Real meaning and puzzle [真意と謎解き]
午後八時。今回の患者...いや、被害者というべきだろうか。その奥さんがやってきた。
「村上恵子さんですね。村上達海さんの奥さんの」
「はい、夜分遅くにすみません」
「いいんですよ、これが仕事ですから」
申し訳なさそうに頭を下げる恵子を、優がとどめる。
「...で、旦那さんは今家で?」
「はい、もう眠り続けて三日で...」
その言葉を聞くと、ぱんと膝を打って優が立ち上がる。
「よし、智也車出せ、行くぞ」
「りょーかいっす、あ、ひとちゃんは...?」
栗原はどうするのかと問う智也に、優が笑顔で答える。
「もちろん連れてく、そのためにスカウトしたんだから」
「あー、やっぱり。先輩そのつもりだったかあ...」
ため息一つ、智也は「頑張って」と栗原に目線を送った。それに次いで優が似合わないほど、わざとらしいほど優しい笑みを向ける。
栗原は頭のてっぺんからつま先まで「嫌な予感」でいっぱいいっぱいになった。
〜〜〜
「被害者の家、茨城だからな。お前がいて助かったよ智也」
「どうせこうなる事は分かってましたし...そうそう、車どこに停めとけばいいのかいつも迷うんすけど、診療所の前のとこって停めといていいんすか?」
「...駐車場、近くにどっかスペース借りて作るか...」
「...ダメだったんですか...」
智也が運転するGT-Rの中、智也と優の話し声が響く。
そこに栗原が加わったのは、智也が違法駐車していた事が発覚したその直後だった。
「あの、張本先生『そのために私をスカウトした』って一体...?」
「ん、そのまんまの意味だけど?」
「......ひとちゃん、ほんとは分かってるんでしょ...?」
栗原の質問に、彼女的にはあまり返ってきてほしくなかった答えを返す優。そしてため息混じりに呟く智也。
「...ウィアードの治療に私を使うって意味」
「その通り!」
「ですよね...」
見事に正解を言い当てた後部座席の栗原に、助手席に座っていた優が振り返って拍手をプレゼントする。
そう、正気を保ったまま、目立った障害もなくウィアードになった彼女をなかば強引に引き取ったのはこれが理由。
優は彼女を精神世界での自分の助手にするつもりだったのだ。まあ、誰しも予想はついていただろうが。
「だって何の障害もなく正常なままウィアードになった例なんて今までないからね、使わない手はないっしょ〜」
「...そうですよね、ウィアードへの絶対権限ありますもんね...」
ケタケタと笑う優と対照的に、またあんな世界に放り込まれるのかと沈む栗原。
「あ、そーいや聞いときたかったんだけどさ」
ふと思い出したように優が栗原の顔を見たまま言う。
「ひとちゃんさ、銃の構造とか知ってるの?」
「...あ、はい。その、庄平君に昔色々教えてもらって。でも、どうして?」
その言葉に、優は複雑な表情を見せた。
「いや、この前庄平君の精神世界で銃を編んでたじゃない?だから知ってるのかなーって。そうか、教わったからあそこで編めたのか...」
クエスチョンマークを頭に浮かべる栗原に「そういえば言ってなかったっけ」と優は説明を始める。
「精神世界ではイメージの強さがそのまま編んだ物にも反映される。逆に、うまくイメージ出来ないものはきちんと作れないんだよね」
例えば、と優はスマホで調べた画像...SF映画に出てきそうな光の剣...を示して続ける。
「これをイメージすれば、一応手元に出すことはできる。でも原理とか構造が分からないからそこは再現できず、武器としては使えない...いわゆるハリボテになるってこと。撃てるくらいの銃を作るためには内部構造まできちんと理解してなきゃいけないわけ」
ふう、と一息つくと優は無理やり後ろを向いていた体を前に戻し、大きく伸びをした。
「こんな女の子がよく撃てるような銃編めたなーって思ったら、そういう事ね」
栗原は庄平から教わった銃をその場で編み、それで彼を撃った。
つまり、庄平が彼女にそういうことを教えていなければ庄平は死なずに皆殺しできていたわけで。
その事実に栗原は目を伏せた。
「ま、落ち込んでる暇ないよ」
沈んだ様子の栗原に努めて軽い調子で話しかけ、分厚い紙束を投げ渡す。
「あれ、これって確か先生がさっき...」
「そ、部屋から取ってきたやつ。いつも仕事前には見てるんだけど、今は貸したげる。死なれちゃ困るし」
気が抜けるほど軽い口調で「死なれちゃ困る」という優。しかしミラーに映るその顔は真剣そのものだった。
その紙束には、拳銃やライフル、ロケットランチャーなどあらゆる近代兵器の構造が分かりやすくまとめられていた。
「俺は暗記してるから。それをどれだけ正確に向こうでイメージできるかが鍵になるからね、生きるか死ぬかの」
その言葉を聞いて...まあ、元々冗談とは思っていなかったが...優が自分に本気で"仕事"の手伝いをさせる気だと理解した栗原は、必死でその紙束をめくり始めた。
「ほんと、先輩ってスパルタなんだから...」
ラジオから流れる音楽に乗せてハンドルを指で叩きながら、智也が呟いた。
「だってさ、早めに体験させた方がいいでしょ?ウィアードになった以上、これになった方がいいんだし」
「誰も彼もそうとは限らないんじゃ?」
「そうかねぇ...少なくとも、俺らは全員この道で良かったと思ってる。目的は違えどね」
ちょうど通りかかった海の向こうにぼうっと目を向けながら、優が呟く。
その「俺ら」は、もちろん智也ではない。
水平線の彼方を見る優の顔は、何も語っていなかった。
〜〜〜
「着いた〜トモ、お疲れ様」
患者の家の駐車スペース、二台入れるくらいには広いそこに停められたGT-Rの助手席から降りるなり、優は伸びをしながら智也に労いの言葉をかける。
一方智也はというと。
「ひとちゃん大丈夫?顔色悪いけど...」
「だいじょ...うぷ...」
紙に書かれた武器の概要を車の中で読んでいたからだろう、大酔いした栗原を介抱していた。
「おいおい...吐くなら今のうちな、被害者の家の中で吐くなよ?」
「だいじょぶです...風に当たってたら楽になってきましたし」
まだ顔は青いが、少し元気を取り戻した様子の栗原を見て、優は「先が思いやられる」と一言呟く。
その後、先に帰らせておいた被害者の奥さん...恵子を呼ぶためにインターホンを鳴らした。
〜〜〜
「脳波測定完了、気絶しててこんだけ活発なのはおかしいね」
不安そうに恵子が見守る中、今回の被害者である村上達海の検査を済ませた優が、顔を上げて言う。
「てことはやっぱり...」
「ああ、ウィアード案件だろうねぇ...」
智也に優は頷いて答えた。
「じゃ、じゃあ早く助けなきゃ!」
すかさず栗本が持ち込んだカーペットを敷き、そこに寝転がって精神世界へ入る準備をし始める。
が、それを留めるように優が言った。
「まだダメ。これだけじゃ入れない」
ぴた、と動きを止めて優を見る栗原。その視線に込められた思いを汲んで、優が説明を始める。
「ウィアードの精神世界に入るには、被害者じゃなくてウィアード患者本人を見つけないと入れないの。遊園地に行った人の家にいっても遊園地にゃ行けないだろ?」
「先輩、その例えはどうかと思います」
半眼で智也がそう言ったが、気にせず続ける。
「ま、そういうことよ。今この人の体は精神を奪われてもぬけの殻ってこと。ただ、精神を奪われてるだけで体とか脳は活発に起きてるから脳波は寝てたり気絶してる時のやつとは違うってわけ」
「は、はぁ...」
よく分からなかったが、とりあえず犯人を見つけないことには患者を救えないということは栗原にも分かった。
「ま、つーわけで明日は患者探し!ウィアード患者は障害持ちでほとんど確定してるから...近くの病院ハシゴの旅ってな!」
「だから先輩、言い方...」
不自然なくらい楽しそうにそう言う優を、智也がたしなめる。
それを見ていてかなり不安になっていた様子の恵子が、横からたずねる。
「あの...主人は助かるんでしょうか...?」
その言葉に優はにこりと、まるでスイッチが切り替わるように感情を消し、笑って答えた。
「分かりませんが...努力はします」
その言葉を受けて、恵子はまだ不安そうに続ける。
「...その、治療費は...」
「治療費は頂きません...ああ、経費等は少し頂きますが」
...これは治療などではない、と。
そう言うかのように、笑顔のまま優は答えた。
〜〜〜
翌日。
GT-Rの車内で一泊した三人は、そのまま病院回りに出発した。
「...でも、病院回りって...効率悪くないですか...?」
「いや、そうでもないよ。ハシゴの旅とは言ったけど手当たり次第って訳じゃないし」
近くの病院を携帯で調べながら栗原がそう呟くと、眺めていたタブレットを示しながら助手席の優が返す。
「昨日のうちにこの辺りで身体および精神障害で来院歴がある患者の情報は集めといた、おかげであんま寝てない」
少しクマのできた顔で笑いつつ、続ける。
「後は、その中で意識のないやつを絞り込めばいい。ウィアードって、自分の精神世界に引き込むためには眠るしかないし。植物状態とかもともと意識がない奴らはまた別だけど」
「集めといた...ってどうやって!?」
プライバシー云々でうるさいこの時代に、と目を剥く栗原に優がめんどくさそうに、特殊精神科医の免許証を見せながら返す。
「これの特権。ホント便利だよね」
...ああ、と納得した様子で栗原は携帯を閉じた。
優は今朝方ダウンロードした今回の被害者の情報が記された資料に目を通し始める。
「被害者は村上達海、職業は高校教師。結構有名で、本とかも出してる...生徒の中で障害持ちはほぼおらず、同僚も同じ。人望は厚く、悪い噂はほとんどがデマ...清廉潔白をそのまま人にしたみたいなのだな」
そのまま彼の人間関係...主に社会的な方面の関係を調べ始めると、いた。
「茂原保...被害者への批判本を出して炎上して、ストレス障害で通院中...で、最近通院途中に殴られて今昏睡状態...これじゃね?」
「間違い無いですね、それですよ」
「...あそこの病院に入院してる、丁度今一番近いところだね。よし行こう!」
即断、優は智也にそう指示した。
〜〜〜
「私は張本優といいまして、特殊精神科医でウィアードの件で...」
「うぃ、うぃあーど?とくしゅせいしんかい?何ですかそれ...」
受付で免許を見せながらすらすらと喋る優を、何も知らない病院スタッフが信用ならないというジト目で見る。それもそうだ、アポ無しで聞き覚えのない資格を持っているとかいう...赤地に「三倍速」と書かれた絶望的にダサいTシャツの上に白衣を着た怪しいやつをどう信用すればいいと。
「...あーと、院長先生呼んで?」
「院長先生はお忙しいので、また今度にしていただけませんか?」
説明を諦めた優がそう言うも、ズバッと切り捨てられる。
「そういうわけにもいかないんだよ、こっちにも患者がさ...」
「開業医さんなんでしょう?そちらの診療所で診察すればいいでしょう。とにかく...」
と追い出されそうになった時、そこを偶然通りかかったドクターが「あれ、張本先生?」と声をかけた。
「お、おお真司!助けてくれこれじゃ仕事にならねえ!」
そのドクターの名前は河本真司。優の大学での後輩だった男で、今は小児科医をやっている。
「...張本先生、そんな怪しいカッコしてるからですよほんとに...その人俺の知り合いだから、離したげて」
「...え、あ、はい...」
困惑の止まらない様子の受付の女性が、とりあえず優を解放する。すかさず優は真司に「なあ、茂原保の病室ってどこ?主治医は?」と聴きながら真司の白衣を引っ張っていく。
そのあとを、栗原と智也は慌てて追った。
〜〜〜
「......で、担ぎ込まれてから5日間」
「目を覚ましてません。見ての通り...」
茂原保の病室に着くや否や、ガタガタと色んな機材を広げ始めた優。
いつものことだ、と智也と真司は諦めていた。
「やっぱりこの前と同じ、あれですか。後天性特殊精神障害の」
「そ、その件。あとさその名前長くてめんどくさくね?ウィアードでいいじゃん、海の向こうの人たちがわざわざ短くしてくれたんだし」
「...その呼び方知ってるのはこの国じゃ少ないんですから、こういうとこではめんどくさがらずに言ってくださいって」
真司が口にした「後天性特殊精神障害」というのは、ウィアードの正式名称。
優は「日本の正式名称は小難しいし長い」という理由だけで海外で使われている俗称を使っている。
「ま、どーでもいいんだけどさ、どうせあんまり情報が広まっても困る病気だし...そうそう、最近この病院にこの人来た?」
「...ちょっと待ってください、調べてきます」
今回の被害者である村上達海の顔写真を渡すと、真司はその写真を受け取って病室の外へ駆けて行く。
「さて、真司が戻って来る前にさっさと検査済ませちまうか」
そう言うと、茂原の頭や体に広げた機材をつけ、手早く検査を始める優。
「んー、と?脈拍異常なし、脳波に異常...あり。うん、意識がないならこの脳波は異常だな...つまり」
「やっぱり、この人が後天性ときゅ...」
「ひとちゃん慣れない言葉言おうとして噛んだね?...ウィアードだよ、間違いない」
そう断じ、優は椅子に座る。
思いっきり噛んで恥ずかしげに赤くなっている栗原もそれに習い、隣に座った。
「よし...じゃあお仕事だ。気を抜くんじゃないぞ?」
「抜きませんよ!真剣にやります!」
栗原は緊張した様子で優を見て言う。思わず「そんなに力む必要もないけどな」と優に言わせて苦笑させるほどには肩に力が入っていた。
その肩を叩いて、
「リラックスリラックス、気は抜かずに、肩の力は抜いて」
そう言うと、優は目を閉じる。それに続くように、なんとかリラックスした栗原もその瞼を下ろす。
そして、落ちていく。
茂原保の精神世界へと。
...精神世界へと。
...
......
.........
「あ、あれ?」
「...あれ、先輩お帰りなさい、早いっすね?」
「...うんそりゃ、まだ行ってないからね?」
再び優が目を開け、素っ頓狂な声を上げる。
それもそのはず、いくら潜ろうとしてもウィアードの作った精神世界が無いのだ。
「...待て待ておかしい。じゃなんでこいつこんな脳波になってんの...?」
無論、その答えは一つしかない。
「こいつも、ウィアードの被害者...ってわけ?」
「...そういうことみたいですね...」
後から目を覚ました栗原も、驚いた様子で言う。
「ここに来て新しい事件とかマジ...?こんなん無理だろ...」
そう、優が天井を仰いだ時。
息を切らして病室に駆け込んできたのは、ファイルを持った真司だった。
「この人、来院してました!1ヶ月ほど前に!」
「1ヶ月前か...じゃこいつとは無関係だな、眠り込んだ時期が違うし...なんで来たかっていうのは情報ある?」
それを聞いていれば、と再び魂まで抜けるようなため息をついた後、優は真司に問う。
真司はファイルからプリントを取り出し、そこの情報を読み上げた。
「えーと、その日にここで診療したのは本人と...」
「...と?」
「はい、と、奥さんの恵子さんですね。本人が受診したのは呼吸器科、本人には特に問題はなかったそうで。問題はこっちで...奥さんが受診したのが、精神科なんです」
[精神科]
その一言に弾かれるように立ち上がる優。
「ちょっと、それ見せて!」
恵子のカルテのプリントを半ば強引に奪い取り、目を通す。
...確かに精神科に受診している。診断された病は...
「解離性同一性障害...」
優が病名を読み上げる。
「か、かいりせい...?」
「いわゆる多重人格だよ。一人の人の中に沢山の人がいるっていう...でも、精神障害持ちだからって、奥さんは起きてるじゃないですか」
分からない様子の栗原に、智也が簡単に説明する。そしてカルテを持っている優の背中に、言葉を投げかける。
「恵子さんがウィアードとして人を引き込むためには、眠っている必要があるはずです。でも彼女は...」
「...ああ、起きてる。それでいいんだ...俺の予想が正しければだが」
優は「ありがと、助かった」とプリントを真司に返し、くるりと振り返った。
その表情は、謎は解けたと言わんばかりだった。
...それから数分後。
優たちは、再び智也の運転するGT-Rに乗り、来た道を戻っていった。
患者の家に戻るために。
...仕事を、始めるために。