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弟の入学式

 今日は入学式だ。

 そして、同時にモクバの誕生日でもある。


「モクバ、入学おめでとう。そしてお誕生日も」


 エミリアはそう言いながら馬車の中でモクバと向き合う。

 今日から学園でエミリアとモクバの寮生活が始まるということもあり、乗車している馬車にくっつくようにもう1台荷物を積んでいる馬車が走っている。ガタガタと大きな荷馬車の音が響いている。

「お姉様、ありがとうございます」

 にこにことモクバは爽やかに笑う。まだ13歳だというのにもう大人の魅力を纏ったような妖艶さだ。君の唇は何だ?バラのつぼみなのか?

「寮生活なんて、本当に大丈夫かしら」

「大丈夫ですよ。それに姉弟であれば公室を借りてお茶もできるそうですし、お姉様ともお話しする時間は取れそうで嬉しいです」

 男女の寮が離れてはいるものの、建物の間に公共のどでかい温室があるのだ。授業の後にはそこで落ち合い、男女でのお茶会を楽しめるらしい。BL小説の世界でも一応異性間交遊もできるのだ。


 また、婚約者同士や家族であれば別途個室も借りられる。モクバは最低週に3回、そこでエミリアと落ち合うことを義務付けられており、エミリアのいない時間どのように過ごしていたのかを報告することになっている。

 そんな約束を聞いた父も母も「エミリアはどうしてこんな弟好きに育ってしまったのやら」と頭を抱えていたがエミリアはどうにかしてストーリーを破壊しなくてはいけない。

 学園の男どもに手駒にされ、モクバが傷つかないのが一番だが入学まで来てしまった以上エミリアが情報で他の男どもよりも先を行かねばならないのだ。

 そして手っ取り早い対応策が”エミリア”というBL現場におけるバグ的な存在を追加することだ。公爵令嬢が張り付いた令息、これによって公にモクバに手を出そうとする者は減るはず。


「少しでも生活の中で違和感を感じたら全部私に報告するのよ」


 エミリアが「私は本気だ」とばかりに凄むも、モクバはエミリアの顔を見てくすくすと小さく笑っている。その姿すらも可憐でもっと心配になってきた。

「お姉様は心配性すぎます」

 よほど面白かったのかなかなか笑いは収まらずモクバの頬は紅潮し、妖艶さが5倍になった。

「…モクバは自分の魅力に気付くべきよ」

 そう言ってエミリアはえふんえふんと咳払いをした。そんなエミリアを見てモクバは嬉しそうに「えー?」と首を傾げた。


 *


 滞りなく入学式は終了した。

 エミリアは成績優秀者として舞台の上に並べられた椅子に着席している。これから生徒の退場時間だ。いまだ動いていないモクバと、その周辺にエミリアは目を凝らした。

「…いた」

 エミリアは頭の中でそう呟き一人の男を目で追った。


【マーティン・デリック・ペンデ】

 モクバと同い年の男爵家の青年。仏頂面のままじっと石のように突っ立っている。

 …まあ式の最中にへらへらしててもおかしいが、とりあえず石仮面のような顔の男の子だ。

 紺色の髪の毛は針金のように硬そうで、銀色にも見える淡い青の瞳が冷たい。肌は褐色めいている。彼は剣術が長けており、学園でも剣術において並ぶ者はいないほどだ。


 そして自分の視線を隣に移すと【オーランド・テセリス・ミデン】第一王子が座っている。生徒代表として先ほどあいさつを終えたばかりのオーランドはにこにこと張り付いた笑顔のまま退場する生徒を見送っている。



 講堂から続々と生徒があふれ出てくる中、エミリアも紛れるようにして裏口から出ようと列をなしていた。エミリアがステージ裏から繋がる少し離れの出入り口から顔を出したところ、そこにはモクバがいた。

「お姉様…!」

「あら…モクバ、なんでここに?」

「お姉様を待っていました」

「ここに出入り口があるのすぐにわかったの?」

この裏口は講堂の入り組んだ廊下の先にあり、今日入学したばかりのモクバがここにいることがエミリアは不思議だった。モクバは不思議そうに首を傾げ、すぐに微笑んだ。

「…?ステージに立っていた先生方がここから出てこられたので、お姉様も出てくるかと」

 モクバは心底嬉しそうに微笑み「今日はもう寮へ戻るそうです」と続けた。モクバはあたりを観察する力でも秀でて居のだろうか、とエミリアは思ったが、どう考えても生徒退場のゲートからはここは死角のはずなになあ、と頭をひねる。きっとエミリアを探しにうろついたのだろう。

 たくさん人のいる場所では危険だからうろつくなと釘を刺していたので言い出せないのかとエミリアは「モクバも嘘を吐くほど大きくなったんだね」としみじみした。


 エミリアはモクバと向き直って「悪いことをしてもお姉様に報告なさい。味方だから」というと、モクバは不思議そうに「う、うん」と返事をして頬を染めた。

「あの、お姉様。僕の寮室…整えるの、手伝ってくれますか…?」

 モクバはもじもじとお願いをしている傍でエミリアは汗が止まらなくなってきた。これは危険男汗腺が反応しているとエミリアは背後に目を向けた。そこにはオーランド第一王子。そして道を挟んで奥からはマーティン男爵子息がこちらを伺っている。


「何見てんだよ」

と、言わんばかりのガンをエミリアは二人に飛ばした。

 こんなにたくさんの人間がいるのになんで視界に入る場所に二人がいるんだと、エミリアは眉間により力を入れる。

 うちの弟に何かあんのか!?いや、惚れたんだろうけど。何見てんだよ!といった具合でエミリアは背後にいる王子、前方にいる男爵子息それぞれを睨んだ。二人は困惑しささっとエミリアの視界を避けるように歩き去っていった。


「お姉様?」


 モクバは不思議そうに首を傾げる。

 背丈はエミリアと同じくらいだが、すでにもう脚が長いのが分かる。腰も細く、ベストの背中についてリボンをきゅっときつく結んでいるのかウエストが強調されているように思う。ここの制服ってこんなにもエロかったっけ…。

 エミリアは自身の緩む口元を抑え「いいわよ」と先ほどの部屋の掃除の件に返事をする。モクバは嬉しそうに「やったー!お姉様の部屋の片付けも手伝うよ」と答えた。


「女子寮に男子は入れないわよ」

「姉弟でも?」

「確かそうだったと思うわ」

「そっか…」

「それに、ハエルがもう準備してくれてると思うから別に平気よ」


 エミリアはそう答え、それもこれもモクバに執事をつけなかった自分の責任だと思った。

 …モクバはBL官能小説の主人公、男の使用人なんて付けた日には何が起こるかわからない。エミリアはそう思い、父や母に「モクバの部屋に行くときに男の人がいると怖い」と駄々をこね、モクバの周りをメイドで固めていたのだ。


「男子寮は比較的緩いみたいだから…」


 エミリアはそう思いながら「緩いどころじゃない!」と脳内で憤っていた。だってあの男子寮でモクバはこの5年間あの手この手のてんやわんやな目にあうのだから。もっときちんと監視役の性的にしぼんだ存在が必要だとエミリアは怒った。心配そうにモクバがこちらを見ているのを感じ、エミリアは深呼吸をして怒りを鎮めた。


「そうなんだ」

 モクバは微笑み「今日部屋の片づけが終わったら早速お茶をしようよ」と続けた。「ほんとうに早速ね」と、エミリアが笑う。

「入学のお祝いに」

 お願いと手を合わせて「お願い」と、モクバはエミリアを見た。その仕草が可愛らしくエミリアは「そうね、お祝いしましょうか」と答えた。


 遠くからは第一王子と男爵が姉弟を見つめていた。

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