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弟の学園入学を阻止したい

 

 母アルトゥヌの静養で高原へやってきてから早1月が経った頃、従兄弟のサフロンはもう帰郷したらしくエミリアの生活からは緊張感がなくなり、悠々自適なリゾート生活となった。

 あんなに出ないといった外にも出まくっているし、何なら馬にも乗った。

 あまりの変わりようにモクバを含めた家族、従者たちみんなが首を傾げているが関係なくエミリアは静養地を楽しんでいた。


 この一か月の中で何度もモクバとサフロンが出会いそうになるのを阻止するためにエミリアはあちこち走り回り、陰ながら工作…工作工作工作…。正直完全なるストレスフルな一か月だった。


「出会いイベントさえ阻止できればこれまでの傾向的にはフラグはほぼ再建しないみたいだし、一旦落ち着いてもいいわよね…」


 その日も一日狂ったように遊び惚け、一日の終わりに自室のベッドに埋まるように寝ころび、行儀が悪いとわかっていながらもエミリアは寝ころんだまま日記を広げていた。


 記憶が戻ってすぐのころに書きなぐったこの”世界の情報”を眺める。

 もうすぐ、13歳になる年にモクバは全寮制の学園へ入学する。



『ロートス学園』


 そこは貴族の男子が5年通うことを義務付けられている教育機関だ。

 女子禁制、というわけではなく隣接する『ウーティス学園』という貴族女子の義務教育機関と交流がある。実質、大半の授業が男女別れているだけで行き来は自由、グラウンドや食堂など合同だ。


 しかし、どうにもこうにもBL小説である前世の記憶では正直全くウーティス学園については語られない。時々モブでどうしても女が必要になった時に女を借りてくる…そのための便利倉庫がウーティス学園、というわけだ。


 このロートス学園、もちろんモクバも後に入学する予定なのだが、そこでまたしても2人…モクバに言い寄る男が登場する予定だ。

 この国の第一王子である【オーランド・テセリス・ミデン】そしてもう一人が男爵家の【マーティン・デリック・ペンデ】…この二人だ。

 この二人が最も、最も最も危険人物である。


 正直これまで出てきた3人の男たちは前座も前座。今後のお話を盛り上げるかませ犬ちゃんたちに過ぎない。なんなら小説中盤からはほぼ出てこない。学園に入ってからもみみっちいアピールは続けるものの、物語はだんだんと後半に登場したオーランド王子と男爵家マーティンがモクバを奪い合う話になるのだ。

 そしてそれが国家規模になるのだからとんでもない。


 エミリアは日記に記憶情報を書き出しては、どうやってしてでもモクバの学園入学を阻止しなくてはと考える。

 はっきりとした策はない。けどどういうわけか、最近家族は自分にべたべたと甘い。

 …だってモクバのお披露目パーティをめちゃくちゃにしたって、伯爵家の坊ちゃんを連れまわしてへとへとに疲れさせて馬車に突っ込みかえらせても、叱られたことなど梅雨にもなかった。

 エミリアは、駄々をこねればいけるんちゃないか?…と、何となくそんな気がしていた。


 ***


 高原から帰宅した次の日の朝のことだった。


「お父様、お母様。モクバをロートス学園に入れないでください。」


 エミリアは家族団らんの朝食が終わり各々部屋に戻ろうとする父の足元にしがみつき懇願した。あまりにも率直は言葉を聞き、父はぽかんとエミリアを見下ろしたまま固まった。

 ちょうど昨日の夜、両親がモクバの入学について話していたことは侍女を通じて知っていた。

 今このチャンスしかないと思ったのだ。


「あら、誰かから聞いたの?」

「…もうすぐモクバは13歳でしょう?だから、」

「賢い子ね」


 アルトゥヌは5年前よりも数段よくなった顔色で、にこりとエミリアに微笑んだ。

 5年前のエミリア直談判から、母は祖父伝いに医師団を我が家に呼ぶようになった。表向きは私の教育のため、家庭教師の役割で週に1度ほど1名来てもらっていたが、一緒に母の診察もお願いしていた。それからめっきりと体調がよくなったのだ。


「そうね、そろそろ入学の準備をしなくては、とお父様と丁度話していたのよ」

 そんなアルトゥヌの言葉にエミリアは返事をしたかったが、ほぼ同時に父ヴィネヴァがエミリアを抱き上げた。

「次期後継者だからな、学園にはいかねば」


 エミリアは不服そうに頬を膨らますと「私は学園にはいきません」と言った。

 小説の中でもエミリアは学園に通っていなかった。それは一種の戦力外通告、後継者ではないことが大きな要因であった。

 そのため、小説のエミリアは学園から帰宅し憔悴しているモクバを罵った。本来エミリアが学園に行く立場であったのに何を苦しそうにしているのだ、と。…モクバは日々貞操を狙われて勉学どころではなかったろうに、必死に良い成績を収めていた。なのに、家で小さく愚痴をこぼせば姉になじられる、そんな描写が多かった。


 エミリアは遠回しに、自分と同様に家庭教師でいいといったつもりだ。

 貴族子息の義務教育ではあるものの、一種交流の場でもあり顔を広めるのが大きな要因であった。そのため、エミリアのように家庭教師で勉強をすましてしまう貴族子息たちも往々にして存在する。


「モクバと離れたくありません」

 エミリアはまっすぐとヴィネヴァの目を見て言い放つ。ヴィネヴァは少し困ったように目を泳がし、アルトゥヌを見た。するとアルトゥヌは少し考えるようなしぐさをし「そうね、少し考えておくわ」と言った。


 エミリアは「絶対ですよ!」と念押しし、もう用は済んだとでも言わんばかりに降ろしてほしいと体をよじる。

 ヴィネヴァはそんなエミリアを見て「しっかりしていると思ったけど子どもらしいところも見られてうれしいよ」とエミリアの額にキスをした。

 こんな人だったかな…とエミリアは思いながら、わざと子どもらしい言動をすることでわがままを聞いてもらう作戦に罪悪感を感じていた。


 広間でひと暴れしたエミリアは一種清々しいとでもいう表情で廊下を闊歩していた。

 そんなエミリアにモクバ駆け寄り「お姉さま、学園って何ですか?」と尋ねた。

 軽く首を傾げるその姿ですら官能的だ。なんだか唇がつやめいててぷるぷるなのだ。


 エミリアは輝くように美しく育っていく弟の顔を目を細めながら見る。言葉通りまぶしいのだ。


「そうね…、学園というのは恐ろしくて汚らしくて最低な場所よ」

 エミリアがそう言うと、モクバは怖かったのか眉を八の字にし「僕もお姉さまと一緒にいたいです」と返事した。



 昨日の今日。そう、先日話したばかりの「モクバを学園へ入学させないでほしい」件について。エミリアはモクバとともに父ヴィネヴァの書斎に呼び出されていた。



「エミリア、君も学園へ入りなさい」



 ヴィネヴァは「エミリアは一つ上だからもう入学準備を済ませた」と付け加えた。

「お、お父様…、私も学園へ?」

 現状が呑み込めないエミリアはわなわなと震える身体を自身で抱きしめ、父を見た。

 目の合った父ヴィネヴァは少し微笑み(多分家族以外には微笑んだこともわからないであろう微々たる表情変化だが…)こっくりと頷いた。


 今回の学園入学阻止をエミリアはたいして大ごとと考えていなかった。

 小説中でモクバが多数の男子生徒に乱暴されかけ、事件となった時、母アルトゥヌはそれを発端により身体を壊した。

 その際に父ヴィネヴァは「こんなことなら家庭教師で済ませるべきだった」といっていたのだ。そう、言っていた。

 だから、多分きっと、家庭教師でもいいんじゃないかなという気持ちが両親にもあるのだ。


 社交の場を兼ねているといっても我が家は公爵家。別段行動に移さなくてもパーティの招待状は届くし、送れば大抵の貴族は断れない。

 人脈を作るためにわざわざ学園へ通う理由はさほど大きくないのだ。


「ど、どうして私も入学せねばならないのです!」

 エミリアは普段よりも大きな声を出した。すでに喉が痛い。

 少し怒った様子のエミリアを見て「モクバと同じタイミングでの入学は叶わないが、1年はうちから通ってその後は寮に入るといい」

 だとかなんだとか言って、ヴィネヴァは見当違いな解釈をしているし。


「違います!私はモクバとこの邸宅で、二人でのんびりと勉強がしたいのです!」


 エミリアが喚くと、ヴィネヴァは少し困惑したような表情を見せたがすぐに視線をモクバに注いだ。

「だ、そうだが、モクバはどうしたい」

 そんなヴィネヴァの視線を伝うようにエミリアはモクバを見る。

 そういえば一緒に呼ばれていた。すっかり忘れていた。



「ぼ、僕は…」



 もじもじと言いよどむモクバはまるでトゥリアンダ家にやってきたときのようだ。

 頬は赤く色づき、言いよどむ口元は水にさらした果物のように熟れている。



「お姉さまと一緒に学園に入りたいです」

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