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機械仕掛けのカプリッツィオ!  作者: 胡桃リリス
第二章 起動実験
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2-7 エレナとシャデュのお茶会

少し長めです。

 祝の部屋を出た後、エレナと廊下で鉢合わせ、食堂で一緒にお茶を飲むことになった。

 クッキーをつまみながら、エレナはここ最近の出来事を話してくれる。

 最近の基地内の噂から始まり、エレナの実家から来た手紙に書かれていたこと、購入した本が面白かったこと、そして祝のこと。

 私はそれに頷き、相槌を打っていく。


「イワイさんのホットケーキは食べましたか?」

「うん」


 祝が焼いたホットケーキは、パンケーキのようでいて、少し違った触感と味わいがあって皆を虜にした。


「ホットケーキをクリス大尉とマデラン大佐が取り合いをしていたのは面白かったですね」

「二人とも、本気で勝ちに行っていた」


 クリス大尉と大佐は、冷えるからと祝が注意するのにも耳を貸さず、腕倒しでどちらが先に食べるかを争って、後から来た何も知らない少佐に取られてしまった。その後、祝に慰められ、新しく焼いてもらったホットケーキを食べながら互いの健闘をたたえ合っていた姿に、女性陣が呆れていた姿は記憶に新しい。


「子どもたちも、すっかりイワイさんに懐いているようです」

「祝が子どもっぽいから、すぐに馴染めている」


 バスケットボール、サッカー、ドッヂボール、バレー、ケードロ……道具と場所、人数さえ揃えばできる遊びは、子どもたちだけでなく、基地の人たちにも新しい娯楽と気分転換の方法となった。

 近々、バスケットボールやケードロを訓練の一環として取り入れようと大佐が考えていることをエレナにこっそりと伝えると、彼女は手を口元に当ててほころんだ。


「楽しい訓練になりそうですね」

「うん」


 負けた方は筋力トレーニング各種百回という罰ゲームを大佐が考えている事は黙っておく。


「イワイさんが来てから、基地内の雰囲気が少し変わりましたね」

「うん」


 確かに、祝が来てから皆の表情が少し明るくなった。

 それは、エレナを助けた一連の奇跡から始まり、祝本人の性格や立ち居振る舞いによるもので。

 殺伐としていた空気が、少し緩やかになった。


「でも……はぁ、イワイさんの悪戯好きなところは困りものですね」


 それには同感だ。

 しかも、誰かに迷惑をかけるつもりは全くなく、むしろ喜んでほしい、サプライズの意味が大きいため、余計に性質が悪いかもしれない。


「今日だって……シャデュが教えてくれればあそこまで驚かずに済みましたのに」

「イワイが教えちゃダメって考えてたから」

「あっ、まさか、ホットケーキが一枚多かったのは……!」


 それは違う。

 私はただ祝のお願いを無償で聞いただけで、ホットケーキを一枚多くもらえたのは、彼がかってにやったことだ。決して親友を売り渡した訳ではない。


「シャデュぅ~!」


 身を乗り出して私の両頬を引っ張ったり押し潰すエレナ。あんまり痛くないようにしてくれているし、本気で怒っていない。

 怒ったように顔を赤くして照れる様子も可愛い。


「エレナも、変わった」

「え?」

「前よりも笑うようになった」

「そう、でしょうか?」

「うん」


 私が敵を探知魔法よりも早くに察知しているから、この基地は今日まで敷地内に敵の侵入を許したことはなかった。

 他の駐屯地に比べて皆のストレスは低い、と大佐たちから教えてもらっていたけれど、それでも度々やってくる敵に、皆、心のどこかでピリピリしていた。


 それが最前線だ。

 大佐やクリス大尉はそう言っていた。


 この駐屯地ができた時から、大佐たちは戦っていた。

 私が来てから、駐屯地側の被害がぐっと下がった。

 エレナたちが来てから、敵軍のゴーレム撃破率が上がった。


 少しだけ心に余裕ができたところへ、最新の兵器を携えた敵ゴーレム隊がやってきて、あの日、ついに敷地内に侵入されてしまった。


 何とか勝てるかもしれない。けれど、被害はきっと甚大になる。

 もしかしたらダメかもしれないと思う人が多くなっていた。

 大佐や中佐たちが、最終手段として自ら戦場に出て魔法で戦うことさえ覚悟した。


 私は、エレナが死んでしまうかもしれないと。

 憎しみと怒りで敵を地獄へ叩き落としたいと。

 そう思った時に、祝は現れた。


 彼がエレナを助けたことで、奇跡を起こしたことで、敵軍は撤退した。

 それから数日、斥候隊がたまにやってくるくらいで、侵攻はない。ちなみに、斥候隊は来るたびに大尉たちが狙撃して始末している。村や近辺に来た者もしっかりと消している。


 メルティング・ブラスターを恐れた敵は情報は初戦以上のものは掴めず、威力偵察もできずに手をこまねいている。


 今、駐屯地にはこれまでにない平穏な時間が流れている。

 少しおかしな感覚があるけれど、今を皆が楽しみ始めている。


 祝が来てから、駐屯地が明るくなった。


 エレナの素直な笑顔も見れるようになった。


「エレナの笑顔は、可愛い」

「シャデュ……」

《シャデュが笑ってる……》


 エレナの思考を読んで、びっくりして、思わず頬に手を添えた。微かに頬や口元の筋肉が動いていた。頬がいつもよりも温かい。きっと、エレナに頬を動かされたから、だと思いたい。


「シャデュの笑顔も可愛いですよ」

「エレナ……」


 恥ずかしくなって、エレナを睨んでしまう。


「あらあら」


 エレナがまた笑う。

 こうやってやり取りをするのも随分と久しぶりな気がする。


 エレナやマリスたちと出会ってから、それ以前だと……村で最後に笑ったのは、いつだっただろう。

 過去はいい、と首を振る。


 しばらく無言で、たまにお茶を飲んでいたら、エレナが口をまた開いた。


「……婚約者が、決まったら、この基地から離れなくてはいけません」

「また実家から手紙が来たの?」

「この前の襲撃を知った父上たちが本気を出したようです。かなり名のある貴族ですよ」


 名があって、文武両道の高位の魔法使いで、性格もよくて、首都で大活躍している政治家だ。年は二十半ばで、容姿端麗、婚約やお見合いの話しが毎日のように飛び込んでくるような、素敵な青年。それがエレナの思考から読み取った情報。

 女性陣の話題にもよくあがっていて、婚姻相手としてこれ以上ない人物のようだ。私も資料を読んだことがある。

 それでも、エレナはあまり心が動かされて……嬉しくなさそう……嬉しくないと思っている。


「断る?」

「えぇ。ですが、かなり気を遣いますわね」

「若くて優秀で、国中で有名な大魔法使いとの婚約を断るのは、エレナくらいかも」

「そうかもしれませんね。シャデュは」

「お断り」


 きっといい人なのだろう。表面は。もしかしたら本当にいい人なのかもしれない。でも実際に会った事がないから何とも言えない。。

 そもそも、私は貴族と結婚なんてできないし、したくもない。特に首都にいる貴族連中には近づきたくもない。


 私が気を許す貴族は、この駐屯地にいる人たちで、エレナやマリスたちだけ。

 私は恋なんてしないし、できない。


「シャデュ」

「エレナ、祝は私を娘や妹のようにしか見ていない。私も彼に恋愛感情は抱いていない」


 エレナが祝はどうかと思考を浮かべたので、先回りしておく。

 彼女はからかうつもりではなかったので、怒りはしない。


「皆さん、貴女とイワイさんについて噂になっていますよ?」

「知っている。でも皆そこまで本気で考えていない。暇つぶし」

「それはそうですけれど」

「私のことはいい。それよりも、エレナは断る方法を早く考えるべき。もしもの時は大佐に相談すればいい。エレナは今、この駐屯地にとって外せない存在だということは明白。実家の人たちも説明すればわかってくれれるし、首都の貴族で重要なポストにいる政治家だからこそ……」

「婚約は延期、もしくは結んで、終戦か時機を見て結婚という形になりますわね。私のゴーレムの状況を考えると、向こうとしても簡単には諦めてくれないでしょう」

「……貴族は面倒臭い」

「だから言ったでしょう。気を遣うと」


 エレナは苦笑しているけれど、上手に断る方法をすでに考えついている。私にはできない。やっぱり、エレナは凄い。

 エレナは老若男女問わず、駐屯地や村で人気がある。彼女に恋心を抱いている男性は少なくない。

 だけど、エレナは……。


「エレナは、誰か気になる人はいる?」

「わかっていて言っているでしょう?」


 エレナは表情を変えずにカップに口をつける。


「私はこの戦争が終わるまで結婚はしません」

「そう」


 それと気になる人ができるかどうかは別、だと思う。


「それに、いつ死んでしまうかもわからない身。恋をしたって、どうにもなりませんわ」

「恋人がいる人や、村に子どもがいる人もいる」

「他所は他所です」


 エレナは意地っ張りだ。

 気になる人なんていない、自分は軍人で、相手を悲しませてしまうから、と屁理屈をこねている。


 だから、エレナは気付いていない。

 エレナ自身が知らず知らずのうちに目で追いかけて、話して、遊んで、心の中にいつしか芽生えた好意に。


「さて、明日も訓練や実験がありますし、今日はこの辺りにしましょうか」

「うん」

《イワイさんの悪戯がまたあるかもしれませんし、心を休めておかないと》

「エレナだけには、今度は教える」

「お願いしますわね」


 けれど、エレナは知らない。

 祝が驚かせて楽しませようとしている相手は、エレナがほとんどだということに。


「そうです、イワイさんは今、お部屋に?」

「そう」

「では、今日もショーギで打ち負かしてあげましょう」

「エレナ、大人げない」

「ふふっ、今日驚かされたお返しです」


 笑顔を浮かべて、祝が負けた時の姿を想像して溜飲を下げている。本当に大人げない。

 でもエレナは気づいていない。


 そんな風に、気の置けない存在となっている、祝のことに。


「シャデュもどうですか?」

「護衛の任務だから、仕方ない」


 だから気付けない。

 祝と二人きりになると緊張してしまうから、私に着いてきて欲しいと行動している自分に。


 エレナはいい子だ。

 少し意地っ張りで、寂しがり屋で、世話焼きで、好きな人(私たち)のために頑張れる子だ。

 でも、自分の恋には気づけなくなってしまって、それすら気付けない真っ直ぐな子で。

 私の大切な親友。


 祝にはもったいないくらい、とっても可愛い子だ。


お読みいただきありがとうございます。

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