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スライム四姉妹

 魔物が跋扈し、人間たちは中々近付かない山の頂上において、高位の魔物たちが運営する闇ギルドがある。

 一口に魔物といっても種類がいる。

 人の顔のような人参の怪物で声を聞いたら死ぬとされるマンドラゴラ、怪力で暴れ回る石の巨人ゴーレム、地獄の番犬と恐れられる三つ首の凶獣ケルベロス、社会性の集団行動で獲物を追い詰める人型の怪物ゴブリン、肥太った豚の頭をしたオークと、枚挙に暇は無い。


「やっほーい、当主様ぶっ殺してきたよ」


 険しい荒地を乗り越える人間の少女が大きな袋を背中に抱え、その禍々しい見た目をした建造物に入っていく。

 彼女はバーンスウェルという名家の令嬢で、本来ならばこのような場所には縁が無い。

 理由は一つ、この少女はギルドに所属し、仕事を終えて戻ってきた魔物だからだ。

 無論、人間の姿をしていることについてはある仕掛けがある。


「お帰りなさい、ギュルメちゃん」

「ただいま、お姉ちゃんたち」


 ギルドには帰還した貴族の少女を含め、四人しかいない少数精鋭。

 いずれも魔物の枠を外れた高い戦闘能力を誇り、魔王級と格付けされる化け物たち。

 彼女たちは血の繋がった四姉妹で、それぞれが助け合ってこの小さく強いギルドを切り盛りしていた。

 ギルドでくつろいでいるのは三人のギルドメンバー。

 大量の酒を飲んでいる女騎士団長、仕事で集めた金貨を熱心に数えている女盗賊、そしてバーで料理を作り、依頼を取ってくる仕事人たちの良心であるエルフの受付嬢で構成される。


「ぷはー、今日のエールは一段と美味しいぞ」

「酒の飲み過ぎじゃない? 身体に支障を来したらどうするの?」

「にゃはは、うるさいぞメスタシア。ちまちましたことなんて気にすんなって」


 正義を振りかざす王国の聖騎士に悪の盗賊、人間とはあまり与しないエルフ、更には貴族の娘と、闇ギルドのメンバーとしては噛み合わせが非常に悪い。


「そういえばギュルメちゃんの姿、仕事に出た時と変わっているわね。仕事は確か……」

「バーンスウェル家の当主の暗殺だね。依頼主から依頼書の判子も貰ってきたよ」

「彼の栄華を極めた生活を逆恨みした悪徳貴族の依頼よね」

「うん、まずは暗殺者のスキルで屋敷へ潜入してね、でもただナイフで刺して殺すのは面白くないでしょ?」


 そこで彼女は当主の令嬢に目を付け、世にも残酷な暗殺劇を決行する。

 令嬢に扮して当主や使用人を騙し、毒を盛った紅茶を飲ませて殺害した。

 家族の絆を逆手に取った計画であり、卑劣極まりない悪魔の所業に他ならない。

 人間を襲う立場にある魔物が、人間の殺し方について異議を唱える時点で筋違いかもしれないが、この末っ子は実に残酷なことをする。


「あの当主は家族を大事にしていて、周りを決して疑わない。それが運の尽きだったね」

「ギュルメはいつもえげつない殺し方をする。時々人間が可哀想に思えてくるね」


 持ち帰った袋に入っていたのは意識を失くした暗殺者の少女の肉体と、更に小分けの袋に入った金貨。

 ギュルメはギルドの運営資金に八割方を渡し、残りを私腹を肥やすために用いる。


「ふふ、女の子と一緒に入れていたから、甘い香りがするわ」

「お姉ちゃんの注文通り、こいつで金貨を暖めてあげたんだ」


 妹のさり気無い姉を気遣った行動に当てられ、姉は嬉しさに涙ぐんでいる。


「ギュルメちゃんも姉想いの良い子に育ってくれて、お姉ちゃんは嬉しいわ」


 光輝くエルフの身体は放つ光を更に増し、周囲の妹たちを巻き込む。とばっちりの二女と三女には良い迷惑だ。


「あー、また長女さんの妹キチが始まったぞ」

「ギュルメは姉貴に取り入るのが巧い小悪魔だからさ。それにしてもあんな見え見えの罠に何度も引っかかる姉さんも姉さんだ」


 長女にスイッチが入ると、二女と三女は途端に彼女を煙たがる。

 それくらいに長女の妹キチはタチが悪い。 

 しつこく追い掛けられ、キスをせがまれ、骨が軋むほど抱き締められる。脳筋を姉にもった妹たちの気苦労は計り知れない。


「お姉様は一番強いが、妹が絡むと一番頭が残念だからな」

「あがぁぁぁぁぁ! ギュルメ、またあたしを売りやがったな!」


 一人光を遮るゴーグルを装備したギュルメは姉を暴走させた挙句、標的を三女に絞らせる。

 要領の良さで姉二人のどちらかを売り、彼女たちが苦しむ様をほくそ笑むのが趣味という性根の腐りようは、犠牲者二人から一目置かれていた。


「お姉ちゃんってわたしよりお馬鹿だから好き。えへ」

 

 どこか抜けた長女メスタシアはギルドの財政管理を任されている。

 妹に関してはお察しでありながら、仕事となれば広い人脈を駆使して良い報酬の依頼を集めてくる見事な手腕が備わっており、そこは妹たちの信頼も厚く、頼りにされている。 

 加えて強さは人間を数多く殺した経験を持つ化け物である妹たちを遥かに凌ぎ、敵の襲来からギルドを守る要でもある。

 妹たちはメスタシアの性格を侮る一方で、本気で怒らせようとはしない。なぜなら彼女の手助けさえ秒と保たずにこの世から消えられる自信があるからだ。


「にっししー、楽しいなったら楽しいなぁ。人殺しってさ」


 ギュルメは狡賢い四女で、冷酷無比に敵を滅ぼすことを好んでいる。

 依頼では毒殺を特に愛用しており、標的の身内に成り済まし、毒ナイフ、毒矢、毒薬などを巧みに用いるのが彼女のセオリー。

 他人を唆し操って、自分は高みの見物をするのも大好物だ。

 この前の依頼では偽の情報で起こるべくもない反乱を誘発させ、国を自滅に追い込んだことがある。もちろんおこぼれに預かり、生き残りは一人一人毒矢で射抜く徹底ぶりだ。


『ああ、やっば、こんなの楽しくないわけないじゃん!』

『や、止めろ……これ以上妻の手を汚させないでくれ』

『無駄に生き残ってさ。面倒な指導者さんだね』


 標的の顔が恐怖で引きつるのは彼女にとって身悶え物であり、性格上、受ける依頼は標的殺害に絞っている。


「おっ、魔石にメッセージが届いているぞ」


 四人で囲うためにあるテーブルの中央には依頼主など、外部の人物とコンタクトを取るための魔石がある。

 彼らに直接ご足労願うのは、ギルドの周囲を取り巻く環境の悪辣さも相まって危険が大きいため、魔石を介して用件を消化することを推奨している。


「どれどれ、今回はこの二女であるイルグアーデ様と三女マルチアをご指名の、緊急な依頼のようだな」


 魔石には、たまに来る緊急の依頼が記されていた。裏社会では人気を博している彼女たちのギルドには、有志からの質の高い依頼が舞い込んでくる。

 メスタシアの用意する依頼も併せて、資金は実質湯水のように溢れるようなものだ。

 彼女たちの操る武器はその性質上多様で、なおかつ大量に要るため、万全を期して依頼を受け続けるなら金はどれだけ溢れても困らない。


「内容は商人の運ぶ宝石“エクアンテ”の強奪か」

「護衛はネルドーア王国騎士団、手厚いねえ。それでもまあ、あたしたちには楽勝だよね」

「マルチア一人で済みそうだな」

「依頼はあたしら二人をご指名だ。依頼人の要求には忠実に応えるのがあたしらのモットーだろ」


 イルグアーデは依頼に備えて武器となる剣の手入れをしていた。聖騎士の扱うそれは特注品で、剣身には剣の国であるアルス王国の国旗における象徴、グリフォンが彫られていた。


「今日はたっぷりと人間の血を吸わせてやろう」


 四姉妹で誰よりも勇ましい性格を有する二女イルグアーデは酒飲みで食いしん坊。強者が四人いるギルドの規模が中々拡大しないのは、彼女の暴飲暴食が原因だと言っても過言ではない。

 仕事は後腐れ無く丁寧に済ませ、与えた要求も叶える律儀な側面から、家計を圧迫する一方で、依頼者人気はかなり高い。

 四女と違い、仕事を選ばないで遂行してくれる点も高評価の一因となっている。


「あたしはちょっと地下行ってくるわ」

「偉く慎重だな。換えなくても良かろうに」

「100%まで成功率を引き上げたいんだ。あたしのやり方にケチを付ける気か?」


 一人地下室へ赴くマルチアもある種、依頼の準備をしに向かったも同じだ。その準備は彼女たちの根幹に関わるもので、そこには悍しい光景が拡がっていた。


「こいつの身体にしてみるか」


 地下には四姉妹が依頼先で連れ帰ってきた様々な種族の女性たちが封印魔法により、丁寧に保管されている。

 対象の筋肉の衰えを抑制し、意識を永遠に封じる禁忌の魔法の中で、四姉妹に捕らえられている彼女たちは決して覚めることのない眠りに着いていた。


「遠距離のスキルが欲しいからな。ここは盗賊より、射手を選ぶとするか」


 マルチアの耳から粘液のようなものが溢れてくる。

 大量に出て来たそれは宙を舞い、盗賊の身体は意識を失い、倒れ伏せる。

 千人以上が収容されている広大な地下室をうごめくのは彼女たちの正体であった。

 彼女たちは粘液の化け物、スライム。

 この闇ギルドは全員がスライムで構成されている。

 それも一般的に知られる雑魚とは異なり、高い寄生能力と知能を持つ変異型で、他種族の身体を乗っ取るという意識どころか技能や戦闘能力も奪える能力を有する。

 宿主の記憶も読み取るため、成り済ましで人間社会を脅かす点も問題視されており、世界単位で一級の危険生物に定められているほどだ。


「妖精射手アマンデ。こいつに決めたぞ」


 妖精族の戦女神と称えられた鬼才である彼女も四姉妹の手に掛かればただの器に成り下がる。

 人間よりも小さな身体に入り込むため、マルチアは自身の伸縮自在な身体を凝縮して豆粒ほどの大きさとなり、彼女の口から体内へ侵入する。


「妖精はやっぱり小さいな。手のひらに乗っかる大きさってのが人間を操っている時との一番のギャップかね。あたしらの小さいギルドが大きく映るぜ」


 胸と腰回りを覆う程度の軽装のアマンデは背中に薄い水色の翼を生やし、これを操って自在に宙を舞う。人間では通れない複雑な障害物も何のその。たとえ拳大の穴でもお構い無しに侵入できてしまう。

 三女マルチアは荒っぽい口調とは裏腹に、慎重に駒を並べる策士。大胆な様子はまるで無く、決して雰囲気を裏切らず、確信を持てるまでリスキーな行動を一切取らない。

 依頼ごとに適切な身体を求めて引っ切り無しに肉体を換えているのは彼女以外にはいない。その分、様々な種族に精通しており、スライムの能力を最も多分に発揮できるのもまた彼女である。


「アマンデか、ピーキーな肉体を選んだな」

「イルグアーデの姉貴、あんたも身体を換えに来たのか?」

「生憎と私は屈強な身体が好みでね、これ以上に身体が無い現状、乗り換える必要性を感じないのだ」

「けっ、姉貴のはスライムらしからぬつまんねえ生き方だな。色んな肉体に入り込んでこそなんぼだろうよ」

「そうでもないだろう。私だって自らの利便性を承知している。自分のやり方においてはだがな」


 イルグアーデの宿る肉体であるアルス王国聖騎士の一師団団長、エルマ・ヌエルムは金髪碧眼の才女であり、王国にて次期剣聖が望まれる有望な人材であった。

 そんな彼女を含め、一師団を丸々潰して生き残りを集めたイルグアーデには彼女なりのスライム的感性が眠っていた。


「人形ノ外法」


 ある魔術の詠唱と共に、封印していたアルス王国の女騎士たちが解き放たれる。

 彼女は強い兵を好んでおり、気に入った女を見つけてきては支配することを至上としている。


「エルマ様、いえ、イルグアーデ様。今回も私たちを使役して下さるのですね」

「イルグアーデ様に操られるの好きぃ。脳味噌ふわふわして気持ち良いからぁ」

「また野蛮な人間たちを殺せるのですか? お仕事とっても楽しみです!」


 三人の女騎士たちは禁忌の外法により自我を改竄され、イルグアーデの駒となっている。

 基本的に魔法の資質はあまり無いスライムだが、敵を呪う呪術の才覚には殊の外溢れており、イルグアーデは特に魔術に関して、他より抜きん出ていた。

 イルグアーデたちが地上へ戻ると、ギュルメが先程持ち帰ったアリーシャ・バーンスウェルの身体を嗜んでいる。

 ギュルメは衣服室に飾っているお高いティアラやドレスを着て、メスタシアと社交ダンスを踊っている。

 中身があのギュルメでなければ華々しいものだ。

 彼女に苦渋を与えられるイルグアーデとマルチアはそのように、二人で共感し合う。


「お姉ちゃんたち、もうお仕事行くの。人間殺すんなら、わたしも行きたいな」

「あくまで宝石の奪取がメインだ。殺すのは二の次だぞ。あまり調子に乗って衝撃や血飛沫やらで宝石を割ったり汚してはならないが、それでも良いなら連れて行こう」

「宝石に気を遣うの? じゃあいい。なんかめんどくさい」


 殺し以外の仕事は面倒がってやらない彼女は、イルグアーデから提示された依頼への同行を断ったと思ったらカウンター席に座り、バーに納めてあった高級ジュースをヤケになって飲み始めた。


「気持ち良く殺せないなんてつまんなーい」


 わがままなギュルメの要求を飲んでいたらキリが無いため、二人と人形たちは無視してギルドを出る。


「二人ともお仕事頑張ってねー」


 送り出してくれるメスタシアを尻目に手を振り上げ、先へ突き進む彼女たちは険しい道を乗り越えて、依頼主が待つイクサの森へ向かう。

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