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今日は授業、休みます

 エミリアは自分のベッドでぐしゃぐしゃになった頭をそのままに、呆然と座り込んでいた。


 まだ朝日が昇ったばかりのようで、柔らかそうで上質なレースのカーテンは程よく日差しを部屋に招き入れていた。

 寝起きの頭でぐわぐわと現状を理解しようと考えるものの、まだ覚醒しきれていない。


「…モクバ」

 エミリアはそう呟き、仰々しいベッドの天蓋を見上げた。


 しばらく塞ぎこみたいような気持ちをそのままに窓を見つめているとと、控えめなノックとともに部屋に専属の侍女が入ってきた。

 まだ10歳ほどだろう。昨日までははるかにお姉さんに思えていた彼女も今の私から見たら小さな子どもにみえる。


「エミリア様…!お目覚めだったのですね」


 優しく微笑む彼女の名前はハエル。

 私が生まれたころ…6歳ごろに見習いメイドとして配属され私の遊び相手を務めてくれている。柔らかい栗色の髪にレモンのような瞳。長いまつげを揺らすように私のもとに駆け寄ってくる。


「うふふ、身支度をされていないなんて…珍しいですね。いつもお一人できびきびご用意されてしまうのに…」


 ハエルは不思議そうにしながらも私のくしゃくしゃになった寝起きの髪を優しく梳いてくれる。


 そう、私ことエミリアは幼いころから()()()()なのだ。

 公爵家とはなんたるかと生まれたころから家庭教師に教え込まれたことにより常に努力を惜しまない幼児に成長していた。


「今日は、夢見が悪くて」

 そう答えると、ハエルは心配そうに眉を八の字に曲げた。

「そうなのですね、もうハエルが参りましたので大丈夫ですよ。今日も良い日になるようお勤めいたします」

 ハエルはメイド長の娘ということもあり忠誠心が他のメイドと段違いに感じる。10歳の心構えではないのだ。


「ハエル、あなた時々私に頑張りすぎだと言っていたわね」


 ハエルはエミリアの輝くような銀髪の髪を梳きながら頷いた。


「確かに、そうね。今日は一日ゆっくりすごそうかしら」


 エミリアは小さくあくびをしながらそう言うと、ハエルは目を輝かせた。

「本当にございますか…!ハエル感ッ激でございます!これまで日の目を見たことのないお家用の室内ドレスを出しますね…!」

 言うや否やハエルはエミリアの顔や身体をアロマオイルのしみ込んだ温かいタオルで丁寧に拭き上げ、隣のクローゼットにしまわれていたカントリー調のドレスを次々に取り出した。


 これまでエミリアはほぼ毎日家庭教師を呼んだり、勉強や習い事のために外の図書館や教室に足を運ぶことが多かった。そのため外着用のドレスばかり着ていたのだ。

「こんなのもあったのね」

 エミリアが静かに感嘆していると「まだまだございます!」と手品のようにずらりと10着以上もの室内着を取り出した。

 どれも控えめでありながらも貴族らしいつくりになっており、家だけできるにはもったいない…と思ったが、レースやリボンの量が少なく室内で動きやすいように設計されているのだと思った。


「こちらのドレスはお嬢様のかわいらしい苺色の瞳によく合うと思います」

 ハエルはそう言ってドレスを一枚選ぶと、エミリアを姿見鏡の前に立たせドレスを合わせた。青みがかった緑色のカントリードレスで、確かにエミリアの赤い瞳や銀色の髪に合うように感じた。


「本日のご予定だった家庭教師様には私の方からご連絡いたします」

 ハエルは魔法のようにエミリアを着替えさせたかと思うと、同時に髪もさっさとまとめ上げながら言った。

「ああ、そうだった。なんだか悪いわ」

 エミリアがそういうと、ハエルは頭を大きく横に振った。

「家庭教師の皆様もお嬢様には休息が必要だとおっしゃっておられました。それに、ここに来られる家庭教師の皆様は奥様のお友達でありますから、ご予定がお茶会に変わられるだけですわ」

 そう言ってハエルはウインクをした。確かにハエルの言う通りで、私の勉強を見てくれる家庭教師の面々は皆良いところの夫人ばかりで、母と昔からの友人であった。

 家庭教師として呼ばれた際は帰り際に少しの時間、私の勉強進捗報告会とは名ばかりの優雅なお茶会を母と催しているのだ。


 ***


 今日の授業を休んだエミリアは庭に出た。

 散歩をしようと一歩足を踏み出し、専属メイドのハエルの手を握った。互いに子どもということもあり、ぽかぽかと温かく触れある掌に汗がにじむ。


「エミリア様、こちらのブーゲンビリア最近入った幼い庭師が植えたものなのですよ」


 ハエルは優しく私に言うと、黄みがかったピンク色のブーゲンビリアを指さした。丁度満開のころだったようで、目に楽しい風景が広がっている。


「茎までピンク色なのね」


 エミリアは花に近付きピンク色に染まった茎を見た。

「そういった品種のようです。エミリア様がピンクがお好きですのでエミリア様のお部屋から見える花はピンク色のものを植えるよう命じております」

 そんなハエルの言葉にエミリアは頷き、感嘆しつつも花を愛でた。

「ハエル、花の中に花があるわ」

 エミリアは繋いでいるハエルの手を引き自分に引き寄せた。中腰ほどで立っていたハエルは少しバランスを崩しつつもエミリアの傍に顔を寄せた。

「…こちらはほうでございます」

ほう?」

「お花の形をした葉です」

 ハエルの博識な様子にエミリアはこれまた感嘆し「何でも知っているのね」といった。


「いえ、先日丁度庭師の少年と話したばかりなので」


 少し照れたような様子でハエルは微笑んだ。

「幼いって…、どれくらい若いの?」

 エミリアは再び歩き出し、あちこちに咲き誇ったピンクの花を見た。どれもキレイに咲き誇っていて、これまで間近で楽しまなかったことに後悔を感じるほどだ。

「私と同い年です。ラタン…という者です」

 ハエルがそういうと、私はキュピン…!という効果音とともに小さな衝撃を受けた。


 ラタン…、平民出身として我が家の庭師に雇われた少年だが実際は男爵家の嫡男。

 幼年期のモクバと親密になり友人のような関係に…、初めは親友ポジかとラタンが登場するたびに安心するんだけど違うのよ、ラタンは心の奥でモクバに恋をしてしまっている。

 …そう、ラタンは『トロイの木馬は愛される』の登場人物…!


 そかもラタンはモクバのことを軟禁し、なんだかよくわからないけど服を脱がし体のあちこちを切るのだ…!意味が分からないと思うがBL小説とはそういうもので、なんだかわからないけど雰囲気的に耽美な行為をとるものなのだ…!

 思い出しただけでも恥ずかしいし、こんなきれいな庭を純粋無垢な気持ちで作っている少年がそうなってしまうなんて…どうにかしたい…!


その場でもご突くようにエミリアは戦慄きだしたためハエルはエミリアの背中をさする。

「…お嬢様?」

 ハエルの心配そうな声に、エミリアはハッとした。

「あ、ご、ごめんなさい」

「いえ、どうかなさったのですか?」

「なんだか聞いた名前のような気がしただけ」

 そうだったのですね、とハエルは微笑むとラタンは面白い少年だと楽しそうに語った。そこはかとなく頬も染まっている気がする。

「ハエルは、ラタンのこと気に入った?」

 エミリアが聞くと、ハエルは「へ!?き、気に入る、ですか?」と困惑した。


「そうですねぇ、年の近い男の子と話すのは初めてなので友人ができたようでうれしいです」


 …そこでエミリアは思った。

 ラタンとハエルがくっつけばいいんじゃない?


「ハエル、ラタンのこと、好きになれそう?」

 エミリアが聞くと、ハエルはぽかんとした表情のまま固まった。そりゃそうだろう。勝手に好きな人を決めるな。

「…ごめん、忘れて。貴方は自由に恋愛をしなさい」

 エミリアはそう言って歩き出そうとしたが、ハエルはその場に立ちすくんだままで、エミリアが引っ張ってもなかなか歩き出さなかった。


「エミリア様、わ、私って…、恋をしてもよいのでしょうか…」


 ハエルは頬を染めてうつむきがちにそういった。そんなハエルを見てエミリアは驚いた。

「…よいもなにも、あなたの両親も恋をしてあなたが生まれたんでしょう」

 そうエミリアが言うと、ハエルはまるで目からうろことでもいうように先ほどよりも目を見開き驚いた表情をした。

「た、確かに…!」

「ハエルのお父様はうちの先代コック長でしょ。職場結婚じゃない。貴方とラタンも似た境遇よね」

 エミリアが言葉を続けると、ハエルの目からは次々にうろこが零れ落ちていくほど目を見開く。


 もしかして、この世界の女の子はBL世界の強制力で自分から恋愛をしようなんて動くことはないのだろうか…、と不安になるほどハエルがエミリアの話す”恋愛話”に感心をしている。


「確かに…!確かにですエミリア様!私、潜在的に永遠にここでメイドとして働く気でおりましたから…、恋愛などできずに朽ちて死ぬものかと…」

「我が家を恋愛禁止のブラックなアイドルグループみたいに言わないでよ」

「アイ・・・?ドゥ?」

 エミリアの言った単語が理解できなかったようでハエルは首を傾げるが、エミリアは続けた。


「貴方は自分の思うままに恋をしたらいいわ。話を聞いていて、その庭師を貴方が恋をしたっておかしくないと思っただけ」


 そんなエミリアの言葉を聞いて、ハエルはぱちぱちと瞬きを数回繰り返すと、目の前に星でも散ったかのようにキラキラと瞳を輝かせた。


「…エミリアさま。私よりも6つも幼くおられますのに。はるかにお姉さまに感じられます!」


 ハエルはなんだかうれしそうにそう言うと、エミリアの腕を引いて再びガーデンを歩き花々ひとつづつの説明を行ってくれた。

 いつもどことなく控えめで後ろをついてくるだけだったハエル。

 エミリアはハエルの新しい一面が見れたことを嬉しく感じた。

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