2-9 量産型ゴーレム
お待たせいたしました。
昼食を終えた後、俺はデワデュシヂュ中尉やエレナさん、マリス中尉、大佐たちと共に第二格納庫へ移動した。
中へ入ると、真っ暗だった。
「中尉、もしかして……」
デワデュシヂュ中尉は無言で見向きもしてくれなかった。
と、突然明かりがつけられ、一気に視界が白色に染められた。
思わず目元を腕で庇う。
それから目を明りに慣らして様子を伺おうと顔を上げて、俺は思わず声を漏らしていた。
「あぁ……!」
格納庫の中央で、鋼色の装甲を纏ったゴーレムが仰向けに寝かされていた。
暖色の魔力灯を浴びて白金色に輝くソイツに、俺は驚きと感動を覚えていた。
「わぁ……」
「どうだ、驚いてもらえたか?」
半信半疑な心が、ふわふわと浮いているような感覚のまま振り返る。
大佐や、エレナさん、マリス中尉たちが微笑を浮かべて俺を見守っていた。
「ついさっきここに運び込まれたもんでな」
大佐が俺の隣に立って顎で示す。
「喜べイワイ、こいつが今日からお前とデワデュシヂュ中尉の相棒となるゴーレムだ」
「俺とデワデュシヂュ中尉との?」
「こいつはお前の能力を試験するために、伝手を頼って配備してもらったんだ。専用ゴーレムを持てる奴は中々いないが、個人用じゃないと不服か?」
「まさか!」
あぁ、やっぱり。
肌が粟立ち、胸が破裂しそうなほどの高揚感を覚えた。
ゴーレムへと近づいて触れると、当然のように冷たかった。
信じられないな……なんというか。未だに半信半疑で、そして、感動もしている。
「いつも祝には驚かされているから、せめてものお返しのつもり」
無言だったデワデュシヂュ中尉が静かに、無表情で近づいてきた。
「おめでとう、祝」
日本語で話しかけられた。ふむ。
「え、いえ、中尉もおめでとうございます。あれ、でも、一体どうして?」
「貴方の考えている通り、真っ新なゴーレムで実験をするため。私は、貴方のサポート役」
「サポート?」
「貴方の力と私の力は、この世界では少し異端……と言えばわかる?」
「まぁ、ニュアンスは」
なるほど、魔法では説明できない力を持つ者同士を組ませる事で、化学反応がないか確かめたいって感じか。
「そんなところ」
「なるほど」
もしくは……この子が乗ることで、俺と同じように、ゴーレムに何か力を与えるかどうかを試したい……か。
「祝……?」
「すみません、ちょっと意識が飛んでて」
「え?」
いえ、ロボットに乗れるんだなぁって感動してまして。
「もう十分感動過ぎるほど感動したと思う」
「いえいえ」
中尉と俺はこちらの言葉に戻してやり取りし合った。
「量産型で、実験用のゴーレムで、二人乗りでも、祝はいい?」
「もちろんですよ!」
全く問題がない。
それよりも、専用機が用意された喜びの方が大きい。
「この機体は少し特殊な構造になっている。コックピットを見てほしい」
中尉に促され、梯子を登り、続いて上がってきたきた中尉と一緒に、コックピットの縁に座り込んで中を覗いた。
「おぉっ!」
映画館の座席のように操縦席が斜め上下に別れていて、それに合わせて中の様相も他のゴーレムとは違っていた。
「一人が操縦を行い、一人がサポートや操縦の代わりを行う」
「中尉が操縦ですか?」
「話を聞いていた? 私はサポート、貴方が操縦を行う」
「操縦桿が上下ともついているんですけども」
「サポート側は予備。状況を見て貴方の操縦に介入し、こちらの動きに隙ができないようにするためのもの」
なるほど、そいつは熱い。
使うことが今後ないように祈る。
ゴーレムから降りると、大佐から分厚い書類を渡されたた。
「今日から、このゴーレムを使っても実験を行う。整備の仕方はこれを読んで、わからないところは後でエヴァンスたちにでも教えてもらえ」
「ありがとうございます。ところで……」
「ん?」
「量産型ということはつまり、整備性が良くて修理や改造もしやすいってことでしょう?」
「おっ、わかるか?」
大佐は嬉し気に声を上げると、俺の肩を強く叩いてきた。メッチャ痛い。
「このゴーレムは、普通の量産型ゴーレムとは違うんですか?」
「おう。我が国でゴーレムを大量に発掘できる場所があるのは知っているな」
「えぇ」
「んじゃ、その先の情報だな。一つの場所で発掘されるゴーレムの種類には偏りがある。出てくるのは大体どれも同じ造りのモンばっかなんだよ」
それも聞いたことがあるな。頷いて続きに耳を傾ける。
「このゴーレム種は、駐屯地に配備されている他のゴーレムに比べれば、色々とスペックが低くて、取り付けられる装甲は錬金術でそれこそ大量生産されるような安もんだから、量産型だの簡易ゴーレムだなんて呼ばれているって訳だ。骨格自体は頑丈だがな」
「簡易ゴーレムですか」
確かに、エレナさんたちのゴーレムに比べれば装甲は薄そうだが……あぁ、悪くない。
簡易、大いに上等。量産型でスペックが安定していて、整備や改造がしやすい機体は兵器として優秀だと思う。素人意見だが。
「武装に関しては、実験用でお前の力があるからと支給されなかったんだが、ナイフと六連発を装備させてある」
「嬉しいですが、いいんですか?」
ゴーレム用の拳銃って発掘品のみで再現ができないから、滅茶苦茶貴重なんじゃ。
「また敵が来た時に、お前らにも戦いに出てもらうことになる可能性が高い」
「高い、ではなくて、出るんですよね、俺たちも」
「おっと、お前にも嘘はつけないか」
「専用ゴーレムまで用意してもらっていて俺たちだけ隠れているなんて、そんな虫のいい話があるとは思っていません」
本当は滅茶苦茶怖いが、せめて強がってはみせた。
肩を竦めると、大佐が俺の肩を叩いた。今度は痛くなかった。
「よし、じゃあ始めるか」
大佐が周囲へ指示を飛ばしながら格納庫から出ていく。
ふと、エレナさんと目が合った。
「専用ゴーレム、おめでとうございます、イワイさん」
「ありがとうございます」
エレナさんはゴーレムを一瞥して、
「大佐も言っていましたが、このゴーレム種の特徴は、頑強な骨格と耐久性。私たちのゴーレムも頑強ですが、この種はその上を行きます」
「そうなんですね」
「えぇ。かつてこのゴーレム種は、我が国や同盟国の主戦力でした。ですが、性能がいいゴーレム種が発掘されてからは、後方の防衛や予備の兵力として利用されることが多くなりました。武装や運用方法を見直せば、まだまだ前線でも活躍できるのに……」
エレナさんの表情は少し寂しそうだった。
「もしかして、乗っていたことがあるんですか?」
「いいえ。私の父や戦友の方々が乗っていたのです」
「へぇ……」
「ですから、その、大変失礼な事を言いますけれど……少し嬉しいんです。このゴーレムに、イワイさんとシャデュが乗ることが」
「なるほど、そりゃ責任重大ですね」
「怒らないんですか?」
「何故怒る必要があるんですか?」
俺はゴーレムのスペックなんて聞いている分にしか知らないし、専用機で嬉しいから元々文句はない。それに、プロの軍人であるエレナさんがまだ活躍できるって言っているんだから、その性能を試したいと思ったのだ。
「エレナは気を遣い過ぎ。私も祝もゴーレムの新旧に拘らない」
中尉もこう言っていますし、ね?
俺と中尉の視線に、エレナさんはほほ笑んだ。今度は、嬉しそうに。
「ありがとう。二人とも」
エレナさんは会釈をすると、マリス中尉と一緒に格納庫を去って行った。
「祝、私たちも準備を」
「わかりました」
俺は技術士官から受け取ったゴーレムに関する資料を手に、コックピットへ入った。
お読みいただき、ありがとうございます。
主人公機が登場しました。
次回で第二章が終了です。