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俺の責任じゃないですよね?

「あたまがパンクしそうです」


 ひとつひとつ丁寧に言葉の意味を教えてくれるのは有り難いんだが、おれの脳内キャパがオーバーヒートだ。もう無理。これ以上なにも頭にはいんねえ。


「意味を理解するのは大変だと思うけど、大事なのは感じることよ」

「感じる、ですか……」

「そう。言葉から情景を頭に描いてね、こんなイメージかなって漠然とでもいいから思い浮かべるの。そうすると作者が何を伝えたいのか少しずつ理解できるようになるわ」

「はあ。なるほど」


 俺は壁に背中を預けてゲッソリしながら相づちを打つ。


 今日もまた壁際に追い込まれてしまった。


 浅見先生の逆サイドは呆れるほどスペースが空いているのに、俺と先生の距離は膝が触れあうほど狭まっている。いくら足を引っ込めてもくっつくので、仕方なく先生の膝小僧の硬さを感じなくてはならない。


 いったいこれはなんの拷問なんだ。これもあの時の復讐の一環なのか? 


 先生、もうちょっと下がってくれませんか? 俺、狭いんですけど。


 そういうと浅見先生は「あっ、ごめんなさい。集中しすぎちゃって」と照れ笑いを浮かべていったん下がってくれるんだが、またじりじり寄ってくるのでいい加減俺も諦めた。


 このひとを動かさないようにするためには縄が必要だと悟ったからだ。


 だが幸いにも「補習」は朝練のみで、昼・夕の放送時に浅見先生が現れることはなかったので、まだなんとか発狂するのを抑えることができる。


 これが朝昼晩で行われてみろ。そのストレスはきっと陰鬱とした音楽に乗ってマイクに反映されるに違いない。詩とは関係のない俺の怨念がエクトプラズムみたいに口から溢れ出るだろう。


 朝だけ、朝だけ。そう思ってやり過ごすしかない。


「で、あれから弁当は?」

「ああ。そういや、あれっきりだったな。心配する必要なかったかも」

「あー。安心したわ。浅見先生がおまえに落ちたのかと思った~」

「ねえだろ」

「あり得るから怖いんだよ」


 放課後、陽平と机を挟んで「放送リクエスト曲」の箱から紙を掻き出しながら、俺はふと顔をあげた。


 ぶっちゃけ、補習のことで頭がいっぱいで弁当のことすっかり忘れてた。陽平にも告げた通り、あの日以来本当に先生は弁当を作ってきていない。


 きっと釘を刺したのが効いたんだろう。ほっと一安心だ。


 狭いブース内で補習とじりじり密着だけでも俺のメンタルは限界に近いってのに、そこに弁当まで登場したら俺の中で何かがプッツンしてしまう気がする。


 陰キャとして陰日向で生き抜くことを決意したのだ。絶対にキレちゃいかん。


 それはそれとして、いまの問題はこれだ。机の上にこんもりと山積みになった紙。


 リクエストを集計するとはいったが、まさかこんなに集まるとは思わなかった。それだけみんな朝のクラシックに飽きてたってことなんだろうな。特にこの学園は陽キャの塊みてえな所だし。

 

 しかも箱の回収作業まであるんだぜ。学年ごとにひとつずつ設置されたから、全部で三カ所。だから回収するのはそれほど手間ではないけど、戻すのが地味にだるい。


 そんで部活に繰り出そうとしてた陽平を捕まえて手伝って貰ったら、あっという間に戻ってきた。さすがバスケ部。


「わりい。俺、もう行かねえと」

「ああ。ありがと。助かったわ」

「おうよ、今夜もうち来るだろ?」

「いや。さすがにおばさんに悪いから、今日はまっすぐ帰るわ」

「そか? んじゃ、また明日な」

「おう」


 スポーツバックを肩に引っかけた陽平に手を振り、机に視線を落としてため息ひとつ。


「じゃあ、やりますか」


 窓から射し込んだ夕日が教室を赤く染める中。俺は瓶底メガネをキラリと光らせて黙々と集計に取りかかる。まだ教室に残ってる奴らの笑い声が邪魔だ。時々会話が耳に入って数を間違える。


 早く帰れ、おまえら。


「ねえ、知ってる? 浅見先生、料理教室に通い始めたんだって~」


 え?


 思わず紙を開く手が止まった。


「ええ? 料理教室? マジで?」

「うん。最近さ、駅前に三つ星シェフが料理教室出したの知ってる? もう生徒いっぱいで入れないらしいよ~」

「すごーい。そこに通ってんの?」

「うん。昨日偶然駅前で先生みかけてさあ。声かけたら教えてくれたの~」

「マジで。あんなに綺麗で料理まで上手くなったら、もう敵なしじゃん」

「だよね。でもなんで料理教室なんて通い始めたんだろう。もしかして好きな人でもいるのかな」

「ありそ~」


 絶対イケメンだよね~!! と想像に花を咲かせるクラスメイトの会話をまったく興味ないフリをして耳ダンボに聞いていた俺はマジかよ、と心で呟く。


 それって俺のせいじゃないよな? 


 花嫁修業の一環というなら問題ない。


 だけど「冷食でしか弁当を作れない女は不安」と畳みかけたのは俺だ。その言葉が原因ならリベンジを企てている可能性がある。


 もし。万が一にでも「俺に言われたからやった」なんて言われてみろ。更なる責任がのしかかる。その代償は毎日の弁当攻撃だ。


 考えるだけで恐ろしい。もしそうなら、なんとしてでもやめさせないと。


 青ざめた俺は適当に集計を切り上げて学校を飛びだした。


 悩んでいても仕方がない。とりあえず本人の口から事情を確認しなければ!




彰は駆け出した。

恐ろしい答えを聞くために。

そして浅見先生が出す答えとは!?


面白かった。笑えた。続きが気になる!という方はブクマも★で評価をお願いします!

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