エミリアの入学
「どうして私はここにいるの」
そうつぶやいたエミリアは校門の前で立ち尽くしていた。
モクバの入学を阻止しようとした日から数か月、どういうわけか自分が入学してしまった。あの日からとんとん拍子で事が進んでしまい、気が付けば入学式当日だ。
そんなエミリアの後ろに侍っていたハエルは「お嬢様、本日は大広間に移動しませんと」と笑顔で話しかけてくる。
外では普段のように「エミリア様」と名前で呼ぶのではなく「お嬢様」と呼べと指導されているらしい、使用人界隈も大変だ。エミリアの荷物を手に持ったハエルは、豪勢な校舎が物珍しいらしく、視線がふよふよと動いている。
様子を見ていたエミリアの視線に気づいたのか、ハエルは「す、すいません。田舎者のような挙動をしてしまって…」と恥ずかしそうにうつむいた。
「いえ…、私もはじめてきた場所ではそうなるわ」
そう答え、エミリアもとりあえずあたりを見渡す。
貴族令嬢や令息があたりにあふれている。
中にはエミリア同様使用人を侍らせているもの、一人で広間に向かうものなど様々だ。
使用人を侍らせているのは基本的に伯爵位以上の階級に見える。…エミリアはあまりお茶会などに参加していないがなんとなく顔と名前は記憶している。多分エミリアの記憶通りだろう。
「トゥリアンダの邸宅はまるで神殿のような…楽園に建っているような建物ですが、こちらの校舎はこう…【お貴族様】って感じですね」
うまく言葉が見つからなかったのが恥ずかしいのかハエルはへらへらとそう言った。確かに、トゥリアンダ邸宅は大きな柱が特徴の城や淡い水色を基調とした建物で、神殿造りだった。
…トゥリアンダ家の屋敷は大昔王室の神殿跡地に建てた建物だ。敬意を払ってそういった造りになっているそうなので神殿チックというか、その古めかしい遺物をむりやり住居にした建物なのだ。母が降嫁する際に明け渡されたもので、改修工事なども王家が携わり大規模な引っ越しだったと聞いている。
そして、このロートス学園とウーティス学園は完全なるお城風の校舎だ。
小説では挿絵もたいしてなく、適当な校舎が二つ建っているのかと思っていたが違っていたようだ。とんでもなくでかい建物が中央に一つどどんと建っているのだ。きっと内部で男女校舎が分かれているのだろう。
「私も想像より大きな校舎に驚いているわ」
エミリアはため息交じりにそういい、意を決したように歩き出した。
たどり着いた広間は嫌に天井が高く、あちこちの柱によくわからない彫刻が施され、これでもかというほど豪勢な作りになっていた。
「わぁ~…!お嬢様、すごい広間ですね」
ハエルはそう言って、仰ぐように部屋全体を眺めた。その様子がなんだかかわいらしくて、エミリアは頬が緩んだ。
自席についたエミリアは今後自分がどう動けばいいのか頭を巡らす。
原作のエミリアは学園に入学しなかった。もうすでに小説のレールから大きく外れてしまっている。
とりあえず、モクバを狙う男キャラの情報を集めていつでも対応できるように策を用意しておかなければならない。下手に関わって裏目に出たら元も子もない。
モクバが入学してくるまでの1年間。エミリアは平和のための”種”を蒔かなければならない。
「なんだかこれからが思いやられるわ…。家にいるモクバのことも気になるし」
溜息を吐いたエミリアは、家で待っているモクバのことを考えた。
今この瞬間もようわからん男に狙われているかも…と思うと気が気ではないのだ。
「早く家に帰りたいわ」
他の生徒はほとんどみんな寮生活に入るというのに、エミリアは父や母の口利きもあり1年は通学許可をもらっている。家にいるモクバの状況を朝夕と確認できる。…とは言っても今この瞬間、学校にいる間のモクバがノーマークになってしまうのがどうにもこうにも恐ろしいのだ。
「お嬢様は本当にご令弟様のことが大好きなんですね」
ハエルはそう言って笑っていたが、好きとかそう言う範疇をとうの昔に超えてしまっているのだ。確かにかわいい弟ではあるが、エミリアからすれば自分の死をかわいい顔で運んで来る悪魔に近い。
エミリアは深い溜息を吐くと「私が学園に通う意味ってあるのかしら」と呟いた。つぶやきが聞こえたであろう四方の令嬢が冷や汗をかきながらエミリアの様子を横目で窺っていた。
「お嬢様…さすがにそのようなお言葉は…、皆さま目的をもって入学されてるのですから…」
ハエルが耳打ちをするがエミリアの心は動いていないようで、無表情のままエミリアがあたりを目だけで見渡す。
「そうね。目的…私も目的のために頑張るとしましょうか」
そういってエミリアは壇上で代表挨拶を行う第一王子【オーランド・テセリス・ミデン】を睨んだ。




