彼女は愛を語る小説家
「変な子に好かれちゃったんだ」
「どんな子っすか」
「小説家なんだよ」
彼女は些細なことで
感情を大きく揺さぶらせる子
他愛も無いことからドラマ性を見い出し
いつも丁寧に感動するか異常に傷つくか
僕はあの子の言動が
常に予測不能だった
「風情がありますね」
そう言って見るように促してきたのは
日本酒と共にお猪口に入った
ミルキーカラーの金平糖
「これに風情を感じるの?」
「えー、風情感じません?」
お猪口を持ち上げ
長いまつ毛の下
愛おしそうにその砂糖菓子を見つめる瞳
彼女はそのまま唇に近づけて
金平糖を塞き止めながら
それを飲み干した
一度
君の人生はうまく進んでいるね
というようなことを
彼女に向けて口にしたことがある
そうすると
彼女は心外そうに自嘲した
そしてそんな話題を出したことなんて
僕の頭からなくなってしまった頃に
彼女は一筋の涙を流したんだ
彼女は僕らの出会いから再会後の過程を
物語として表現し始めた
文章にされて初めて明らかになった
秘められた感情の波
僕はただその言葉の連なりを
たどった跡を残すだけ
彼女から見た世界は
誰も創造することができない程
とても繊細に構築されていた
閉店間際の大型書店
落ち着いた薄明かりの書棚の間を
僕たちはデートの最後に歩いていた
「私が文章と向き合ってきた意味が分かりました」
彼女は恋しそうに
肩の高さに並べられている
本の背表紙を細い指先でなでた
「返事を要求しない、愛の告白をし続けるためです」




