3-28 覚醒、シャンティーノ
決着
真っ白な世界にいた。
隣を見れば、祝が私を見下ろしていた。
心は読めなかったけれど、先ほどみたいな不安は何も感じなかった。
「中尉、ここは一体どこなんでしょうか?」
「わからない。けれど、居心地は悪くない」
懐かしい、とても大切で愛しい誰かのように、温かくて落ち着く場所だ。
けれど、ここにずっといる訳にもいかない。
あの女神の姿をした敵から、デレリュたちを助けないと。
「祝、ゴーレムやリュックを出し入れしたりする、あの力を使ってどうにかできる?」
「あー、そうっすねぇ……んじゃ、えぇとあるかな……」
祝が顎に手を添えて考え出した時。
ふと、前方が明るくなった。
見上げるとそこに、私たちが乗っているゴーレムが立っていた。
全身の装甲はボロボロで、両腕は内部フレームも歪んでいて、酷い有様だった。
しかし、痛々しい姿でも、私と祝はこのゴーレムを誇らしく思えた。
「あの女神様っぽい奴を倒したら、修理するからな」
「装甲板の修理は、主に砦の皆がやることになるだろうけれど」
言い合っていると、ゴーレムの顔が、私たちへと向いた。
そして、その両手を、私たちの前に差し出した。
私たちがここにいるのに、どうして動いているのだろうか。
けれど多分、夢の中だから、きっと大丈夫。
「……えと、手を取れってことですかね?」
「多分……」
私が右手に、祝が左手に、それぞれ触れる。
すると、頭の中に、文字が浮かんできた。
〈星海の邪神の存在と 二名のパイロット適性者を確認 当機の現状を確認 再起動〉
これは、もしかして、ゴーレムの意志……?
「祝……」
「恐らく、これは……」
私も、祝も、状況に混乱はしたけれど、怖れることなく、ゴーレムを見上げる。
私たちの願いを叶えるために、頑張ってくれている、大切な相棒を。
〈待機モードから戦闘モードへ移行完了 おはようございます 二人の盟友さん〉
盟友。
そう、なんだ。
「……盟友ですって、中尉」
「……うん」
悪く、ない。
視界が、真っ白に染まって、何も見えなくなった。
ピコンッ。
懐かしい効果音が聞こえて、目が覚めた。
「はっ!」
そうだ、女神は……見えない。
視界が真っ白な闇で染まっている。これは……ゴーレムの体が光ってる?
目の前のコンソールの画面下右端っこに表示された時計を確認すると……あの世界にいたのはこっちの世界で一分くらい……ってところか?
「祝、目が覚めた?」
「中尉。真っ白な世界の事を、覚えていますか?」
「覚えている。貴方と一緒に、ゴーレムの声を目にした」
ピコンッ。
『Hello world』
突然、モニターに文字が表示されて、思わず固まってしまった。後ろからも中尉が息を呑む音が聞こえた。
「……っ中尉、再起動時にこんな文字って出てくるんですか?」
「うぅん……聞いたことがない」
中尉が普段よりもほんの少しだけ高いトーンで返答してきた。
プログラムだろうか、それともこいつの意志だろうか。
「きっと、この子の意志」
「ですよね」
真っ白な世界で、最後に出てきた文字を見るに、このゴーレムも、俺たちの事を気に入ってくれているらしい。
「っといけねっ! まだ戦闘中だった……って、アイツ、全く攻撃してこないな」
『当機が姿を変えたため 警戒しているのでしょう』
「あ、答えてくれるんだな……」
コンソールに表示された文字に、なるほど、と納得した。
キーボードの類はないので、ゴーレム自体に呼びかけるようにして、
「遅れたけど、おはよう。俺は祝文睦」
「シャデュ・デワデュシヂュ。ねぇ、貴方に名前はあるの?」
『当機に名前はありません 正式名称は 時間がないので省略させていただきます』
「あ、うん」
凄く人間っぽい反応をする人工頭脳だった。
『お二人に 当機の名前を決めていただきたいと思います』
そう来たか。
しかし、名前か。
それこそ時間ない時にパッと浮かんでくるもんじゃねーぞ?
『その名前が決まって、当機は再起動完了となります』
「それ、さっきの夢と現実の狭間みたいな世界で言ってくれると助かったんだが?!」
『そう言われれば そうでしたね うっかりうっかり』
なんだろう、この残念な子感……。
しっかしてくれ、相棒。
いつ敵が動き出すのかわからない焦りで上手く考えが纏まらない。
しかし、
「シャンティーノ」
中尉の声が、やけに鮮明に聞こえた。
『シャンティーノ それが当機の名前ですか?』
「そう、貴方はシャンティーノ。貴方は世界に平和をもたらす者」
『シャンティーノ これより当機のコードネームはシャンティーノです よろしくお願いします』
コンソール画面に、『シャンティーノ』の文字が浮かんできた。
シャンティーノ。
中尉の言葉から考えるに、サンスクリット語のシャンティを元にした名付けなのだろう。
うん、悪くない。
今日からこのゴーレムの名前はシャンティーノ。
中尉と俺の願いを叶えてくれる、最高の相棒だ!
その時、モニターを染めていた光が消えた。
映ったのは、鮮やかな紺と紅のグラデーションと、乳白色の朝日が美しい夜明けの景色と、驚愕の表情で見下ろしてくる女神の姿だった。
同時に、外部からの音が聞こえてきた。
これは……ワイバーンたちの咆哮?
「ワイバーンたちが、シャンティーノの誕生を祝福してくれている」
「何故……」
と、コンソールとモニターの端に映ったものを見て、その理由にある意味納得した。
酷かった両前腕のフレームが復元されていることはまだ序の口で、全身の装甲が形を変えていたのだ。
それまで、ザ・量産型という外見だったのが、今は分厚い鎧を纏った騎士にも見える姿になっていた。
さらに、
「祝、敵は、本物の女神」
「え? 中尉、アイツを知っているんですか?」
「シャンティーノの心を、一部だけ読み取れた」
「んんッ?!」
シャンティーノの心を、中尉が読んだ?
確かに以前、中尉はゴーレムたちが心を持っているかもしれないとは言っていた。
コイツ自身の意志も人間臭いし、もしかしたら、本当に魂や意志を持っている存在なのかもしれない。
だとしたら、目覚めたことで、ようやく心が読めるような状態になった、ということか。
「彼女も私たちと同じ、他の世界から来た存在。シャンティーノによると、彼女の目的はこの星を拠点にして宇宙を侵略すること。あの変態伯とベヘモス、そしてシーナが所属していた第三諜報部を操っていた宰相も、彼女に操られたり、唆されて今回の事件を引き起こした。彼女が全ての元凶」
「なるほど……つまり……」
目的は知らないが、この星はおろか宇宙を侵略するために、マルト砦を襲撃させ、大勢の人々やワイバーンたちを弄んだと。
あの時、俺と少年を見下ろしていた奴を思い出す。
アイツは確かに敵だったし、最悪な奴だったが、奴なりのルールがあったし、悔しいが、部分的には通りが取っている所もあった。また、妨害しなければ、無関係な者に手を出さなかった。
そして、自分の標的になった者が生き残っても、その後、手を出してこなかった。
だが、この女神様は違う。
自身の計画が潰えた後、俺たちを消そうとしただけでなく、この世界で必死に生きている者たち全ての存在を侮辱した。
それも、俺たちと同じ、他の世界から来た存在が。
『お二人とも どうか彼女の横暴を止めてください 星海の邪神の帝国の魔の手から この星と宇宙を救ってください』
そのメッセージを最後に、コンソールにシャンティーノの言葉が表示されなくなった。
「シャンティーノは再び眠りについた。意志も読み取れなくなった」
「ですが、意志と力を託されましたね」
正直、邪神とはいえ本物の神様相手にするとか、感情が追いつかないんだが、どうしたものか。
答えは決まっている。
相手が何者であれ、その野望を打ち砕く。
あの時、大切な人を守りたくて、死の概念の体現へ挑んだように。
そのために、きっとシャンティーノは目覚めたんだ。
「私もそう思う。だから」
「はい中尉」
空に佇む邪神へ、シャンティーノが右手を掲げる。
『何時ぞやの連合軍の生き残りか! だが、無駄だ!』
女神の重ねられた両手に光が集う。相手は、まだこちらに対して本気を出していない。チャンスだ。
こちらも、掲げた右手にメルティング・ブラスターの力を溜めていく。
そして、朝日が一際眩しく輝いた、その瞬間。
『消えろ!』
「「メルティング・ブラスタァァァァァァァァッッ!!!」」
シャンティーノと邪神の、それぞれの光線が空の真ん中でぶつかり合う。
だが、膠着状態は一瞬だけだった。
メルティング・ブラスターは邪神の力ごと、彼女をあっさりと飲み込んだ。
『な、何てパワー……バリアーが無効化されている! こんな事があって……!』
だが、流石は邪神。ブラスターに飲み込まれたと思ったら、少し吹き飛ばされただけで、空中で踏ん張っていた。
これでもまだ消し飛んでいないか。
いや、なら……まだやれることはある!
その時、邪神の背後の空間に歪みが生じた。
モニターに映った情報をチラ身したところ、俺たちが吸い込まれたものとは違うが、アレもこの世界から出ることができる穴の類らしかった。
『バカな、まさか、次元開閉能力を……?!』
「おいアンタ、俺たちをこの世界の異物って言ったな?」
「なら、貴女がまず消えるべき!」
『う、うぐ、あああああああああッッ!』
しばらく堪えていた邪神だが、大きく一歩を踏み出したシャンティーノの勢いが加算されたブラスターに耐え切れず、次元の歪みに飲み込まれていった。
そして、ブラスターの光が消えるのと同時に、空の歪みも、邪神の姿も消えたのだった。
しばらく空を見上げていたが、やがて、全身の力が抜けて、俺はコックピットシートに深くもたれかかった。
「終わりましたね、中尉」
「うん……」
中尉の声も疲れ切っていた。
激戦の連続だった上に、最後の相手が神様と来たもんだから、精神疲労が半端ない。
こりゃ、砦に戻ったら、丸一日は寝潰すことになるかもしれん
「でも、その前にやることがある」
「そうですね」
振り返り、こちらへやってくるファダサス竜騎士たちに、シャンティーノの右手を大きく挙げて振って見せた。
『イワイ殿~~~!』
『やるじゃねぇかお前らぁ!』
『ちょっと、心配したんだからもう!』
口ぐちに言いながら、シャンティーノの周りに集まってくれた。
「皆さん、本当にお疲れ様でした」
「私たちは無事だから、安心して欲しい」
『あぁ、わかった。色々と聞きたいことがまたできてしまったが、今はともかく、砦に戻ってしっかりと休息を取るといい』
ショクテール団長の労いの言葉に頷いている間に、アイナさんたちが少し離れた場所に降りていくのが見えた。
あ、レイザー辺境伯とベヘモスの事、忘れてた。
「彼らは、今後どうなりますか?」
『ふむ……まぁ、国際問題にならないように……とはいかないだろうな。ところでシャデュ殿、先ほどレイザー辺境伯の声を出していた呪いだが……』
「必要があれば、また再生できる」
『よし、使う時が来たら、また頼むことになりそうだ』
『団長、レイザー辺境伯とクライアスの捕縛が完了しました』
『では、砦に戻ろう』
そして、俺たちは砦に戻り、その場にいた全員から歓声を受けた。シャンティーノの手を振って適当に返しながら、宛がわれた部屋の窓に手を伝って入りこみ、シャンティーノを消してベッドに潜りこんで、すぐに意識を失った。俺と中尉が起きたのは、二日目の昼頃だった。
襲撃事件からしばらくして、ウェザーランド公国とレンド国で色々とやり取りがあった。
まぁ、色々とあって、わちゃわちゃしたが、とりあえず、国家間での紛争が起こる事もなく、悪党は捕まり、罰が比較的軽くなった辺境伯はレイザー領に戻って以前よりも真面目に政務に取り組み始めた。
そして、シーナは自由の身となり、多少の監視付きではあるものの、開拓地の街で暮らすことになった。一番欲しかったものを手に入れた彼女は、この世の誰よりも幸せを感じていたと、中尉が教えてくれた。
こうして、マルト砦の襲撃事件は幕を下ろした。
ついでに……あの一夜の事件はショクテール団長が書いた、巨人伝説の物語として、広く世の中に知られることとなる。
特に、シャンティーノと邪神が戦う場面は作中屈指の名シーンとして、当事者の俺が読んでも、え、そこまで考えてなかったよ? そんなカッコいい場面じゃねーよ! と言いたくなるようなアレンジがなされていた。
「これくらいの盛り上がりの方が、読んでいる方は面白い」
「ですよねぇぇぇところで助けてくださいません?」
「行ってらっしゃい。骨は拾う」
「ですよねぇぇぇ」
「さぁ、行きましょうイワイ殿!」
「今日はバスケットボールよ!」
これは別物と割り切って読書を楽しんでいる中尉の無敵加減にある種の尊敬を抱きながら、俺は今日も、ファダサス竜騎士とアイナさんのボール遊びへと引きずられていくのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
第三章はこれにて終了です。
次回から第四章に入っていきます。




