8歳の私
「「「ユリアナ、お誕生日おめでとう。」」」
「あ、.......ありがとう、ございます。」
国主として、またそれを支える王妃として、父と母が日々多忙を極めること。
そして次期王位継承者である兄もまた、剣の鍛錬や勉学に勤しんでいるため忙しくしていること。
そんな人たちが、ユリアナの誕生日である今日だけは時間をさいてくれる。
その事がどれだけ難しく、有難いことなのかを、今のユリアナは分かっていた。
だからこそ、込み上げる幸福と気恥しさを抑えることができずに俯く。
つい先日まではあって然りと思っていた家族の存在が、与えられる愛が。
幸せすぎる今が、そうではないのだと。
ユリアナは目の縁に浮かぶ喜びの涙を手で拭うと、勢いよく顔を上げる。
「お父様、お母様、そしてお兄様。私、8歳になりました。」
「早いものだね。」
感慨深げに頷くお父様が優しい笑みを浮かべる。
お母様とお父様がユリアナの産まれた頃のエピソードを語りだすのを聞きながら、兄とユリアナは目を合わせ笑う。
「始まってしまったね。」
「そうですね」
子どもの成長エピソードはそのまま2人の馴れ初めへと変わり、あっという間に夫婦の世界へと2人は入ってしまう。
忙しくゆっくり日の下で語らうなどいつ以来だろうか。と見つめ合う仲の良い両親に、ユリアナとマクシミリアンは音を立てないようにゆっくりと席を立つ。
席を立つと差し出された手に、ユリアナはそっと手を添える。
「先々月も、こうだったね。」
小さく顰められたマクシミリアンの声にユリアナは微笑みで同意する。
先々月に行った兄の誕生日でも、途中からこうして2人は席をたち、庭を散策することとなった。
手入れされた庭園は美しく、見応えがあるし、両親が仲が良いのも喜ばしいことだ。
たとえ主役が外に追いやられる昼食会になってしまったとしても。
それはユリアナもマクシミリアンも同じ思いだった。
「お兄様、私ね。後でお父様達にお願いをしようと思っているの。」
「お父様達に?.......何をと聞いても?」
「えぇ。その、お兄様みたいに勉強をしたいのよ。.......淑女に似つかわしくないと思われてしまうかしら」
さっきするつもりだったお願いは口にすることが叶わないまま。
淑女たるものと教えられて育った夢の記憶がユリアナをたびたび迷わせる。
一刻もはやく、誰かに口にしなくてはきっと学ばなくても何とかなるのだと惰性的な気持ちが浮かんできてしまう気がして。
そのことがユリアナを恐怖させた。
(お兄様達が亡くなる未来があるとするならば.......それは阻止しなくてはならないことだわ。でも、それでもお兄様達が助かるからと言って私が何も知らなくてもいいなんてことあるはずがないのよ。)
王族は公務という仕事をこなしているとはいえ、その威厳を国内外に示し、また保つため民の血税を使っているのだから。
ましてユリアナは女児で、まだ幼いこともあってか公務に出る機会がとても少ないのだ。
浪費するばかりではいけない。
「いや、はしたないとは思わないよ。」
私からも父上たちにお願いしてみよう。というマクシミリアンの頼もしい一言にユリアナは息をつく。
「でも、どうしてだい?」
「この間.......お兄様と勉強してから、私には知らないことが多くあるのだとようやく分かったのです。」
だから様々なことを学びたいのだと言外に主張する。
真剣な目でこちらを見るマクシミリアンはユリアナの真意を汲み取ろうとしているようだ。
「そう.......いい事だと、私は思うよ。」
肩を竦め苦笑するとマクシミリアンは再び緊張していたユリアナの頭に軽く手を添える。
知る機会を得ることで、ようやくユリアナのこれからの人生が、そのなかでの選択やくだす判断が自らのものだと思うことができるようになる。
他人に諾々と従い、まるで人形のように弄ばれ、その後悔すらも果たして意味があるのかと。
自分の全てが無に帰したかのような、あの無力感を味わうことはもうない。
国の民に石を投げられ、罵倒されても他人事のようだった。
こと切れるその瞬間まで抵抗する気も起きない、生きることを諦めた人生だった。
そんな人生になることも、もうないのだ。
いまこうしてマクシミリアンと話したことすらも、自らの新しい一歩なのだと、ふつふつと嬉しさが胸に滲む。
(これからもこうして私自身で選んでいけるのだわ。)
「ありがとう。」
ユリアナが抑えきれないほどの喜びにマクシミリアンに一度抱きつき、笑う。
すると驚きに一度目を大きく開いたマクシミリアンもまた微笑んだ。