トゥリアンダ家の静養~”あの”高原にて~
モクバがトゥリアンダ家にやってきてから8年の月日が経った。モクバは11歳、エミリアは12歳だ。
「お姉さま!」
邸宅にやってきたころのおどおどしたモクバはどこへ行ったのか。快活そうに声を張り、モクバはエミリアに駆け寄り抱き着く。
ふかふかとしたエミリアのボリュームがあるドレスに顔をうずめると「お外に行きましょうよ!」とエミリアを誘った。
初夏になったころ、トゥリアンダ一家は毎年母の静養も兼ねて領地の高原へやってきていた。
…そう、エミリアが4歳のころ日記に書きだした"あの"高原だ。
ここに至るまでの数年間。
エミリアは必死の思いでモクバに歩み寄る濃厚BLフラグをへし折ってきた。
***
モクバが5歳になる日。
トゥリアンダ家では豪勢な生誕パーティが催された。
侯爵家、伯爵家…名だたる家名の者たちが続々と集まる広間で父は長ったらしい挨拶の末、言った。
「今回の主役である我が家の嫡男【モクバ・トロイ・トゥリアンダ】。彼を正式なわが家名を継ぐものとしたことをここに宣誓いたします。」
その父の言葉を合図にモクバは立ち上がり、貴族連中にあいさつをする…はずだったが、そこにはモクバはいなかった。
その場にいた大人の貴族ほぼ全員が走り回りモクバを探す事件となった。
…その事件を起こしたのはエミリアだ。
なぜなら、この生誕パーティで皆の前に立たされたモクバを見て"1人目のモクバに惚れる男"が現れるからだ。
エーナス伯爵家の嫡男【エリック・メネラ・エーナス】。深い緑色の髪をしたメガネの青年。おとなしそうな見た目に反し、内に秘めたる情熱がとんでもないやつだ。
この男は幼いころ、パーティで見かけたトゥリアンダ家の次期当主の少年に恋をする。
そしてその恋心を引きずったまま、学園へ入学。入学式で見かけたモクバを「運命」と称し盲目的に愛しとんでもなくしつこく追いかけまわしてくるのだ。
…エミリアはパーティーの中心だったモクバを連れ出し、隠した。その後エミリア一人でパーティ会場へ戻るとわざとこけて血だらけになった膝を両親に見せつけウソ泣きをしパーティを中止にさせた。その後、そんな重大なパーティと知らなかったためモクバを連れ出したのだと言い張り、事なきを得たのだった。
後日、エミリアの怪我を理由に成人した貴族のみを集めて粛々とモクバの紹介をするように仕向けた。
そして翌年、モクバが8歳になると、庭師のラタンとのフラグが経つ予定だった。
しかし面識のなかった原作とは違い、エミリアとラタンは友人関係のようになっていたことも功を差した。
そして、エミリアのメイドであるハエルとラタンの仲を取り持ったため、ラタンから向けられるはずだったモクバへのフラグは自然と建つこともなかった。
…そもそも、ラタンとのフラグ建ちに必要な”エミリアにいじめられ庭先に追い出される”イベントが起きないのだから当たり前と言ったら当たり前なのだが。
モクバもラタンも互いの存在は認知しているものの、特にこれと言った交流はないようだ。
***
そして今に至るわけだが。
ここでは11歳になったモクバはエミリアに”はめられ”落馬。そして川に落ちるのだ。
落馬の際に気を失ったモクバは、下流に流される。そして、たまたまそこに居合わせた従兄弟での【サフロン・ティス・トゥリア】と出会ってしまうのだ。
そしてまあまあ、おめおめとそいつはモクバに恋に落ちてしまう。
しかたない、モクバは稀代の美少年(サラサラの髪にウルウルの瞳つやつやなバラ色の唇に木の実のように火照った頬を持つTHE官能小説主人公)なのだから。
しかし、しかしながら、モクバは落馬しない。川にも落ちない予定だ。
なぜなら馬には乗せないからだ。
…実は、これまでも物語の強制力なのか何度か捻じ曲げたはずのフラグが修復されそうになる事案が何度かあった。
5歳のころフラグが建つ予定だった緑頭の坊ちゃん【エリック・メネラ・エーナス】は、大人だけが集まる予定だったパーティにのこのこついてきた。
慌てたエミリアはすぐにエリックを捕まえ、別途客室に引きずり込み、モクバを見せないため無理に遊びに誘った。そこからは無限おいかけっこだ。結果エリックはモクバお披露目の際にガン寝を決め、そのまま帰宅していった。
結果、どういうわけかエミリアとエリックは友人となり今では前世で言う幼馴染のような関係性だ。時々エリックからは現状を訪ねる手紙が来る。原作ではこのマメな性格がモクバへの執着へと変貌していた、というわけだ。
そしてラタンに関しても、どういうわけかモクバとの”ばったり”率が急上昇した頃があった。エミリアがいじめなくとも、モクバは庭先で転び涙目でうずくまったところに”ばったり”ラタンがやってきたり…、邸宅内でもたまたまモクバが指を紙で切ったところに普段は外にいるラタンが邸宅の花瓶を磨いていて”ばったり”出会ったり…。
エミリアが思うよりも強制力は気まぐれにモクバのことをBL世界へ誘おうとした。
…ラタンにはハエルを付け、モクバにはほぼ常時エミリアがつきっきりになることで二人だけの空間を作らせなかったので官能的…いや、変な空気には一度もなっていない。
ラタン本人にも恋愛話を振ればハエルの話が出てくる始末だ。これはフラグが完全に折れていると考えて問題ないはずだ。
そんなこんなで、フラグは順調に折り続けてはいるもののイベント後しばらくは再度フラグが建ちかけることが多々ある。
エミリアは自分の人生はこのままモクバのフラグを折り続けることで終えるかもしれない…。と不安になるほど奔走した。
なんなら今日出会う予定のサフロンは従兄弟だ。
今日逃げ切ったところでいずれ親族で集まることがあれば必然的にモクバと出会ってしまう。
しかもそれを遮ることは不可能に近い。
「お姉さま、せっかくここまで来たのにどうしてお外に行かないのですか?」
広間の窓辺で本を広げるエミリアに、モクバは頬を膨らませて聞いた。
モクバのつやつやとした頬が膨らまされたことによりよりよりつやめく、それはもうつやつやと。エミリアはそんなモクバを見てにっこり微笑んだ。
「行かないの」
「どうしてですか!お外行きたいです!」
「日に焼けるでしょう」
「僕は焼けたっていいです」
「私は焼けてないモクバが好き」
やいやいと高い声で反論するモクバに、エミリアは小さくため息を吐いた。
「じゃあそうね、バルコニーでパラソルを出して絵でも描きましょう」
そう言ってエミリアは椅子から立ち、モクバの手を取った。
モクバは嬉しそうに微笑み、エミリアについて歩いた。




