決闘開始
そして放課後。
「屋上だぞ」
「如月、屋上」
「いますぐ行け」
終礼の鐘が鳴った途端わっとクラスメイトが周りを取り囲み、口々に言葉を重ねた。そんなに催促しなくてもいいだろう。行くよ、行きますよ。俺はゲンナリとする。これだから噂って嫌だ。
女が関わるとすぐに話がデカくなるし、興味本位の奴らがウザすぎ。マジで放っておいて欲しい。いまのところ可能性はふたつ。結果もふたつ。
俺に対する告白ならメッタ刺し。モブの役割が回ってくるなら笑顔で対応。
選択肢はそれだけだ。
俺はデカイため息をつきながら、みんなから追い出されるようにして教室を後にする。
屋上に向かうまでの間も、すれ違う生徒からの視線が痛い。なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ。これは入学前から俺がもっとも恐れていた事態じゃないか。
誰からも告白を受けないように、目立たないように、地味に穏やかに陰キャとして過ごす俺の夢。
それがもはや崩れたというのか!?
いやいや。そんな馬鹿な。まだ大丈夫。大丈夫だ。自分を信じろ彰!
俺は自分を鼓舞しながら階段を上る。屋上のドアを開くと昼間みた女子……早瀬さんが風に煽られる髪の毛やスカートを抑えながら俺を待っていた。
「如月くん!」
見つけるなり笑顔を向ける早瀬さんとは逆に、俺の表情も気持ちも徐々に暗くなる。頼む、頼むからモブの役目を俺にくれ。
「で。話ってなに」
そう思っていても長年のトラウマが俺の心に警報を促す。声は低く、冷たい。もうこれはどうしようもないんだ。理性とは別に勝手に作動するシステムだからな。
早瀬さんはキュッと唇を結んで俯くと、無言になってしまった。
夕暮れの朱い空の下。漂う沈黙の中で制服が風に煽られる音だけが響いている。
さあ、どっちが先に切り出す。握手か鉄砲か。この場を支配した緊張感はまるで西部劇の決闘シーンのようだ。心にバズーカ砲を用意してしばらく待ってみたが、早瀬は一向に口を開かない。
……帰ってもいいかな? よし、帰ろう! 決闘は避けるのが一番だ、うん。平和にいこうぜ、早瀬。
スカートの上でギュッと手を握りしめる早瀬さんに、くるっと背を向けた時だった。
「好きです!」
ピタッと足が止まる。
「如月くんのことが好きです! 付き合ってください!」
「無理」
間髪入れずに答える。気分は最悪だった。これで諦めてくれれば、まだ良かったのだが。
「彼女いるの!?」
「いる」
まだ食い下がる。しつこい。だけど、ここまで言えば大抵は……
「諦めないから!」
イラッ。俺は再び踏み出した足を止める。
これはもっとも苦手とするパターンだ。そして女嫌いになった原因のひとつ。俺は額に青筋を浮かべて早瀬さんを振り返った。
「俺、あんたのこと嫌いなんだけど。しつこくされたら余計嫌い。もう俺の前に現れないでくれる? 気分悪いわ」
本来なら睨みをきかしたこの目に女子は怯えるのだが、今回は瓶底メガネが蓋をしている。だが言葉だけでも十分効果はあるはず。あとは多分泣かれて終わり。先を見据えてウンザリする俺に、早瀬さんは目を潤ませながらもキリッと睨み返した。
「それでも諦めないから!」
おまえもアイアンメンタルかよ。心底ウンザリする。いままでの経験上こういった終わり方を迎えると後で良くない出来事が起き始める。
やる気に満ちた女子がストッパーを振り切って猛アタックを開始してくるのが大概の流れ。最悪「わたしの物宣言」とか始めるのがこの手の女だ。
それを阻止するためにはここで論破するしかない。非常に面倒臭いが、それが正解なのだ。
「あのさあ、あんた。俺のどこが好きなの? スポーツができるから? そんな奴他にもいくらでもいるだろ。別に俺じゃなくてもいいじゃん」
「スポーツができるから好きになったんじゃないし」
「じゃあ、なに」
「カッコイイから」
誰か俺にハリセンを貸してくれ。会話にならねーよ!
なかなか手強いが、ここで諦めるわけにはいかない。論破。目指すは論破だ。負けるな、俺!
「俺、スポーツ以外にカッコイイところなんてないと思うんだけど。そもそも早瀬さんとはクラスも違うし、話したこともないよな。なのにどこをみてカッコイイっていってんの?」
「……見ちゃったんだもん」
「なにを」
「リレーの時」
リレーの時?
あ。ヤバイ。直感的にそう悟った。
もしかして……
「ほら」
早瀬さんはスマホを取り出すと、画面を俺に向けた。それを見た瞬間、凍りつく。
おいおい……
そこにはアンカーで走ってる最中の俺。しかもアップ。いまのスマホは手ぶれ補正ついてるからな。見事に撮れてた俺の素顔。
「それ、盗撮っていうんだけど」
「同じ学校の生徒でしょ。体育祭の写真なんてみんな撮るじゃん」
「消せ」
「やだ。これ一枚しかないんだもん。絶対消さないから」
背中の後ろにスマホを隠した早瀬はフンと顔を背ける。
これ、殺意が湧くレベルだぞ。少し冷静になればわかるだろ。本人が嫌がってることをして、好きになってもらえるはずがない。
だけど稀にいるんだ。俺の容姿を飾りにして「格好いい彼氏がいる」と他の奴にマウント取りたがる女子。そういう奴は……
「彼氏になってくれたら、消してあげてもいいよ」
はいきた。
勝ち誇った笑みを浮かべる早瀬を俺は睨みつける。
「ならなかったら?」
「うーん。そうね。写真のこと気にしてるみたいだし、みんなにも見せようか?」
「勝手にすれば」
意地悪く笑ってスマホを振ってみせる早瀬に迷うことなく即答する。
意のままにならないからって弱みを握ろうとするのって最低だろ。最初口籠もった時は清純派のフリしてたな、こいつ。本性はこっち。俺が一番嫌いなタイプだ。
俺のどこが好きなの? と聞いて「顔」と答えられたのは数知れない。その時の気持ちがわかるかよ。
褒められてんだからいいじゃねーかって? 馬鹿言うな。それでどれほど俺が傷つくと思う。顔から入ったとしても内面を理解して欲しい。そう思うのって変か? 顔だけで隣に置かれる俺は単なるお飾りでしかない。
だからこういった事態を避けるために隠キャのフリしてたんだ。
だけどそんな俺の隠キャ生活は今日で幕を閉じた。あとはお好きにどうぞ。もうこの瓶底メガネも用無しだな。短い付き合いだった。さようなら瓶底くん。
俺は再び早瀬に背を向けた。あまり落ち込むことはないんだが、さすがにキツイ。でもこれは自業自得だ。メガネ外したの俺だし、仕方ねーよな。
そう無理やり自分を納得させてみるが、心はどん底だった。ああ、涙でそう。
何度前向きに考えようとしても、すぐさま陰鬱とした気持ちが心を支配する。項垂れた俺は闇を背負い、階段に続くドアに向かう。
朱く染まったコンクリートの床は無機質で俺の血涙のようだ。
ふらつきそうになる足で地面を追いかけていると、磨き上げられた黒いヒールが目に入った。
いつもご覧頂きありがとうございます。
体育祭でのツケは大きく回ってきました。
この決闘、もはや早瀬の勝ち。
心に深手を負った彰の前に現れたヒールの持ち主とは……
次回に乞うご期待!
彰を応援してくれる方は↓にある☆で評価をドーンとお願いします!
感想などもどしどしお待ちしております☆




