれば華奢な体系…くらいだろうか。
「君は?どちら似かな?」
ただの世間話のつもりだろうが養子でやってきたモクバにそれはひどい質問だ。父の婚外子だが正直父には似ていない。きっと母親似なのだろう。エミリアは聞こえない程度にうすい溜息を吐く。王族であるオーランドがそれを知らないわけはない。知らないのであれば勉強不足だ。
困ったように目を泳がすモクバをみてエミリアは「叔父似ですの」と適当に答えた。
「そうか…叔父さんに…」
オーランドは大きく切れ長な瞳をより大きく開くと「叔父さん…ね」と、うすら笑いを浮かべたまま何度もつぶやいた。その様子を隣で見ていたエミリアは「いや、きもいきもいきもい…」と、鳥肌の立った腕を何度もさすった。
「お姉様、寒いのですか?」
モクバに尋ねられ、エミリアはこれだ!と思いつくと同時に「ええ、冷えてまいりましたので私共はこれで…」とさっさと椅子を立った。
「ああ、じゃあモクバは借り…」
にこにことオーランドが話す上から「モクバ、送ってくれる?」とエミリアは話した。モクバも「もちろんですお姉様」とにこやかにエミリアの傍に立ち、エスコートするように腕を組んだ。
「では、殿下。ごきげんよう」
エミリアは勝ち誇った表情で美しい礼をのこし、温室を後にした。
オーランド第一王子から逃げるように温室を出たエミリアは深い溜息を吐いた。
「お姉様、大丈夫ですか?」
モクバはエミリアの顔を覗き込み心配したように眉を八の字にしている。
「平気よ」
「…寮までお送りします」
つれない返事のエミリアの手を取りモクバは微笑んだ。そんなモクバの手をエミリアは逆に引くと「私が送るわ」と男子寮に向かって歩きだした。
「こういうときは、男が送るものでは?」
モクバは困惑したような声をあげるが紳士的なモクバがエミリアを引っ張り返すことはない。
「モクバは綺麗なんだから、一人で寮まで戻る間に何があるかわからないでしょう」
ツンとしたエミリアの苺色をした瞳がモクバを見る。
モクバは一瞬目を見開くと、すぐに吹き出し「お姉様もお綺麗ですよ」と返事した。
「まあ、不細工ではないでしょう」
エミリアは自身の父の顔を思い出していた。確かに美人系ではあるもののきつめの美人顔だ。しかし公爵令嬢という立場もあり、他者と関わるときは距離感をもって立場をわきまえて話すあまりつっけんどんになってしまう。これでは性格が悪いと他者に勘違いされても仕方がないし、そうなれば総合的に綺麗と称するのはむずかしい、とエミリアは考えた。
自分とは反対に、柔らかそうなねこっ毛にくりっとした瞳、絹のように白く滑らかな肌、そしていつも穏やかな笑みを浮かべているモクバこそ総合的に”綺麗”という称号がふさわしいだろう。
「部屋に戻ってから来客があっても対応しなくていいわ」
「…無いとは思いますが、自分より立場の上の方が来られたら対応しますよ」
「無視なさい」
「そんなわけには…」
モクバの部屋の前でエミリアは腕を組みフンっと鼻息を吐き「私が許します」と、いった。
エミリアはくるりとモクバに背を向け「ハエル」と声を上げた。いつから控えていたのかハエルが廊下の奥から顔を出し、モクバに礼をする。
「卒業まで絶対気を抜かないように」
そう言って歩き出したエミリアは「あ」と一言、何かに気が付いたようにまた踵を返してモクバの元に戻ってくる。
モクバは少し首を傾げ、姉の様子を見守っている。
ごそごそとエミリアは小さなポシェットからジュエリーケースを取り出し「入学のお祝いよ」とモクバに微笑みかけた。
モクバは頬を染め「ぼ、僕に?」とエミリアを見る。
エミリアはにこやかに頷くと「カフスボタンなの。大人っぽすぎたかしら」とケース開いた。濃いグレーのジュエリーケースが開くとそこには真っ青な宝石が埋め込まれたいたってシンプルなカフスボタンが収められていた。
「綺麗…」
モクバはそう呟き、エミリアからケースを受け取る。
「そうでしょう。貴方の瞳の色と同じだったから買っちゃったの」
そう言ってエミリアは「きっと似合うわ」と嬉しそうに言った。
「お姉様、ありがとうございます。大切にします」
モクバは本当にうれしそうに「特別な日につけようかなあ」と頬を赤くしたままエミリアに言った。
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一人部屋にしては嫌に広い寮室でモクバはエミリアからもらったカフスボタンを見つめていた。
「…こんなの、初めてだ」
モクバはいたってナチュラルな動きでカフスボタンを自身の袖につけ、月明かりに当てた。
キラキラと自身の瞳と同じ青に光る宝石を見て、モクバは何とも言えない高揚感を覚え、それにキスをした。
「お姉様」




