地獄の学園へ入学秒読み
「お姉さま見てください!」
部屋に夕日が入ってきたころ、モクバが勢いよくエミリアの部屋に飛び込んできた。
ハエルに「お部屋を入るときはノックなさいませ」と散々小言を言われているはずだが、モクバは全く気にしていない。
「僕の制服が届いたんです」
両手を広げてうれし気に体を傾け、モクバは満面の笑みをエミリアに向けた。
エミリアは「これが主人公力かーー!」と脳内で絶叫し、モクバの笑顔に焼かれるような気持だった。
「…似合うわね」
やっとの思いでエミリアは喉から声を絞り出し、左右の人差し指と親指をくっ付けて四角い枠を作った。そして指で作った枠にモクバを合わせ「まるでアイドルのチェキ会のようだ」という気持ちになった。
「お姉さま、それはなに?」
「…これはべつに。絵になるな、と思ったのよ」
「あ!額縁ってこと?お姉さまはすごいなぁ」
そういってモクバはエミリアの手先を真似する。左右の人差し指と親指をくっ付けて四角い枠を作りモクバはエミリアに合わせた。
「私、部屋着よ?」
「とってもかわいい!」
「そ、そう…」
困惑したようなエミリアの返事を聞いて、なぜかモクバは嬉しそうに頬を染め「ふふ…」と声を漏らして笑った。
「ああ…モクバももう入学なのね…」
「もうって、あと3か月は先だよ」
モクバの入学阻止は叶わなかった。
陰ながら入学を阻止できないものかと奔走したものの、モクバ自身の意思が強いこととどういうわけか両親も進学に前向きでどうにもフラグを折ることができなかった。
1年先に学園にいる間も、モクバを守るための情報を集めたり事前に男どもをけん制したりと行動に出ようとしたのだが、いかんせん公爵令嬢という立場が邪魔で反対に行動が制限されてしまった。
移動できるのは馬車と教室、公共のガーデンくらいなもので。公共の食堂すら入室を父に禁じられ、男子寮なんてもってのほかだった。何度も忍び込もうとしたことはあったが、道に迷った令嬢として何度警備員に保護されたことか。
学園教職員の間では方向音痴の公爵令嬢と思われていることだろう。
結果、これまでの間エミリアは大した情報を得ることもできないままいつの間にやらモクバの入学3か月前までやってきてしまったというわけだった。
「モクバ、学園で嫌なことや不安なことがあればすぐにお姉さまに相談するのよ」
「うん」
「そうね、毎日昼休みは一緒に過ごしましょう。その時には近況報告をして」
「うん、わかったよ」
つらつらとモクバに話すエミリアを見て、ハエルは「エミリア様は本当に過保護ですね」と笑った。そんなハエルの言葉を聞いてモクバは嬉しそうに微笑む。
「それにしても似合うのね」
エミリアは読んでいた本を閉じ、モクバ観察に入る。まだ12歳だというのに足が長い。ポテンシャルがすごい。
艶々の素材でできた制服がよく似合っており「ブルベだな、完全に」とエミリアは前世の記憶にあった「イエベ・ブルベ」などの肌の色によって似合う色や素材が違う…といったおしゃれに使われるパーソル診断を思い出していた。
「…お姉さまも、制服…き、着てくださいませんか?」
モクバがもじもじとエミリアにお願いする。
エミリアは首を大きく傾げ「…どうして?今日は休みなのに」と尋ねた。「うー!」とモクバは唸りながら少し恥ずかしそうにその場で軽い地団太を踏んだ。
「い、一緒の制服を着て並んでみたいんですー!」
恥ずかしそうにモクバがそう言うと、エミリアは「用意して」とテキパキメイドに指示を出した。
2人で制服を見に纏い姿見の前で並んでいると、背後から大きな物音が響いた。
エミリアとモクバが振り向くと、そこには口元を抑えたアルトゥヌがエミリアの部屋の出入り口にいた。
慌てて2人はアルトゥヌに駆け寄る。アルトゥヌの顔が赤い。
「お母さま!」
モクバはそう言ってアルトゥヌの傍にしゃがみ「大丈夫ですか?」と覗き込んだ。
エミリアも「お母様…最近体調がいいからってあまりご無理は…」とアルトゥヌの傍に寄り添う。
「…かわいいわ!」
アルトゥヌはそう大きな声をあげた。
モクバとエミリアは目を丸くさせてその場に固まる。
「とってもかわいい!写真家を呼びなさい!」
そう言ってアルトゥヌは背後に控えるベルゼに命じる。ベルゼもきっちりとお辞儀をし、廊下に控える執事たちに「写真家を呼びなさい!」と指示を出した。
「お、お母さま…?」
モクバが呟くと、アルトゥヌはエミリアとモクバ2人を一緒に抱きしめた。
「とってもかわいいわ~!どうしてあの学園は寮なのかしら。卒業まで通学してほしいわ…!」
嬉しそうに二人に頬ずりするアルトゥヌを止められるものは誰もいない。モクバは少し頬を染めて恥ずかしがりながらも嬉しそうに、エミリアは無の表情で頬擦りをされている。
「奥様、あと一刻もすれば写真家が到着します」
ベルゼが告げると「あら!いいわね」とアルトゥヌは笑った。
「ヴィネバも呼んで」
心底嬉しそうにアルトゥヌが言うと、執事たちは小走りで廊下を走り去っていく。
本当であれば今、寝たきりになっていたはずのアルトゥヌが毎日楽しそうに過ごしている。
エミリアはそれを見れるだけで幸せだと思った。
たとえこれから数時間、写真を撮るために立ちっぱなしの拷問に近い大仕事が待っているとしても…。




