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恋い焦がれる人が好む作家
「私、もうだめだ」
自身を嘲笑いながら吐露された
彼女の心情
「だめだ、もう石平 瑛太しか読めない」
噴水に視線を落としたままの
読書友達の彼女は
私になんだか申し訳なさそうに
そう言葉を続けた
彼女は日夜
自分が恋い焦がれる人が好む作家の小説を
貪るように摂取している
来る日も来る日も
片っ端から読んでいく
他の作家の本を
まるで手に取る気になれない
全ての空き時間は
恋するあの人に繋げたい
どうやってやめたらいいかが分からない
「読んで、あの人のこと思い出してるの?」
水飛沫がきらきらと
公園の平和を象徴している世界で
私たちはどこかつかめない話をしている
「ははは、思い出してるっていうか……」
素直でいれる権利は
何かと引き換えに剥奪されてしまったから
「病気が続いてるんだ……」
まだ恋をしているとは
彼女は口が裂けても言わなかった




