another③
おまけです
ウーティス学園でのエミリア
学園に入学してもう数か月。
教室の隅の席で一人、エミリアは読書をしている。
クラスメイトからの視線は感じるものの、知らぬ存ぜぬで読み進める。
「お友達はできましたか?」
頭の中でモクバの声が反芻する。
公爵だなんだの前にあまり同年代の同性と会話する機会があまりなく、声をかけたところでうまく話せる気がしない。
朝の挨拶などは気遣っているものの、こういった休憩時間はどんと一人で過ごすことが10割だ。
「…きゃっ」
休憩時間のざわつきに紛れ、少女の短い悲鳴がエミリアの耳に届く。
声のした方へ耳を向けると、廊下でなにか問題が起こったようだ。
出入り口のあたりにはやじ馬が湧き、みんな困惑したように廊下へ視線を向けている。
本を閉じ、エミリアは廊下に向かって歩き出す。
休憩時間特有のざわつきとは違い、事故現場にでも居合わせたような嫌な静けさと気味悪さがそこにはあった。
現場に向かっている理由として、エミリアはやじ馬根性というものとは基本無縁で、成績優者としてクラス長に任命されてしまったため問題事は把握しておかねばならないととりあえず状況確認のために席を立ったのだ。
エミリアが歩き出すと廊下近くに塊になって集まっていた令嬢たちがエミリアを見るや否や道を開ける。
ひょこっと廊下に頭を出すと、隣のクラスの令嬢が3名ほど壁に向かって立っていた。
廊下の窓から景色を眺めているわけではないのだろう。そのうちの1人は「アナタ生意気よ!」と甲高い声を上げている。
3人の視線の先には廊下に座り込む1人の少女がおり、見るからにいじめ現場だ。
自分のクラスのもめごとではないようだが、こうも目の前で横道ないじめが横行していて見て見ぬふりをしていいものかとエミリアは腕を組み考えた。
「あ、あの…エミリア公爵令嬢様」
うーんと思考を巡らせているエミリアの傍に立っていた少女がエミリアに声をかけてくる。
学園は階級を大切にはするものの、学園内では名前で呼び合うようアナウンスをだしている。外であった時はきっと彼女も「トゥリアンダ公爵令嬢」と呼んだことだろう。
初めて同年代の同性に名前で呼ばれたエミリアは胸がどきどきした。
エミリアが目を向けると、愛らしいピンクブラウンの髪を揺らした少女がこちらを見つめている。確かクラスメイトの伯爵令嬢だ。確か名前は【アイギス】…だったはずだ。
「アイギスさん、なにかしら」
小声気味に返事をしたエミリアを見て、アイギスは困ったように眉を八の字にした。
アイギスはエミリアを廊下の傍から離すように、クラスの中へと誘導する。
「あの、今いじわるをされているのは私の友人なんです…」
アイギスは自身の手を握り、悔しいのか少し震えている。廊下の様子が気になるのか出入り口にたびたび目を向ける仕草が一層かわいそうに感じる。
「…平民出身の子爵位で、平民出身なのをバネに勉強を頑張っているんです」
平民出身、というと同学年の【ルキ】という少女が入学したことをエミリアは記憶していた。
成績も優秀で明るい性格なので打ち解けているのだろうと傍から感じていたのだが、どうもそういうわけではなかったようだ。
エミリアはアイギスからの暗なる「助けてほしい」という気持ちを汲んではいたものの、今現状どちらが悪いのかうっすらとしかわからない。
確かに、取り囲む令嬢は「生意気だ」と悪役さながらの言動ではあったがそこに至るまでの過程をエミリアは知らない。
「…そうね、廊下でこのような騒ぎは止めないとね」
とりあえず話でも聞くかとエミリアが廊下に向かって歩き出すと、助けてもらえると踏んだアイギスが「ありがとうございます!」と頭を下げた。
廊下に出るとルキを囲む令嬢たちはハッと息を呑み、エミリアに向かって頭を下げた。
学園内では爵位や地位など気にせず一緒に机を並べるが、礼儀を忘れてはいけない。前世の記憶があるエミリアからすると多少鬱陶しい暗黙の了解であったが、自分が立ち寄っただけで一旦騒ぎが収まったのを見るに『公爵令嬢』という肩書はあって損のないものだと改めて感じさせられた。
「なにをしているの、廊下中に響いておりますよ」
努めて優しくエミリアは言ったつもりだったが、頭を下げた3人の令嬢は顔を蒼くし互いに目配せをしあっている。
誰が話し出すかけん制しあっているのだろうか。
「とりあえず、どうしてこうなってしまったのかを教えて」
なかなか口を開かない令嬢を差し置いてエミリアが尋ねると、緑の艶やかな髪をぐるりとおおきな縦ロールに巻いた令嬢が顔を上げた。
「…ルキ子爵令嬢が、前回の試験の答案を盗んだ、という話を聞いて、」
重そうに口を開いた彼女の言葉を遮るように「そんなことしていません!」とルキは瞳に涙をためて訴えた。
エミリアはそんなルキに目を向け「いつまでも廊下に座っていると冷えますよ」と声をかけた。
怯えたように肩を震わせたルキは、よろけるように立ち上がり先ほどまで自分を囲んでいた3人を睨む。思ったよりも勝気な子のようだ。
「どうしてそんな噂が?」
「い、いつも同じ点数なんです」
エミリアの問いに、瞳を潤ませてずっと俯いていた赤毛の令嬢が顔を上げた。丁寧に結ってまとめられた髪は少しほつれてしまっている。
「どの強化も全部98点なんです。入学してからずっと」
その隣の濃いブロンド髪をした令嬢も口を開く。まっすぐに胸まで伸びた髪が顔を上げた勢いではためく。
「…答案をもっているなら100点をとり続けるのでは?」
エミリアがそう言って首を傾げると令嬢は口をつぐむ。
そんな話が通用するなら、入学してからほぼ満点を取り続けているエミリアも答案を持っていると噂されても仕方がないほどだ。
エミリアはいつも1位をキープしており、ルキは常に2位だ。科目の点数まで見てはいなかったがそれがいつも同じ数字なのでクラスメイトが勘ぐったのだろう。
「…ルキ子爵令嬢はのお話しも伺いましょう」
エミリアがルキに向き合うと、ルキは顔を上げた。艶のある黒髪を揺らし濃いみどり色の瞳をエミリアに向けた。
「…私は、」
ルキの言葉に廊下に集った令嬢みんなが耳を澄ます。
「私は、エミリア様に並ぶために…!98点をとっているのです!」
顔を真っ赤にさせたルキが絶叫に近い声を上げる。
あまりの声量にエミリアはそのまま音圧で倒れるかと思ったが、何とか踏ん張りルキを見た。
「…どういうことです?」
「え、エミリア様は私のあこがれです」
ルキはそう言って、少し口をつぐむ。今になって話していいものかと悩んでいるようだった。
「…エミリア様はいつも真摯に勉学に向き合われておられて、全教科ほとんど満点を取り続けておられます」
「時々点を落としますけどね」
エミリアが言うと、ルキは顔を俯かせたまま「なので…、常に2位をキープできるよう常に2点落とすように…しているのです」と言った。
その発言にあたりの令嬢は「まあ…!」とか「聞きまして?」とざわつきだす。
本気を出したら全部満点取れますといったけん制にも聞こえるのだろう。けど彼女の瞳はうるうると湿っていてエミリアを馬鹿にするためにそんな話をしたのではないのは一目瞭然だった。
「…どうして私に並ぶのに2位なんです?1位を取ったっていいでしょう」
首を傾げたエミリアを見てルキは「ち、違うんです!」と絶叫した。先ほどから思っていたがなかなかに声量のある子だ。
「エミリア様の…!一つ下…!というのがいいんです!」
そういったルキは自身の身体を抱くようにして宣言すると「まるでエミリア様のお椅子にでもなれたかのようです!」と続ける。
ぽかんとその発言をどう受けるかエミリアが考えていると、教室からアイギスが這い出てくる。集まってきたどの令嬢もルキの発言を理解できず固まっていたので、苦肉の策で人々をかき分け出てきたのだろう。
「ル、ルキ!そんな話!エミリア様にしてはだめよ!耳に毒だわ…!」
アイギスはそう叫びながらルキに駆け寄り、彼女の口に自身の手を勢いよくかぶせた。ぱちん!と音を鳴らし、痛そうだ。
「えーと、つまり、私に並ぶためにルキ子爵令嬢は頑張っていたわけね」
とりあえずまとめようとエミリアが発言すると、ルキとアイギスはその場に塊堰を切ったように涙を流しだした。
「ど、どうしたの」
と、エミリアが2人に近寄るとスライドするように2人はエミリアから距離をとった。
「て、適切な距離でエミリア様を愛させてください」
アイギスがそう漏らすと、アイギスの手がずれしゃべれるようになったルキも同様に「エミリア様ファンクラブの活動が実ったわ…」と涙している。
「エミリア様…ファンクラブ?」
エミリアは首を傾げた。
廊下に集まった面々も初めて聞くクラブのようでざわついている。
「そ、そんなクラブあったんですの?」「入りたいです!」
次々に令嬢たちがルキとアイギスに集う。
ルキは「活動内容なエミリア様が滞りなく学園生活を送れるよう見守ること」などあたりの令嬢に教授している。
何のための部活なのだとエミリアは目を細めた。
「え、エミリア様が不快なようでしたら今すぐ廃部いたします!」
エミリアの表情に気が付いたアイギスが慌てて言うもエミリアは「いえ、別に。貴方たちがしたいように学園はすごしたらいいんじゃないかしら…」と返事した。
その答えを聞き、アイギスとルキはみるみる笑顔になると「公認のクラブになりましたわ~!」と飛び跳ねて喜んだ。
この場で置いてけぼりになっているのは先ほどルキを壁に追い詰めていた令嬢3名とエミリアだけだった。
氷の公爵と呼ばれる父ヴィネヴァに顔つきが似ているのでエミリアは女性にモテます




