↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

第一話

 スカウトと書かれたボタンを押すと、ボタンは目の前から消え去り、光が渦を巻く演出が展開される。

 虹色に光る渦に上がっていくテンション。


「来るか? 来るか? 来るか?」


 虹の渦が収束し、そこには一人の姿が現れる。

 バランスを崩して座りこんだ少女は、お尻を打ったのか、手でさすりながら立ち上がる。

 ショートカットの髪は赤茶けていて、少女の気の強そうな顔を後押ししているようだ。

 身に着けているのは簡素な革鎧で、その腰に帯びた短い剣と合わせて見ると、防御力よりも動きやすさを重視していることが分かる。

 動きやすさを重視しているのは体格が理由なのか、控え目の身長と、控え目の胸のサイズは、革鎧の胸当てで隠れていることを踏まえても、とても控え目であろうと予想される。


「痛ったぁ。なんなのよ、もう」


 予想よりも若干低い声は、アニメ声のような作られた声ではない生身の音で、少女の困惑が伝わってくる。

 ツリ目気味の瞳が辺りを伺うように動き回り。俺と目が合う。

 美しくも不安に揺れる瞳を見ながら、俺は思わず声を上げた。


「誰だこいつ」


           *


 VR(ヴァーチャル・リアリティ)。その言葉は幾多の娯楽の一つとして生を受けた。

 仮想現実とも呼ばれるその虚構の空間に、様々な物語を詰め、その世界でしか通用しないルールで無限の自由を謳歌する。


 その娯楽は、ヘッドセットと呼ばれる被る物から始まり、次第にその範囲を映像と音のみならず、臭い、声、そして触覚まで網羅するに従って全員を覆うように進化していった。

 VRはその汎用性の高さから、娯楽に限らず、教育にもビジネスにも、そして軍事にもその用途を広げていったが、娯楽は、多くの娯楽がそうであるように、黎明期の起爆剤となったのは、エロであった。


 人の三大欲求と呼ばれる、食欲、睡眠欲、そして性欲。

 生き物の原始的な欲望であるこれらのうち、食欲、睡眠職はそれを拒み続けると死に至る。正に、生きていくための根源である。

 そして性欲。拒んだとしてもそれ自身が自分の命に関わるわけではない。だが、時代の命に関わる最後の欲求は人類の歴史の重みを持って個人に迫る。


 黎明期を遥かに過ぎ、多くの用途でVRが利用されるようになるに従い、直接的なエロ表現を含まないジャンルへも波及。他の娯楽と同様に、エロは害悪とのレッテルを張られ自主規制の枠組みが作られる。

 しかし、一方では間接的な表現を含むソフトなエロ表現への需要は根強い。僅かに覗く日焼け跡。下着が見えそうな体勢。至近距離での会話等。エロではないと言い張れるギリギリのシチュエーションはジャンルを問わず多用され、コンテンツの人気の一端を確かに支えていた。



「誰だこいつ」


 思わず上げた俺の声に、不安に揺れていた瞳が一変する。瞳に力が籠り、ツリ目気味に見えた瞳が攻撃的に燃え上がる。

 虹演出だったから、レアキャラなのは間違いない。ないが、見覚えもない。

 そもそも今回のガチャのピックアップは長髪で凛としているように見えるドジっ子属性の女騎士のはずだ。


「あんたこそ誰なのよ!」


 すり抜けてきたかと、少し残念に思いながらもレアはレア。育てれば相応に強くなるだろうし、俺が知らないだけで使い勝手の良いキャラの可能性もある。

 手を剣の柄に掛けながら大声で言い返す少女に、俺は慌てずにメニューを操作し始める。


「答えなさいよ!」


 メニューから親密度を上げるアイテムを選択する。俺に手に現れるのは香水のような小さな瓶。頭の中で目の前の少女に使用するように念じれば、小さな瓶はかき消されるように失われる。


「こ、答え、答えてよ、ねえってば」


 剣の柄から手を放して、俺に抱き着いてくる少女の肩に手を回す。

 親密度は重要だ。

 新しく入ったキャラはレア度に関係なく親密度ゼロから始まる。パーティーメンバーに加え、何度も出撃を繰り返すことで親密度は上がっていくが、ものすごく時間が掛かる上に、親密度が低い間は戦闘の指示にも従わないことが多い。


 だから、俺はいつもこのアイテムを使う。アイテムは少々高いが、親密度の低い間は指示を無視することもあって、難易度の低い戦闘を繰り返して親密度を上げていく必要がある。そんな面倒で、効率の悪いことはしたくない。


「ごめんごめん。それで、名前を教えてもらえるかな」


 少し潤んだ瞳で見上げる少女の体格は、やはり控え目だった。

 俺の腕の中にすっぽりと納まる華奢と言っても良い体格。顔を伏せれば俺の肩あたりに来る瞳は、今の見上げた状態でも俺の顎の高さだ。お互いが真っ直ぐ立ったままであれば、キスは額にするのがやりやすい。


「レナよ。あなたの名前も教えて」


 チョロい。ここがゲームで、そういうアイテムを使ったのだから少女の反応は正しいし、課金アイテムを使ったのに反応が変わらなかったら、そちらのほうが変だ。

 それでも、ここまであからさまに変わり、抱き着いた後で自己紹介とか、順番がくるくると入れ替わり転がり落ちる様はどこのエロゲだよと言いたくなる。


「俺の名前はフリー。これからよろしくな」


 そう言えばこのゲーム18禁だったわ。


           *


 昔、ソシャゲと呼ばれたゲームジャンルがあった。

 語源から言えばソーシャルネットワークサービスをベースとしたゲーム、のはずだが、ユーザー同士のつながりは助っ人キャラの貸し出しや、多人数で倒すレイド戦と呼ばれるものがあったりなかったりと、ユーザー同士の繋がりはとても緩い。


 むしろ、ユーザー同士のつながりよりは、ガチャを引いてキャラや装備を整えるという、ガチャゲーと言われるほうが実情に近かった。

 ゲーム本体は無料。わずかな課金アイテムと、ガチャを引くための課金で運営されるソシャゲは、実質的にガチャによって運営されていた。

 しかしガチャは重課金ユーザーの存在や、射幸心を煽るいくつかのやり方によって度々批判され、ついにはギャンブルと認定されるに至った。


 ギャンブル認定により、ガチャを含むゲームは一律に18禁とされ、ソシャゲの市場は縮小した。だが、ガチャというやり方が完全に消えることはなかった。

 そしてVR普及に伴って、ガチャを含んだ新しいゲームが誕生した。

 しかし、新しいゲームが注目されるにはガチャだけでは弱く、もう一つ、ソシャゲの頃のコンテンツを組み合わせる必要があった。

 それがエロだった。


 かつてのソシャゲの中には、ダメージを受けたことを服の破れで示すものがあった。それらは際どい絵で表現されて、ガチャを引かせる要因の一つであった。

 それはVRならばどうか。

 完全3Dモデルで動くVRでは、服の破れは非常にセンシティブな問題だ。

 動けば、見える。


 当然といえば当然の話で、際どい衣装は見える衣装と同義(どうぎ)とされたのだ。

 見える。よろしいならば18禁だ。とばかりに破れた衣装を含めたゲームの尽くが18禁となることで、過去にギャンブルとして18禁の扱いになっていたガチャに再び注目が集まった。


 ガチャ+エロの組み合わせは、かつてのソシャゲと同じ構造ながらも、VR空間内で大勢のキャラに囲まれる体験は多くのユーザーを虜にした。

 そのゲームジャンルはハーレムゲーと呼ばれるようになった。


 パッキーンと甲高い音を残して、水晶の敵が砕け散る。

 金色の髪をたなびかせた女騎士は、振り切った剣をそのままにしばし佇む。その綺麗な横顔は凛とした瞳と相まって、一枚の絵画のようだ。

 しばらくの後、やっと技後の硬直が解けた女騎士は剣を戻し、俺のほうを振り返えろうとして、すっ転ぶ。


「あ痛!」


 振り返ろうとして転んだ女騎士の名前はアリス。何度目か、そうたったの何度かだ、何十回も引いていない、俺の記憶が確かなら。ガチャで引いた今回のピックアップキャラがアリスだ。

 鍵の剣と鏡の盾を持つ、凛として美しい女性ながら、ドジっ子属性で不器用さが際立つ。


「あー、大丈夫かい、アリス。さあつかまって」


 軽く駆け寄って手を差し伸べる。

 ガチャで引いてからレベル上げに連れ出して、既に何日も経つ。キャラ毎の疲労があるから一日中ずっと戦いに出すことはないが、レベルは相応に上がっている。

 それでも不器用なのはどうしようもないらしい。攻撃はクリティカルかミスのどちらかになることが多くて、通常のヒットが一番少ない有様だ。


「主様ー、痛いですー」


 半べそのアリスを立てせてやってから、俺の後ろに控える仲間に頼む。


「オタケさん。回復お願い」

「はいはい、分かってますよ坊ちゃん」


 すぐにオタケさんからお札が飛んで、アリスの服についていた土が消える。HPの回復と同時に鎧や衣服も治る面白仕様の魔法は、ダメージで服が破ける仕様から逆説的に発生したものらしい。


「ありがとうございます。オタケさん」

「ええ、ええ、大丈夫ですよ。でもアリスちゃんもあんまり転ばないようにね。女性の肌に傷がついてはいけませんからね」


 狐の耳と尻尾を持つオタケさんは、サポート主体の魔法キャラだ。お札を飛ばす通り、日本的なキャラ付けがされているらしく、着物の上に割烹着を着ている。

 俺の手持ちのキャラの中ではかなりの古株だ。新しいキャラが加入する度にレベル上げに協力してもらっている。

 敵の動きを止めたり、攻撃力を下げたりといったデバフ魔法も、今アリスを癒したような回復魔法も使えることから、新キャラのサポートにはとても便利だ。


 なにしろ、このゲームはレベルを上げたいキャラをパーティーに入れるだけでは、あまり経験が入らない。敵に剣を振るったり、魔法を使ったりと行動を起こすことで経験が分配される仕組みだ。弱いからと言って、後ろで見させているだけでは成長できない。

 背中に感触を覚えて、首だけで振り返る。

 肩越しに不満そうな目が見える。


「どうしたレナ。オタケさん、レナにも回復をお願い」


 「はいはい」と魔法を使うオタケさん。レナはその間ずっと口まで尖らせた不満そうな顔でこっちを見ている。


 レナは戦闘では、攻撃力が弱いためにアリスのサポートに回ってもらうことが多い。

 今回も次に倒す敵一体だけをアリスが相手をし、他の敵はレナがかく乱して時間を稼ぐ。回避盾の役割になる。アリスはドジだから、複数の敵に囲まれてはまともに攻撃をすることが出来ない。


 レナはその役割を十分に果たしているし、回避行動や、攻撃力が弱くても攻撃を当てることで十分に経験値は手に入っているはずだ。実際、俺の眼で見るステータスウィンドウでは、アリスと比べてもレベルに遜色はない。

 それに、このゲームでは上がった親密度が下がることはない。一度、親密度を最大まで上げてベタ惚れ状態にしてしまえば、指示を無視することもなくなる。


 不満そうなのはそういうキャラなんだろうか。ツンデレ的な。

 ツリ目気味の顔立ちは、ツンデレキャラで通しても変ではない。ただ、他にはそういうキャラがおらず、親密度さえ上げておけば、全員がデレデレの甘々で不満一つ洩らすことがなかった。ある意味、新鮮なキャラだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。