なかったことにしたくないもの
「残さないで欲しい」
画面上で唐突にそう告げられた午前5時
数年に及ぶ
君との文字でのやり取りは
私の永遠の宝物だった
だから私は時にそれらを紙に写しては
自分が生きたもうひとつの世界を保存していたの
でも君は以前から
誰かの目に入る可能性ありきでは
その世界は意味がないと思っていたらしい
それはそうだ
それはそうなんだ
また、君のことで涙が滲んだ
私はね
二人は確実にこの時ここに居たと証明できる
君の隣に寄り添う写真なんかいらなかった
機会の少なさに必死で電話を握りしめ
交わすそばから消えてゆく会話を
録ろうとも思わなかった
ただ日々のやり取りだけは
あまりにも記憶に留め難い量になった
文字でのやり取りだけは
どうしても残しておきたかった
でもそんなのは
自身の我儘だったことも
知っている
私はしばらく塞ぎ込んだら
また前を向くだろう
価値観の相違を感じた今までの人には
「じゃあもういいよ、ばいばい」と
どれほど手を振ってきたことだろう
君にはどうしても出来ないんだ
私は自身が納得する文章表現の獲得を
より一層迫られた
ありのままでは残せない
詩のように
物語のように
暗号のように
私だけが読み解けるもの
それは
なかったことにしたくないもの




