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モクバの来訪

 

 モクバが我が家にやってきてから数日がたった頃の早朝、

 エミリアは自室前の庭を散策していた。


 傍にはハエルと庭師のラタンが控えていて、ラタンから植物の話を聞かせてもらっていた。

「お嬢さんってこんな早朝じゃないと自由時間ないの?忙しいね~」

 などとラタンは軽口をたたき、あたりの花に水をやり雑草を抜いていた。

 ラタンは褐色の肌に深い茶色の髪を細い三つ編みに束ねた快活な少年だった。少し口が悪いが思いやりのある性格のように思えた。

 緑色の瞳をエメラルドのように輝かせエミリアに嬉しそうに草花の話をする彼が、未来自分の弟を手にかけようとあの手この手を使うなんて、本当に信じたくない。


「ラタンはどうしてうちの庭師に?」

 エミリアが聞くと、ラタンは土で汚れた軍手を脱ぎながら「んー?」と少し考える様子を見せた。

「小さかったころ、このお屋敷の前を通ってさ。こんなキレイな場所があるんだって感動したんだよ」

 歯を見せてラタンは笑い、こう続けた。

「きっとこのお屋敷には天使のような人たちが住んでるんだって、思った」

 少しうっとりしたような眼でラタンは言うと、足元に転がる熊手を拾った。

「…どうだった?」

 エミリアは上目遣いでラタンに尋ねた。

 ラタンは少しかすれた声で笑うと「思った通りさ、奥様もお嬢様も天使みたいだったよ」と答えた。

「お嬢様は見た目だけかな」とも付け足した。

 それを聞いたハエルは「なんてことを!」とラタンの頭を拳で打った。

 打たれた箇所を手で覆い、ラタンは「いでっ」と漏らし少し涙目になってしまった。


「ハエル、暴力はいけないんじゃない?」

 エミリアに言われるとハエルはバツの悪そうな顔になり、横目でラタンを見た。

 ラタンは口を尖らせ「お嬢さんの言う通りだぞー!」とヤジった。

「…お嬢様に対して失礼です。その言葉遣いも直してください」

 ハエルはそう言って、ラタンを睨んだ。

 そんなハエルの様子を見てラタンは「おいおい!それと暴力は別だろ!」と抗議している。

 二人はきゃいきゃいと不毛な言い争いを続け、果てにはぷっくりと頬を膨らませて互いに顔をそっぽむけた。


 その様子を見ていたエミリアはずっと笑いをこらえていた。

 こんな王道な言い争いを見たのは転生してから初めてだったのだ。

「あ、お嬢さん笑ってますね」

 ラタンはそういってエミリアの頬をつっついた。

 つっつかれたおかげで耐えていた笑いが漏れ、エミリアはくすくすと口元を手で覆って笑った。

「俺、お嬢さんが笑うとこ初めて見た」

 つられるようにラタンも笑った。

「お屋敷に来てまだひと月しかたっていないのにお嬢様と話していること自体が異常です」

 ハエルはエミリアの頬を突き刺しているラタンの手を勢いよく叩き落すとエミリアを自分の傍に寄せた。


「ごめんなさい、なんだかこんな賑やかな空間、はじめてだったから」

 なんとか笑いの波を抑えたエミリアは目元にたまった涙を拭い、二人の手を取った。

 エミリアが真ん中になりそれぞれの手で二人とつないでいる。

「…噂ッてアテになんないなぁ」

 ラタンはそうつぶやき、エミリアを見て微笑む。その顔は10歳の表情にはとても見えない。何とも哀愁のある表情だった。

「噂…?」

 エミリアは首を軽く傾げたがハエルが「そんな俗的な話をお嬢様にしないでください」とラタンを黙らせてしまった。


 *


 エミリアは自室に戻り歴史の授業を受けていた。


 母の友人であるミチカが今日は一日勉強を見てくれることになっており、エミリアは昼になる今まで朝からずっと座りっぱなしだ。


「で、ありますから、トゥリアンダ家はまだ若くはありますが名誉ある10の侯爵家の中でも地位が…」


 ミチカの流れるような講義を聞いていると、エミリアの部屋の扉が開いた。

 少し控えめに、ギィ…と開かれた扉にミチカは眉をひそめて視線を向けた。きっとスケジュール管理のできていない使用人が入ってきたと思ったのだろう。


 だが、そこにはモクバがいた。


 大きな扉に少し隠れるようにして、こちらを見ている。


「…モクバ」

 エミリアが呼ぶとモクバは肩をはねさせ「ご、ごめんなさい…」と瞳を潤ませた。

 自分が何かの”邪魔”をしてしまったと思ったのだろう。


「まあ、こちらがモクバ様でして?」

 ミチカの眉間に刻まれていた深い深いシワはつるりと取り除かれ、扉前までさかさかと移動する。

 あんまりにも早いがさすが上級貴族、体幹がしっかりしていて背筋はまっすぐだ。

「いらっしゃいませ、今エミリア様は歴史のお勉強中ですの」

 その言葉を聞いたモクバは「べんきょう?」と頭に疑問符を飛ばしながらもかすかにふるえていた。


「ぼく、おじゃま、でしたでしょうか」

 絞り出すようにモクバはそう言うと、ミチカはエミリアのことをちらとみた。

「邪魔なわけないわ、入っていらっしゃい」

 エミリアがそういうと、モクバは顔を上げ少し嬉しそうに口角を上げた。

 そしてそんなモクバよりも輪にかけてミチカは嬉しそうにし「モクバ様はこちらへ」とあっという間にモクバを持ち上げエミリアの隣の椅子に座らせた。


「モクバ、なにかあったの?」

 エミリアに問われ、モクバは少し肩をはねさせると「あ、えと」とどもった。

 真っ青な瞳はいつもうるうる。唇はバラのつぼみのように淡く色づいている。

 さすがは官能小説の主人公…。とエミリアは頭を抱えたい気分になった。まだ、3歳の弟を見ての感想とはとても思えない。


「おねえさまなにしてるかな、って」


 モクバはそう言って、まるでしぼむようにうつむきみるみる小さくなってしまった。

 言葉にしてみて思ったよりもたいして予定じゃなかったことに後ろめたさを感じているようだった。


「ちょうどよかった」


 エミリアがそういうと、モクバはちらっとエミリアの顔を見た。

 目が合うとエミリアはにっこり微笑み「私もあなたが何をしているか気になっていたの」と答えた。


 …事実、モクバが下手にあちこちを歩き回ればいろんな男が連れてしまう。

 まだ3歳、されど3歳。

 一応作中では5歳になったモクバに庭師のラタンが恋に落ちる、という描写が一番年齢的には若いはずだが何が起きるか不明だ。

 なぜならここはBL官能小説の世界なのだ。


 エミリアのそんな心中をしらないモクバは顔を赤く染めて「うれしいです…」と素直に微笑んだ。


「仲がよろしいのは素晴らしいことですわ」


 ミチカは真っ白なレースのハンカチで目元を抑えながら二人の様子を見ていた。

「エミリア様、本日の授業はもうよろしいですから弟君と交流なさってくださいね」

 と、テキパキと資料を片付けだした。

「明日も参る予定ですので、質問点ございましたらその時に」

 エミリアが今学んでいる歴史は、本来家庭教師を雇い数年たった貴族子息が習う内容だと聞いていた。

 そういうこともありミチカは授業を無理に進めることはあまりない。

 ただ、エミリアが異様な量の予習を行ってしまうため一気に授業が進んでしまうだけなのだ。


「さて、お姉さまは暇になったわけだけどなにをする?」


 エミリアは首を傾げてモクバに尋ねた。

 モクバはまだ赤い顔をそのままに、困ったようにエミリアの顔をじっと見ていた。


「散歩でもいいし、お昼時だから何か持ってきてもらってもいいわね」


 そういってエミリアは部屋の隅に控えていたハエルの方を見た。

「お天気もよろしいですし、お外で軽食をとられてはいかがでしょう」

 優しくハエルはそう言って微笑んだ。

 モクバは大きく瞳を見開き、わくわくした様子が見て取れた。

「そうしましょうか、モクバ、お姉さまとピクニックはいかがかしら」

 そんなエミリアの誘いを受け、モクバは少し鼻息荒く「い、いきます」と答えた。



 正直なところ、前世の記憶を取り戻したときは落ち込んだ。


 ここが自分が読んだ"小説の中"であるという事実。そしてそのせいで嘘か本当かも掴み切れない漠然とした"嫌な未来"に今後の人生悩まされるのだ。

 この世界がもっと私に都合のいいような少女漫画や乙女ゲームなんかの世界で、自分は愛される前提の主人公であったなら…。

 今のように感情を抑えて「4歳児って何?」なんて考えずに目の前の物事に打ち込めていたのかもしれない。


「おねえさま…?」


 庭にある小さなガゼボの中。ささやかなお茶会。

 心配そうにモクバはエミリアの顔を覗き込む。体が小さいのも相まって上目遣いとなったモクバの破壊力たるやとんでもない。

 エミリアは細く長い息を吐いて自分の中に芽生えそうになるモクバへの感情を抑え込み、きりりと表情を作ってモクバと向かい合った。

 モクバは顔の半分ほどはある大きなクッキーを少しかじり、不思議そうにエミリアを見ている。


「…モクバはアーモンドクッキーが好きね」

「…!ほ、ほかのおかしもすき、です!」


 慌てたようにモクバは他のお菓子にも手を伸ばす。

 そんなモクバは、エミリアの前におかれたマカロンをとろうとしている。

 結果、手先だけぶつけてしまいマカロンが転がりエミリアの膝へと着地した。


「…あ!」


 みるみるうちにモクバの顔は真っ青に染まる。

 透き通るような白い肌がより一層色をなくし、モクバは固まった。


「私、マカロンが好きなの。知っていて私にくれたのね」


 エミリアはそう言ってドレスに座るようにしたマカロンを拾い、口に運んだ。

 それを見たモクバは顔を赤くし、縮こまるように座ったかと思うと黙り込んでしまった。


「モクバ、お茶も飲みなさい。口が乾いたままお菓子を食べては喉に詰まるわ」


 エミリアはうつむいたままのモクバをお茶を勧め、顔を上げるように促した。

 …顔を上げたモクバは顔が真っ赤で今にも泣きそうだ。

 黙ったままモクバはお茶をくぴくぴ飲んでいる。…この姿はまごうことなき3歳児だ。


「青くなったり赤くなったり、せわしないわね」


 エミリアはそう言って口回りをお菓子のカスやお茶で汚しているモクバを見つめた。

 モクバは先ほどまでのおちこんだ様子はもうなく、目の前のお菓子を一心不乱に食べている。

 彼が子どもらしいことをすればするほどにエミリアは嬉しく思った。…ここが濃厚なBL小説の世界渦中だと一時でも忘れられるのだ。


「おねえさまは、たべないのですか?」

「食べてるわ」


 エミリアは元々食はそんなに太い方ではないし、甘いものは食べすぎると胸やけをしてしまう質だった。

 エミリアの様子を見てモクバはハッとした様子で「ぼ、ぼく、たべすぎ、でしょうか?」とおずおずと尋ねた。

 まるで世界の終わりかのような顔をして問うてくるのはエミリアは思わず吹き出してしまった。


「人によってそれぞれキャパシティが違うんだから、食べれるなら食べたらいいわ」

「きゃぱ、して」

「人によって容量が違うということよ。たくさん食べれる人もいれば食べれない人もいるの」


 困惑した様子でモクバはおどおどしている。

 きっと自分が食べすぎるからエミリアが食べられないのでは?など子どもらしいことを考えているのだろう。

 そんなモクバを見てエミリアは自分の頬がほころぶのを感じた。そして「気持ち悪くなるほどでなければ食べたらいいわ」とエミリアは続け、モクバの汚れた口回りを手元のナフキンで拭った。


「きっとモクバは男の子だからたくさん食べれるんだわ」

「おねえさまはおんなのこ、だから?」

「そうね、その中でも食べない方だけど…」


 まあ、まだ4歳だし。これからとんでもない過食女となり果てる可能性はぬぐい切れない。

 なんなら前世ではストレスを感じると食べ過ぎるタイプだった。

 エミリアはストレスを感じると食べられなくなるタイプのようだが、こればっかりは身体の問題…だろう。


「…たくさん食べて大きくなるのよ」


 エミリアはまるで母親にでもなったかのようにそうつぶやいた。

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