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Work as a doctor [医者としての仕事]

さらに、時間は前回から二週間が経ち。




「ーーー診療所の朝は早い」

「おはようございます先輩、遊んでないで早く準備してください」

「トモさんの言う通りです。とりあえず髪の毛とかしてきてください」


半分以上眠った目のまま、某理想の自分をずっと探していた曲をスマホから大音量で流しながら待合室に降りてきた優に、既に色々動き始めていた二人の冷たい声が飛ぶ。

「はいはい...」とあくび混じりに返しながら、優は自宅スペースに繋がる今降りてきた階段に柵をかけた。




優は開業医、つまり個人でやっている町医者の為、普通に働いている人より遥かに忙しい。そしてその上人もいない。なぜか優はなかなか人を雇おうとしない。

小さな町病院のゆえ入院がないのが救いか。しかしその評判の良さから患者は毎日絶えることを知らない。


しかも...


「色々ありますよね、ここ...」


慣れてきてはいるが疲れた表情を浮かべながら栗原がぼやく。

そう、この診療所にある医療器具の量は普通の町医者が扱う量ではない。しかもその器具は内科や精神科のものにとどまらず、眼科や耳鼻科、果ては整形外科や歯科まで色々なものが揃っていた。

検査や治療に使う部屋の数も町病院のそれではなく、中にはCT室なども。


「...なんでも誰でも診るからね先輩。ウィアードってこと以外は普通の人間なのに、それであんなに毎日疲れちゃって...早く準備しちゃおう。今日の予約患者は眼科に内科、あと整形外科」

「はい...!」


智也もため息をつきながら言って、器具の消毒を始める。栗原も器具の準備に戻り、半分以上寝たままの優はのそのそと身支度ついでに診察室のパソコンを立ち上げる。




優が下手になんでもできすぎる...全ての診療科をそれぞれの専門医よりもできるくらいには極めてしまったため、さてどうしたものかと考えた優が「どうせだから病気とか怪我した人皆俺が診れるようにしよう」と、トチ狂ったことを言い出したのが原因だ。

智也は「先輩が過労死する」と反対したが、優は聞く耳を持たなかった。


個人経営の町病院の癖して、張本診療所は文字通りの総合診療所と化した。

ちなみに栗原が入るまで十年間ほど、スタッフは智也一人だった。とんだブラック職場である。果たしてどの口で前回あんな説教を垂れたのか。智也がいなかったらこの診療所はとっくの昔に潰れていただろう。



「疲れたらいいなよー、マッサージくらいしてあげるから」


優がいつもの通りダサTシャツ...今日のは赤地に黒文字で「三倍速」と書いてある...の上から白衣に袖を通して、キーボードを叩きながら言う。


「...張本先生マッサージ上手いんですか?」

「一応資格は持ってるよ?あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師、あと柔道整復師。それと昔からマッサージは得意で親に褒められたし」

「先輩うまいですよね、まああれがなかったら多分僕今ごろ死んでると思いますよ。過労で」


親指を立てて指圧するような仕草を見せる優。

そんな優に、智也がふと湧いた質問を投げかけた。


「そういや聞いたことなかったっすけど、先輩医療の資格で持ってないのってあるんすか?」

「...義肢装具士くらいかな?あ、一応今年中には取るつもり」


...このように。

医療系の資格なら基本揃えている。普通の医者、そして社会人としての優はこういう人物だった。


「いつかは薬局も作れたらいいんだけどね。いかんせん都内だから土地がないのよね。作れたら処方せん切らなくてよくなるのに」

「先輩、診察室のPCでSNSやらないでくださいって前も言いましたよね?」

「そうだっけ?」


かちかち、とマウスを動かしてタイムラインを更新する優に智也が呆れ半分で注意した。




「...あ、先輩。準備済みましたよ」

「こっちも大丈夫です」

「あ、済んだ?よーし、じゃあ診療時間始まるまで十分くらいあるから歯磨いてくる!」


ようやく電子カルテを立ち上げて今日の診察の準備が済んだ様子の優に準備が済んだ旨を伝えると、優はどこからともなく取り出した歯ブラシを手に給湯室へと駆けていった。

人と顔を合わせる仕事で、診療開始十分前まで磨いてなかったのかと。

その突っ込みをぐっとこらえ、智也と栗原はマスクをつけた。




〜〜〜




「ひとちゃん、次の患者さん呼んで。トモは間切さんの処方せん印刷しといてー」


受付にいる栗原にそう声をかける。栗原仁美だからひとちゃん。単純なあだ名だ。


「はーい、えーと、大内紳助さーん。診察室にどうぞ」

「お、大内さんか」


優がそう言って笑う。

大内紳助、この診療所の近くに住んでいる老人でとにかく病院嫌いだった人だ。

まあ、今でも嫌いなのは変わらないようで...


『あんた、熱もあったんだから早く入り!そんなに暴れちゃ悪くなるでしょうが!」

『俺は健康だ!いいか、先生に顔見せるだけで帰るからな!』


外でそんな風に騒ぐ声がする。言い争ってるのは多分奥さんだろう、いつものことだ。

仕方なく優はドアを開けて「ほら大内さん、とりあえず入って」と診察室に入れさせる。


そして奥さんに「いつもの通り、お任せください」と微笑みかけて診察室のドアを閉めた。




「さーて、大内さん。今日はどうなされました?」


椅子に座って顔を見ながら、そう尋ねる。

大内は大きな声で「俺は健康だ!」と言った後、その大声が自分の頭に響いたのか少し顔をしかめる。


(...いつも通りにやるか)


どうやら正直に話す気はいつも通りないらしい、とそう判断した優は、目を閉じる。


そして、自分の精神世界に身を投じて、そこに大内を引き込んだ。




精神世界のイメージは、もちろん診療所の診察室。相手に精神世界に引き込んだということが分からないようにするためだ。


「もう一回聞きます。今日はどうされました?」


精神世界には、その人の心そのものを引き込む。ウィアードでなければ嘘をつくことなど出来ず、隠そうとしても半ば無意識に本当のことを言ってしまう。


「...昨日の夜から熱と、関節痛、それに頭痛がひどくて、体もだるくてね...インフルエンザじゃないかって言われて家内に連れてこられたんだよ」

「なるほど、熱と関節痛、最近流行ってますし、インフルかもしれませんね」

「いやはや、この歳にもなってインフルなんてねぇ...冗談にならないですな」


にこにこと笑いながら大内が言う。心の中は良い人なのだ。でも恥ずかしいのか頑固ぶりたいのか分からないが、現実ではクソジジイなのだが。


「はは...とりあえず検査してみましょう」


そう言い、精神世界から再び現実へと自分と大内の精神を戻した。




「はい、大内さんインフルA型陽性です。お薬出しますから、変にプライド持たないでお薬きちんと使うこと。使い方は薬剤師の方からちゃんと聞いてくださいね。あとはあったかくして休んでてください」

「分かりました...先生には敵いませんな、話してると心の底まで覗かれてるような気がして、つい本当のことを喋っちまう」


大内が恥ずかしそうに笑いながら言う。本当は心の中に引き込んで本当の事を喋らせてるってことはやっぱり伏せておこう、と優は心に決めた。




〜〜〜




「あの、受付お願いします...」

「あ、はい。診察券と保険しょ...ってええ!?」


午後診の時、突然やってきた男の顔を見て栗原は驚きの声をあげた。

それもそのはず、そこにいたのは庄平の精神世界から一緒に救い出された三人のうちの一人、小嶋だったのだから。


「へへ、風邪引いちゃってさ...せっかくだし、張本先生の所にかかってみようかと思って」


周りに配慮して小さな声で話す小嶋。決して彼は叫んだり大声を出したりするだけが能の男じゃない。ただ少し身長が残念なイケメンなだけだ。


「...てことは初診?診察券は?」

「持ってない、だから発行して!」


発行料を受け取って、栗原は診察券を発行しに向かった。




「へーえ、風邪引いちゃったかあ...この季節はそういうとこからでかい病気になるからね、気をつけなよ?錠剤でいいよね?」

「あ、はい!むしろ粉薬ダメなんで...」


ただ喉の風邪と判断して、処方する薬を決めながら、優は続ける。


「...で、あれからどう?何か変わったところはない?」


その言葉に「なんともありません!」と即答する小嶋。しかし優はそれでも心配なようで。


「夢に見たりとかしてない?大丈夫?」

「...夢には出てきますね、時々...最後の、庄平の姿は...」


うなだれながら小嶋が言う。


「俺も、酒井もあの後何度も思いました...助けられたんじゃないかって、あの時進藤を怖がらずにあいつの味方をしてやれれば...」


ぎり、と歯を食いしばり手を握りしめ、悔しそうに悲しそうに言う小嶋の頭を、優はぽんぽんと撫でた。



「あんまり思い詰めすぎるなよ?悩んだらすぐまた来い。相談くらいならタダで乗ってやるから」


優は、笑いながら続けた。


「今日は一つだけアドバイスしておく。次、庄平みたいなやつがいたら...真っ先にお前が味方してやれ。あいつへの償いにゃならねえが...気持ち的に楽になるから」


小嶋は、悔し涙をこらえているのか、赤い目で笑った。




〜〜〜




「ふーう...今日はとりあえずこれでおしまい!」


最後の患者を送り出し、続いて診察室から飛び出す優。


「先輩、まだ患者さんのお会計済んでないんですからそんな勢いで飛び出して来ないでくださいって!あ、お釣り六百円です、はい。お大事にどうぞ〜」


智也はぎょっとした様子で優の方を見る患者に釣銭を渡しながらそうたしなめる。


「あ、マジかまだいらっしゃった...お大事にね〜」


そう手を振る優に患者は苦笑しながら手を振り返し、そのまま診療所を出て行った。




「やー、今日は疲れたね。色んな人が来たけどちっちゃい子ばっかで最早小児科よ...子供の言う事は全然分からないから心に聞くしかないし」


どうやら今日はウィアードの能力をかなり使ったらしく、優は疲れた様子で待合室の椅子に倒れこんだ。その上から「ちょっと失礼しますよー」容赦なくアルコール消毒をする栗原。


「あー待って待って冷たいこの時期にアルコールスプレー人間に直接吹きかけないで風邪引くって!」


消毒液の冷たさに驚き、ばたばたと椅子から転がり落ちる優。

「ひとちゃんだいぶここに慣れてきたね...」

と苦笑しつつ、白衣を直して立ち上がる。


「もう三週間も経ちましたしね、だいぶ」

と消毒液片手に栗原も笑った。


「なーんか寂しいなー。すっごい要領いいんだもん、最初の一週間なんかもう何すればいいのか分からなくてオロオロしてたのに今じゃ...」

「トモさん何親みたいなこと言ってるんですか...それに、まだ三週間でわからないことも多いですし...頼りにしてますって」

「え、マジ!?嬉しいなあこのこの!」


わしわしと智也に撫でられながら、恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑う栗原。たった三週間の付き合いでありながら、もはや家族も同然であった。




最初のうちは心配で仕方なかったらしく、栗原の両親も来てはいたが...優、ではなく智也がしっかりしていたことと、栗原自身が楽しそうに、一生懸命にやっていたこともあり、今ではこちらに一任してもらっている。


ちなみに彼女の月給として栗原家の口座に優が振り込んでいる額は月五十万程。

その額とは別に、栗原の生活費なども優が負担しているためかなりの額を出していた。




なぜ優が彼女にここまでするのか、その理由はおいおい話すことにしよう。

ここでは、なぜ優がそこまでできるのかという理由をお話しすることにする。


「あ、そうそう先輩」

「ん、何?」


栗原を撫でるのをやめて、智也が優に報告をする。


「報酬の三千万、いつものように振り込んでおいたからって島崎さんから連絡ありました」

「そか、ありがとさんとお疲れ様って伝えといて」


あまりにデカすぎる額。それを初めて聞いた栗原は驚きに目を見開く。




特殊精神科医。彼らの治療には常に死と隣り合わせの危険が伴う。

優は特に何も言わなかったのだが...他の四人が「普通の医療と同じではやっていられない」と某国際的な連合にカチコミをかけたようで、優が気づいた時には「一人助けるごとに十万ドル支払われる」という事になっていたのだった。


そういう事になったのなら貰わない手はないと、優もその恩恵にあずかり、為替レートめんどくさいから一人一千万ねと日本政府に話をつけ、多額の報酬でたくさんの器具を集めていた。

もちろん、栗原の生活費や給与もここから。




ただし、これはあくまで国から依頼を受けた時のみ。個人で依頼された場合には適用されない。

そのため、前回のように十三人一気に巻き込まれた、とか要人が被害にあった、など余程大きな事にならなければ国が動くことはなく、この報酬は支払われない。故に一般人からの依頼で他の四人が動く事はないのだが...優は違った。




「ああ、そうそう。今日の夜に一人だけ患者さん来るから」

「...え、診療時間外にですか?」


栗原が疑問符を頭に浮かべて言う。

智也はなんとなく分かっているようで、何も言わない。




「俺のもう一つのお仕事...特殊精神科医の出番ってわけ」


都内の大病院からの「紹介状」を手に、優は右手をピストルの形にしながら言い、笑った。

日常回です。

こんな感じで箸休めも挟みながら...と。


タイトルはこだわってます。少しだけ。

次からまた精神世界にダイブします。

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