弟のいない学園生活って
「お姉さま!学園はいかがですか?」
エミリアに駆け寄り、モクバは無邪気に尋ねた。
「普通よ」
エミリアが答えると、モクバは拗ねたように口を尖らせ「普通じゃわからないです」と言った。
「お友達はできましたか?」
目を輝かせ尋ねるモクバは、きっと来年の学園入学に夢と希望がいっぱいなのだろう。
…弟よ、君は入学後大変な目に合うのだぞ。エミリアはそんなことを考えながら、モクバのことを哀れんだ目で眺めていた。
「一定の友人は作っていないわ」
エミリアがそう答えるとモクバは驚いたような顔で数秒固まった、かと思うと「どうしてですか?」と悲し気に首を傾げた。
「公爵家のものが一定の人とずっと一緒にいては周りの心象が悪いのよ」
エミリアはそれだけ言うと、目の前の本に視線を落とした。
そんなエミリアをみてモクバは小さく「ふーん…」とだけ返事をした。
しばらくエミリアは黙々を本を読んでいたが、 隣に座るモクバに目をやると、自分の腕を枕にモクバはじっと目をつむって何やら息を整えているようだった。
エミリアのいない時間は当主教育を受けていると父から聞いた。きっと疲れているのだろう。
「僕も来年には同じ学園に通えるんですね」
長いまつげで伏せられていた瞳をゆっくりと開き、嬉しそうにモクバは言った。
そんなモクバに「同じではないでしょ」とエミリアは釘を刺した。校舎が繋がっているといえど”一応”男子校、女子校と別れているのだ。基本会うことはないだろう。
「…家でまったり勉強したかったわ」
そう言ってエミリアはぐったりとソファで項垂れた。そんな様子を見てモクバは小さく笑い「僕はお姉さまと外で過ごすのも大好きです」と答えた。
***
エミリアが入学してから半年がたった頃だった。
エミリアは園庭でぶらついていた。
この庭は男女兼用で、机や椅子を持参し休憩するものや、ハンカチを敷いて芝生の上に座るもの様々な生徒で休み時間は溢れている。
エミリアもそのうちの一人で、趣味のスケッチでもしようかと園庭へ出てきたはいいものの春先なこともあり風が強く肌寒い。
厚手のカーディガンをハエルが肩に乗せてくれたものの、風が吹くと露出している顔面が寒いのだ。
「今日は何を描こうかしら」
エミリアはつぶやき、あたりを見回す。
すると、園庭の隅に小さな白い花が咲いているのを見つけた。
「…この花にしたわ」
花に歩み寄ったエミリアはそこに上等そうなハンカチを敷き、腰を下ろした。
ハエルはむずがゆそうな顔をしながらも上手い位置に日傘を傾け、エミリアに日が当たらないようにした。ハンカチを敷いたとしてもエミリアが地べたに座る行為を咎めるか悩んでいるのだろう。ハエルはもごもごと口を動かし、眉間にしわを寄せている。
「ねえ、花の名前はわかる?」
エミリアがハエルに問うと「私も初めて見ました」と答えた。
「可哀想ですが、一輪だけ捥いでラタンに送ってみましょうか」
と、ハエルは微笑んだ。エミリアも賛成といった風に少し離れて咲いていた花を一凛捥いだ。
エミリアがスケッチを初めて早15分が経った。
「こんなものかしらね」
ふん、と鼻息を荒くしたエミリアは自身のスケッチを眺めた。なかなかいい出来だ。
「…なんだ、それは」
すると、エミリアの頭上から声が降ってくる。
エミリアが顔を上げると、そこには第一王子の【オーランド・テセリス・ミデン】がエミリアのスケッチブックを覗き込んでいた。
優雅に立ち上がったエミリアは流れるように頭を下げた。
オーランドは「それは何の絵だい?」と張り付いた笑顔のまま尋ねた。
普通一言目は「頭を上げろ」とかそういった言葉が来るはずだ。王族からの許可がないと頭を上げられないのだ。
エミリアは頭を下げたまま「花のスケッチをしておりました」と答える。
「ふうん、花ね」
オーランドは口元を手で覆って、くすくすと笑い始める。
頭を下げた状態のままエミリアは待っていたが一向に頭を上げる許可はおりない。
「君、名前は?」
そうオーランドに問われたエミリアは少しの沈黙の後に「エミリア・トロイ・トゥリアンダと申します」と答えた。
「ああ、公爵の。それは申し訳ないことをした。どうぞ、頭を上げて」
その言葉にエミリアは顔を上げた。こんな長い時間頭を下げさせておいて公爵の人間じゃなければ申し訳なくないというのか、とエミリアは不愉快に感じたが顔に出ないよう無表情を徹した。なんだか一言多い男だ、とエミリアは思った。
顔もよく、勉強も運動もできて人当たりもいいので距離の遠い貴族令嬢たちや、同性には人気があるようだった。
エミリアの周りに行く公爵や侯爵家の令嬢はみな口をそろえて王子のことを”個性的な方”だと評していた。
すご~くオブラートに包んでいるだけで変な奴の意味である。
これまでお茶会などで親を挟んで顔を見たことはあったものの直接対話したことのなかったエミリアはなにが”個性的”なんだろうと疑問だったが、今分かった。こいつは”個性的”だ。
「君みたいな子にも苦手なものってあるんだね」
エミリアの手元からスケッチブックを取り上げオーランドは言った。
その言葉にエミリアは頭の上にクエスチョンマークを飛ばしながら「苦手、ですか?」と尋ねた。
「…ああ、いや。絵の練習をしているのかと思ったんだけど、違った?」
少しバツ悪そうにオーランドが言う。
練習と言えば練習だが、エミリアは絵を描くのが好きだから描いているだけなので多少侵害だ。
「そう言うわけではなく、趣味でございます」
エミリアがそう答えると「そうか、趣味。邪魔したね」と、オーランドは微笑んだ。
「ちなみにその花は『リナリア』だよ」
じゃあね、とオーランドは去っていく。
レモンのように明るい金髪が太陽に照らされ、血のように真っ赤な瞳が鋭く光る。
エミリアはまた頭を下げ、オーランドの遠のく足音に耳を澄ませた。
オーランドの足音が完全に聞こえなくなるとエミリアは顔を上げ、自分のスケッチブックを見た。
筆圧があまりにも高いのでべっこりとへこみのついた濃い線で何小物小さな丸が描かれ、そこに繋がるように無数の線が伸びている。
「…今日もいいスケッチができたわね」
エミリアがいうと、ハエルもにこやかに「本日も素晴らしい出来でございます」と返事をした。
エミリアの絵は壊滅的に”個性的”なのであるが、ハエルのようなエミリア信者からしたら巨匠の作品に同じだ。
うっとりとハエルがエミリアのスケッチブックを覗き「殿下もお嬢様の才能を目の当たりにして声をかけずにはいられなかったのでしょうね」と笑った。
そうかそうかなら仕方ないとエミリアは頷き「予期せぬところで重要人物と出会ってしまった」と軽くため息を吐いた。
「殿下は私よりも2つ年が上なのよね」
エミリアが問うとハエルは頷いた。
オーランドは学園の3年生だというのにすでに生徒会の会長を務めているらしい。
周りからの推薦だと聞いたが、先ほどの発言の危うさを思い返してエミリアは「あんな失言しそうな人が王になれるのかしら」と首を傾げた。
今のところ王位継承権はオーランドが1位ではあるものの、彼には1人弟がいる。
「弟君は…私と同じ年だったかしら」
「いえ、エミリア様の1つ上の学年に第二王子であらせられるティタン・テセリス・ミデン様もおります」
ハエルの言葉を聞いてエミリアは「え?」と首を傾げた、あまり人の年齢などを間違えて覚えることはなかったので不思議に感じたのだ。
「歳はエミリア様と同い年ですが、飛び級で一学年上におられます」
そんなハエルの説明を聞いてエミリアは納得した。
第二王子であるティタンはオーランドよりも優秀であると常々噂が立つ。
勉強も運動も、そして性格…人当たりの良さはオーランドに輪をかけて良いのもありあまりの優秀さにオーランドを越して王になるのではという声も出ているほどだった。
「…王族の方がこんなにあちこちにいると、気を遣うわね」
エミリアがこっそりハエルに耳打ちするようにいうとハエルは少し笑って「不敬ですよ」と言った。




