爽やかムッツリとの会話を盗み聞き
きっと誰かが俺に催眠術でもかけたんだろうな。
あの後どうやって帰ったのかも覚えていないんだが、きっちりあるべき姿に変装した俺は駅前大通を見渡せるカフェにいた。
もちろん狙いはこのカフェの食い物じゃない。手元にある珈琲だってなんの豆だか知らんしな。
目深に被った帽子をちょっと上に上げて、通りを行き交う人々に鋭い目を走らせる。いい加減日も落ちて街が夜の顔を覗かせ始めた頃だ。
「あれか?」
浅見先生を見つけた。そしてその隣には若い男。歳は浅見先生と同じか少し上ってところだろう。スーツを着用しているから社会人かな。爽やか好青年って感じの男だ。
別にベタベタと腕を組んで歩いているわけではないが、笑いながら話しているところを見ると知らない間柄ではないらしい。
あの男といるところを何回も目撃ドキュンされてるわけ? はあ。なるほどね?
確かに顔の作りは悪くないが、俺だって別に悪くない。身長も俺の方があるんじゃねーか? などと、じっと目を細めて男を観察。というか比較。
男女問わず誰にでも優しくしそうな男だけど俺とはタイプが異なる。間違ってもパンツ見せろとか言わなさそうだし。俺はオープンに下ネタを話せるが、あいつはきっとムッツリだな。
で、仕事帰りに待ち合わせしたのであろう二人の行き先。それが問題だ。
浅見先生のことだから、また何か教室に通い出したのかもしれないし。この辺には習い事の教室はごまんとあるしな。同じ生徒同士で仲良く待ち合わせってこともあり得る。まだ焦る時じゃない。
俺は飲みかけの珈琲をテーブルに置いて二人の尾行を開始。夜の繁華街はひとが多く気づかれにくいのがいい。流石に会話の内容までは聞き取れないが。
「にしても……」
楽しそうだな、おい。
顔を見合わせては笑う浅見先生の横顔にイラッとする。
いままでこんなことはなかった。
学校にも若い男の教師はいるし、笑って話してるところだってよく見る。浅見先生は誰とでも仲良くできるひとだし人気者だから、そんな光景は当たり前だしな。
だけど、それとこれとは別だろ。学校は職場。こっちはプライベートだ。あいつ誰だよ。そんな疑問ばかりがグルグルと頭をかけ巡る。
いったい何がそんなに楽しいんだ。あんな顔をして歩いていたら、そりゃあ彼氏だと噂されても仕方ない。
隣の爽やかムッツリに浅見先生が笑顔を向けるたびにイライラゲージが上がっていく。
仏頂面のままで二人の後を追いかけることしばし。同じ習い事の生徒だったらいいなという俺の期待はアッサリと裏切られた。
なぜなら二人はどの店に入ることもなく駅を通過して電車に乗り込み、金木町に到着してしまったからだ。
「嘘だろ……」
金木町。そこは浅見先生のアパートがある場所。ストーカー事件の時は何度も訪れたこの場所で二人は肩を並べて歩き出した。
「分かった。ご近所さんか!」
駅構内に身を潜めて二人の後ろ姿を盗み見る俺は怪しさ満点だった。すれ違うひとがチラチラと不審な視線を送ってくる。俺はストーカーじゃないからな。今日だけだ、今日だけ。誰に言い訳するでもなく、心で叫ぶ。
このまま別れてくれれば何も心配することはない。浅見先生のアパートまでそれほど距離はないし、別れも近かろう。
相変わらずひとけの少ない金木町では尾行するのも難しい。後ろを付いていったらすぐにバレる。だからストーカー事件の時を逆手に取って先回りすることにした。遠回りになるがマッハで走れば二人より先に到着できるはず。
俺は瓶底メガネをしまって夜の金木町を猛スピードで駆けだした。
そして浅見先生のアパート近くの塀に身を隠し、先生がやってくるのを待つ。マジでストーカーみたいだ。今日だけ。今日だけ。何度も自分に言い聞かせた。
この時点であの爽やかムッツリ青年と別れていてくれれば良かったんだが。
「マジか……」
アパートまであと数メートル。まだ二人は一緒にいた。
「本当にいいのかい?」
「ええ。だって他の場所じゃできないじゃない」
何が!
「できるだけ毎日会いたいわ」
は!?
「昨日もあんなに遅くまでしてたのに……体、平気かい?」
何を!?
「大丈夫よ。わたし、体力には自信あるもの」
体力!?
聞こえてくる会話に動揺が隠せない。待て待て。おまえら一体なんの話を……
「じゃあ、今夜もお邪魔するよ」
アパートの中に消えていった二人を、俺は茫然と見つめることしか出来なかった――
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