1-6 エレナさんが殴りこんできた!
医務室へエレナをお見舞いに行ってみたら、元気な様子で出迎えてくれた。
大きな怪我はなく、額の傷もすでに治療を終え、痕一つない。
マリスと一緒に、彼女が気絶した後の事を教えると、心の底から信じられないと驚いていた。
「その、イワイさんという人が、私たちを助けてくださった、ということですね」
「結果的にはそう」
「そうですか……」
エレナは視線を床に落とした。
《まさか、護るべきはずの民間人に助けられるとは……我ながら不甲斐無いですわね》
「後でお礼に伺わないといけないですね」
エレナは素直な子だ。
今も、純粋に祝への感謝の気持ちを抱いている。
それがわかっているから、マリスも私も彼女の行為を肯定できない。
「あー、えとね、それはまた後にした方がいいかなぁって」
「祝は礼を望んでいない」
祝は見返りが欲しくて助けた訳じゃないから、嘘は言っていない。
エレナは、同性の私から見ても可愛い。容姿だけでなく、彼女の心根も。
だから、祝もありがとうと言われれば、照れながら喜ぶとは思う。
けれど、エレナはこの後すぐにでもあの事実を知ってしまうから、祝にそんなご褒美は訪れない。
何も知らないエレナは、私たちの言葉に首を傾げた。風に揺らぐ麦畑のように、髪が彼女の衣服の上を滑った。
「相手が望んでいなくても、助けていただいたのですから、感謝の言葉は伝えるのが礼儀です」
「あぁ、それはね、うん……」
「マリス? さっきから様子がおかしいですよ?」
「うーん」
マリスは苦笑を浮かべ、エレナから目を逸らした。この後に起こりえる展開が、容易に想像できるから。
「実際に見てもらった方がいい。エレナ、動ける?」
「えぇ」
着替えたエレナを連れて、私たちは格納庫へと足を運んだ。
そして、自分のゴーレムを見たエレナは、案の定……――――。
暇を持て余し、ベッドに寝転んで天井をぼーっと眺めていたら、廊下から慌てた声と複数人の靴音が近づいてきているのが聞こえてきた。
えぇと、マリス中尉の声だな。何かあったのか?
それからすぐに俺の部屋のドアがノックされた。やっぱり何かあったんだな。
「祝、ちょっといい?」
「どうぞ」
デワデュシヂュ中尉の声に返事をした直後、間髪入れずにドアが勢いよく開かれる。
入ってきたのは、金色の髪をツインテールにしている女性で、初っ端から滅茶苦茶怒っていた。
見覚えがあるっていうか、彼女の怒っている理由に身に覚えがある。
エレナさん(確定、以降はエレナさんと呼ぼう)、元気そうでよかったよかった。
はい、約束された修羅場(地獄)のお時間ですね、わかっていましたともさッッッ!!!
背中に嫌な汗が浮かぶのを感じながら、ベッドから降りて、彼女を出迎えた。
無我夢中の事だったとはいえ、軍の備品というか、この人の愛機の右腕を吹き飛ばしちまったんだからな……。
自分のミスは自分で償うぜ……覚悟はできている……ッ!
後から入ってきたデワデュシヂュ中尉とマリス中尉が、エレナさんと俺を見守っている。もしもの時は骨を拾ってください。
「嫌」
そんなっ!
「○○○……○○、○○……○○○○」
鬼の形相のエレナさんが静かに語り出すと、デワデュシヂュ中尉がすぐに同時通訳を開始してくれた。
「私はエレオノーラ・エレナ中尉です。事情はどうあれ、危ない所を助けていただき、感謝しています」
感謝しているという割には形相が鬼のようであります中尉殿。
「は、はぁ……いえ、お元気そうでなによりです」
「しかし……」
キッと俺を睨みあげるエレナさんの怒気に、思わず悲鳴が漏れそうになったが、どうにか喉で止めることができた。
「ですが、私のゴーレムの右腕がないのはどういうことですか? 聞けば、敵に攻撃されたからではなく、攻撃を行った祭に吹き飛ばしたそうですが、一体どういうことですか?」
目の前のエレナさんは怒髪天を突く剣幕なのに、デワデュシヂュ中尉の通訳が淡々としていて、シュールさを感じた。そして何故か嘘字幕シリーズを思い出してしまった。全然笑えない状況なのにな。
とりあえず、頭は下げておこう。
「すみません、俺も無我夢中だったので……」
「っ……」
エレナさんがより一層、眼力を強める。
うわぁ、怖すぎる。
人生百年時代のほぼ三分の一を生きていた中で、エレナさんの怒りが一番怖かった。
冷や汗が頬を幾つも伝う感覚ですら、この威圧から少しでも逃れられるように思えるくらいには。汗拭きてぇ……っ。
こ、こうなったら頬を差し出すか? あ、でもあれって打たれたら反対の方を差し出さなくっちゃいけなかったよな……どうだっけ?!
「とりあえずギッタンギタンのケッチョンケチョンにされてみる?」
「デワデュシヂュ中尉はちょっと黙っててくださいよ?!」
骨、拾ってくれないんでしょ、どうせ!
「うん」
煽ってるのかこの人は……。
そんなやり取りをしている間にも、エレナさんは俺を睨み続けている。そろそろ血管が切れそうなんじゃないか。
「……祝さん」
「は、はい」
「民間人である貴方が、どうしてあそこにいたのかは知りません。ですが、民間人がゴーレムに乗る事は、許されない行為です」
「はい」
「……それでも、私や、仲間たちを助けてくれたことには感謝しています。それは本当です」
「は、はぁ……」
「だからと言って、この怒りが抑えられるかと言えば、そうではありません」
デスヨネー。
その後、俺はエレナさんの怒り発散のために、この世界のボードゲームやらカードゲームに付き合うことになった。
よかったと言えば、よかったが……うん、まぁいいか(現実逃避)!!
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