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かつての同居人  作者: 遠藤 健一郎
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前日-急な訪問

家は現在の遠藤家と変わりません。

「少し家を空けたいの」


 平日の昼間に突然家を訪ねてきた姉が玄関口でそう言った。彼女の実家でもあるとはいえ、立ち寄ることは珍しい。報せのないことが元気な証拠の家族だから、顔を合わせること自体も数年ぶりかもしれない。


「仕事?」


 上がっていけばと促しても、首を振って断られてしまう。


「きょうもこの後予定があるからゆっくりはできないのよ」

「いつも通り、たまになら様子を見に行くけど……」


 それだけでわざわざ訪ねてくることだろうかと思わなくもなかった。

 電話でも手紙でも使えば時間も取らないし、急いで伝えるような用件ではなかっただろう。


「子どもを預かってほしくて」

「……前に――」


 一生のお願い、と頭を下げられて根負けしてしまい、姉の友人の姪だという子どもをいまもひとり預かっている。十数年前、生まれて間もない赤子を引き受けてから、親族が引き取りに来る予定もなくもう中学生になった。その子はこの時間、学校で授業を受けているはずだ。

 僕の外見が老けているらしいのと長く同居していることから周囲からは親子だと思われているかもしれないが、赤の他人だという認識を僕は持ち続けている。姉の子供ではないかと疑うこともあったけれど本人には否定されたし、成長して顔つきがはっきりしてくるとあまり姉には似ていなかった。もちろん僕や、他に見知っている縁者である父にも。


今回は(・・・)一時的に。私が帰ってきたら迎えに来るから。必ず!」


 約束の件はしっかりと覚えているらしい。


「面倒を見ている子どもがいるの?」


 姉が面倒を見ている子どもの存在は今まで聞いたことがなかった。

 子どもの面倒を見る余裕がいまあるというのなら、十数年前のあの時もさほど状況は変わらなかったのではないだろうか。自分の手に負えないと僕へ話をもってきたあの時と。


「えっと……言ってなかったっけ?」

「何を?」

「私の子がいるって」


 もちろん初耳だったし、妊娠中のことも全く知らない。結婚したという話も聞いていなかった。名乗る名前は変わっていないが、結婚していたら戸籍上の姓も変わっているのだろうか。


「言われてないね。相手は訊いてもいいの?」

「聞かないでよ。結婚はしてないから察して」


 一人親だと苦労もあるだろう。僕たち姉弟も父子家庭で育ったけれど、今は父に頼ることができないし。いま預かっている子との十数年も思い返せば決して楽なものではなかった。


「小学生なんだけど、学校はここからで大丈夫。

 さすがに3か月くらい留守するから、1人で置いとくのも不安で」

「姉さんの家この近くじゃないよね?」

「学校は私立だから学区は関係ないの」

「知らない人しかいない環境において、その子は大丈夫なの?」


 小学生を一人で生活させるよりは拠点を移させる方が置いていく方は安心かもしれないが、置いて行かれる方の性質が未知だ。慣れた環境で過ごさせて時々様子を見に行くという選択肢も提示できる。


「大丈夫でしょう。私の子だもの」


 姉の子がその不思議な自信の被害を被っていないか心配になった。


「どうしたの? ため息なんかついて」

「気にしないで。

 それで、いつごろから?」

「来月の頭から」


 靴箱の上に置いてあるカレンダーへ一応目をやって月の半ばをとっくに過ぎた今日の日付を確認する。


「……もう来週だね」

「急に決まったの。3日前」


 さらっと言うが、そんな条件で仕事を受けるなんて。姉さんの行動力は尊敬する。


「いつまで?」

「一応3か月後の末。延びそうだったら連絡するけど」

「わかった。連れてくるときには連絡して。

 それと服とか学校用具はちゃんと送って」

「とりあえず明日顔見せに連れてくる。服とかも持ってくるから置かせて」


 明日は土曜日。子どもの学校は休みなのだろう。


澄華(すみか)ちゃんにもよろしくね」


 そう言い残して姉は去っていった。

 澄華はいま預かっている子どもの名前だ。

 姉の子どもの名前を聞きそびれたことを思い出す。


「明日でいいか……」




 次の週からおよそ1年にわたって預かることになり、開店休業状態だった僕自身の仕事を正式に休業することになるのだけれど、それをこの時はまだ知らない。

 姉の子どもの名前は水澄(すずみ)といった。

 澄華とどことなく似たセンスを感じる。もしかすると同じ名付け親だろうか。

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