"Determination" of the girl [ある少女の"決意"]
ちょっと急ぎました。
この話は後からだいぶ調整するかな...
「...庄平君の部屋?どうして?」
首を傾げる栗原に、優が答える。
「あー、もうさっきまででこの屋敷全体は大方何があるか掴めたんだわ。でも相手の気配は掴めない。なら...本人の一番思い入れのあるところに、次に繋がるもんがあるかもなって」
普段もそうだった。
深層意識、その最深部にこういった自分に馴染みのあるイメージを置き、その中でも特別自分に関連のある場所にもっとも重要な役割を持たせる。持たせてしまうというパターンがある。
いつもは最初からその場所が割れていないため、手当たり次第に探すしかないのだが...今は内部を知っている者がいる。
「どう?知ってる?」
「...昔のことなので、なんとなくですけど...」
重ねて問う優に、栗原はそう答えて「こっちです」と案内を始めた。
栗原を先頭に、今までのきた道を戻っていく一行。
道中、最後尾についた進藤の口角が不気味に吊り上がったことには、誰も気づかなかった。
〜〜〜
「多分、こことここのどっちかです」
そう言って栗原が立ち止まったのは、一階の二つの部屋の前。
優が側頭部に手を当て、中を軽く調べる。
「...どっちもここで調べた分には何も違いはない...中入って調べる他ないか。じゃあ、進藤と俺はこっちを、他はそっちの部屋調べてくれ」
そう言った優に、子供達は首を縦に振り...一人だけ振らなかった栗原が尋ねる。
「え、離れてもいいんですか?私たちだけで行動するって、危険なんじゃ...」
心配そうにそう言う栗原に、優は優しく「大丈夫」と言った。
「せ、せめて武器とか...ほら先生みたいなそれを作る方法とか...」
それでも不安なのか栗原が続けるが、優は首を振って答える。
「これは俺とか庄平みたいな化け物にしか出来ないんだよ、ただの人間じゃイメージを具現化することはできない。あいつに妨害されておしまいさ」
そして、一拍開けたあと、優が栗原の目を見て続ける。
「俺を信じてくれ、絶対に大丈夫だから」
心の奥底まで見抜かれるような、そんな目で見つめられた栗原は、思わず首を縦に振る。
「よしよし、じゃ頼んだよ」と栗原の頭をわしわしと撫でて、優は左側の部屋の扉を開けた。それに続いて進藤が部屋へ入る。
それを見送った後、栗原たち三人は右側の部屋へと入っていき、その中で見た光景で驚くことになる。
〜〜〜
後から続いた進藤が、部屋の扉を閉める。
「...さーて、ようやく二人きりになれたな。進藤君...」
それを待っていたように、優が後ろを振り向きながら声をかけ...
いつのまにかナイフを持って優に襲いかかってきていた進藤を、しゃがみこんでの背負い投げで投げ飛ばした。
そしてそのまま腕を極めて、ナイフを落とさせた後、その眉間に銃口を押し付け言う。
「...いや、庄平君って呼んだ方がいいかな?」
その瞬間、進藤が悔しそうに表情を歪め...歪んだ表情ごとそのまま顔が歪み、形を変えていった。
恨めしげに優を見上げるのは進藤ではなく、現実世界では植物状態のウィアード、清水庄平だった。
「...いつからだ、いつから僕だって気づいてた」
吐き捨てるように問う庄平。その質問に優は得意げに答える。
「最初の話からだよ、お前、注意が足りてないぞ?」
その言葉に、眉間にしわを寄せる庄平。腕を極めたまま、優は続けた。
「お前は最初に『辺りを見回したら皆が見えた』と言った。ここで一つ疑問だ。なんで手足の先も見えないような暗闇の中で他の皆が見えた?」
...庄平がハッとした様子で優を見上げる。
精神世界に入った時の空間を、照元は「手足の先も見えないような暗闇」と言っていた。
それほどの暗闇だということは、優も入った時に見て知っている。
だというのにあの時、庄平もとい進藤は「辺りを見回すと皆が見えた」と言った。
「あと二つ目、その後にお前は『こんなところに連れ込んで』って言ったそうだね。まああいつが犯人だってだけなら状況で判断できるだろうしまだ分かるけど、なんでここに引き込まれたってやられたことまで分かった?普通でないだろそんなセリフ」
そしてその後に、進藤の姿をとった庄平が庄平自身...おそらくイメージで作った自分の人形に言った「こんなところに連れ込んで何のつもりだ」というセリフ。
まるで庄平のやっていることが別の場所に引きずり込むことだと分かっているかのような事を言ってしまっていた。
それはつまり。
「お前が、この世界を作り上げたウィアードだった。だからこそ周りの状況を見ることができた、何が起こっているのかも分かっていた。お前はそれを不注意にも言っちまったわけだ」
優は嘲るような口調で続ける。
「わざわざヒントくれてありがとねぇ。おかげですぐ分かったよ。ま、後もう一つ言うならキャンプやってたくらいでこんな化け物だらけの世界で生き残れるかってツッコミもしたいけど」
その口調と、薄ら笑いを浮かべる顔に苛立ちながら「でも、結局あんたは誰も救えない」と庄平が言った。
疑問符を頭の上に浮かべる優に、作れる限りの嘲りの表情を向けて庄平が続ける。
「しもべ達をここには呼べなかったからね、代わりにさっきあんたがあいつらを入れた右隣の部屋に呼んだよ...今頃あいつら、泣き叫びながら餌になってるだろうさ!」
おそらくここに呼べなかったのは、ここに書いたがいたからだろう。でも、いない向こうの部屋なら呼べる。
さあ、どんな反応をする。
やられたと悔しそうに顔を歪ませるか、こいつと怒るか。
そう、内心ほくそ笑みながら優の表情の変化を窺う。
しかし、全ての予想を裏切って優が浮かべた表情は、呆れからくるものだった。
「...な、なんだよその顔!あいつらはもう...がああっ!」
そう続けようとする庄平の腕をさらに極めて黙らせつつ、大きくため息をつきながら優が答える。
「あのな...しもべ?ちょっと痛い呼び方だけど...そういうのを呼ぶときは呼び出す場所に獲物がいるかどうか調べた方がいいぜ?」
その言葉に、咄嗟に庄平が右隣の部屋の中を調べると...誰もいない。
なら、あいつらはどこに...!
呆然とする庄平に、優が呆れ顔のままその疑問に答える。
「俺の作ったセーフティゾーン。まさか『俺が離れたら維持できない』ってあの言葉間に受けた訳じゃないよね?」
イメージが強ければ強いほど、強く具現化させられる。精神世界でのルールだ。
それはたとえ本人から離れたとしても変わらない。イメージさえ続けば具現化したものは残り続ける。
最初に診療所の扉が消えたのは、単に「イメージを維持する事をやめた」だけのこと。
そして、子供達と合流した後、深層意識に入る前に言った「離れたら維持できない」は...進藤が庄平の化けた姿だと知っていてやった、ただのブラフ。
「あいつらが入る前に診療所のイメージを具現化させて、あのドアと繋いだ。で、後は診療所のイメージごとそのままどっかに行かせれば、馬鹿正直なお前は確認もしないであいつらが入ったはずの部屋に怪物を送ると思ってな。いやー、こんな単純な手にかかってくれるとは」
呆れ顔から、けたけたと愉快そうに笑う優。
「今頃は、びっくり半分安心半分でゆっくりしてるだろうさ。そういう置き手紙も残したし...少しは俺の凄さ分かってくれた?」
言外に「舐めんなよ」と、楽しそうにそう説明する優に腕を極められながら、庄平は視界が赤く染まっていくのがわかった。
こいつを、消さなきゃ。
こいつも、僕を傷つけにくる。
「あああああああっ!」
その次の瞬間、庄平が思い切り地を転がった。
極められていた右肩が音を立てて外れるのが分かったが、気にせず立ち上がる。自分の精神世界なら痛覚も思うがままだ。
「許さない...許さない許さない許さないあともう少しだったのにあともうすこしであいつらを始末できたのにゆるさないゆるさないゆるさない...」
許さないとうわごとのように繰り返しながら、庄平はその姿を変えていく。
周りのイメージを吸収して、庄平の中の憎悪が暴走していく。
「うっ...おおおお!」
崩壊していく屋敷の中から、突然跳ね上がった床に空へと吹き飛ばされる優。
徐々に赤黒く染まっていく空間の中、優は今まで一番力をかけて形成していた「診療所」のイメージがいともたやすく押し潰されたことを感知した。
「ウッソだろおい...!?」
前言、いや前考だろうか。優は「舐めんなよ」というのを撤回することにした。
なぜあの時トドメをささなかった。悠長に説明なんかしなけりゃよかった。
まずい、完全に舐めてた、侮ってたのはこっちだ...!
落ちると再び絶叫する本能に「自分は飛べる」と言い聞かせて浮かび、なんとか体勢を整える。
と、その次の瞬間に、消えた診療所のイメージから投げ出されたのだろう、目の前を落ちていく三人を見つけ、急いで「頭陀袋」のイメージを作り掬い上げる。
「なな、なななな何が起こってるんすか張本先生!」
「わ、私たち、何が起こったのか、わからない!」
口を震わせながら小嶋と酒井が問う。
それもそうだ、寛いでろと置き手紙に書いておいて、直後にこれだ。そう聞きたくなる気持ちは優にもよくわかった。
しかし、今の優に説明している余裕はなく。
「前を見て!あれが庄平!以上!」
目の前の、庄平が変貌した...真っ白な肌を持った人間を何百人もズタズタに引き裂き積み上げた山、それに太い腕が生えて動き出した...くらいしか言いようのない怪物を指差しながら、そう叫ぶ。
その姿を視認して、小嶋と酒井が顎が外れる勢いで口を開けるまで、秒もかからなかった。
「あんなの、どうやって、倒すんですか...っ!?」
栗原が絞り出すように言って優を見上げると、そこにはRPGを構えた優がいた。
「今考え中!これで倒せる!ファイヤーッ!」
もう、ほとんどどう倒すのか頭では決まっているのではないか。
その疑問を口にする前に、恐ろしいほどの反動が優と優がもつ頭陀袋、つまりその中にいる三人にも襲いかかる。
「「「わっきゃああああっ!!!」」」
思いっきり揺れた頭陀袋から響く悲鳴も気にしている暇はなく、着弾したのを確認すると優はダメージが通ったかどうかを観察する。
...煙が晴れ、確かに怪物はダメージを負っていた。しかし、そんなのかすり傷だと言わんばかりに、腐臭を撒き散らしながらおかまいなしに迫りくる。
「倒せてないじゃないですかっ...!」
「ウッソだろほとんどノーダメとかあっぶねぇ!」
思い切りこちらに飛んできた怪物の拳をなんとか上に飛んでかわし、再びRPGを叩き込むも...効果は薄い。
『ゆるさない...ゆるさないゆるさない...あいつらはいちばんゆるさない...おまえらもゆるさない...』
随分と低くなった声、地の底から響くような声でそう繰り返す怪物。
優は資料の中で見かけた情報を根拠に、怪物に言い返した。
「主犯は進藤と照元、関わってたのももうおまえが殺した奴らだろ!?もういいじゃねえかこいつらは...」
『うるさい!』
しかしその優の声を遮るように怪物は続ける。
『こじまもさかいも、くりはらも...ぼくのともだちだったはずだ!』
その言葉に、思わず優は頭陀袋の中の三人の顔を見る。
...その視線から逃れるように、三人とも申し訳なさそうに顔を伏せる。
怪物の声は...怪物の胸元に庄平の顔が浮かび、その途端に庄平の素の声に戻った。
庄平の顔は、泣いていた。
そして声も同じように、涙混じりに訴えた。
『それなのに...助けてくれなかった!僕が助けを求めても、無視した!僕が何されても笑ってただけだった!』
泣き叫ぶようにそう言葉を紡ぎ、拳を構える。
『僕にとって、それがどれだけ怖かったか...どうせ分からないんだろう!そいつらも...僕の敵だ!』
その言葉とともに、拳が再び飛んでくる。
「...あっ、しまっ...だああっ!」
頭陀袋の方を見下ろしていた優は回避行動が遅れ、まともに拳を食らってしまい、その拍子に頭陀袋を落としてしまう。
二発目の拳は、落ちていく頭陀袋、すなわち生存者三人を狙って的確に放たれた。
「まずいっ!」
血を吐きながら、なんとか体勢を立て直して再びRPGを構えるも、時既に遅し。
拳は頭陀袋を捉え...直後。
乾いた銃声が響き。
怪物の胸元、庄平の顔、その眉間に穴が空き。
拳も、落下する頭陀袋も、全てが止まった。
「...なにが、起こった...?」
状況を飲み込めないまま、優が頭陀袋の方に向かうと、そこには...ウィアードだから瞬時に見抜けたことだが。
彼女自身のイメージから作られた拳銃を持った栗原が、泣きながらへたり込んでいた。
『くり、はら......また、ぼくを......』
かすれかすれに、弱々しくそう言う声。
栗原は泣きながら...
「ごめん、ごめんね...許してもらえないだろうけど...弱虫で...ごめんね...」
そう、言った。
直後に、全員の意識が暗転した。
〜〜〜
「...ん」
「あ、先輩っ!お帰りなさーい!」
「んおあっ、お前抱きつくなって毎回言ってるだろ周りから変な目で見られんだろ!?」
清水庄平の病室、目を覚ました優に智也が飛びつく。
「だって...無線が切れてから先輩の脳波がおかしくて...生きて帰ってきてくれるのか心配で心配でしょうがなくって...」
「生きて帰ってくるっつの!自分が死んだら仕事人失格だろ!?」
口では嫌がりながらも、抱きつき擦り付く智也の頭をよしよしと撫でながらまんざらでもない様子の優。撫でられて子猫のように目を細める智也。
驚くなかれ、多少美形とはいえ男同士、三十代後半の医者と二十代前半の助手の絡みである。誰得なのか。
同性愛を疑われるような状況が終わり、優が乱れた白衣を直し「腹筋崩壊」Tシャツの襟を正しながら智也に問う。
「...で、子供達は?」
「三人目を覚ましました。小嶋雄介君、酒井立華さん、栗原仁美さんですね」
先ほどまでの子猫みたいな表情は何処へやら、びしっと報告する智也。
「そうか...まあ、そうだよな」
行方不明は結局ダメだったか。
もとより期待はしていなかったが、優は内心そうつぶやいて椅子に寄りかかった。
「あ、そうだ。智也、一つ調べ物頼みたいんだけど」
だるさで眠りそうになった体をなんとか起こし、優はそう言った。
〜〜〜
しばらくして、優と智也の姿は子供達が寝ていた病室にあった。
最初に診療所に依頼に来た刑事...島崎と東の姿もあった。
優は感謝をされていたかというと、そういうわけでもなく。
むしろ詰め寄られていた。相手はもちろん救えなかった人の親、詳しく言えば進藤の父親、和久だった。
「なんで、なんでうちの息子を救えなかったんだ!それでも医者かお前は!」
胸ぐらを掴まれながらも、優は平然としながら、目も見ずに「すいません」とだけ。
「それが...謝罪の態度か...?仕事さえきちんとできずに、命を救えずに...その程度なのか!?医者だというのにお前は、人の命をなんだと...」
「それ、そっくりそのまま返していいっすか?」
荒げた声に重ねるように、優が返す。
「おたく、自分の息子に人の命をなんだと思うように教えたんすかね?どう教わったら...人をおもちゃみたいに扱えるように育つんでしょうね?」
優は自分の胸ぐらを掴んでいる腕を掴み返し、言葉を荒げた。
「人の命を...なんだと思ってるんだ?そっくりそのままお前に返すよどういう育て方すりゃ人があんな風になるまでおもちゃ扱いできんだ答えろ!」
言葉を失った和久の手を振りほどき、怪物になった庄平を思い出しながら、優は続ける。
「あんたのことも調べたよ、企業を経営してるんだってな。人を使い潰すようなことして、壊れたら解雇...自殺者まで出て問題になってるそうじゃねえか。親がそんな事してりゃ子供もそういう風に育つわなあ...」
智也がその言葉に頷く。
先ほど「調べて欲しい」と智也が言われたのはこのこと。なんとなく名前に聞き覚えがあった優が智也に頼んだのだった。
彼の会社が、その問題で連日報道されていた会社だということも調べがついていた。
まあ、精神的に壊れる奴も増えて、仕事も増えたけど、という言葉は飲み込んでおいた。
「は、話が違うだろう!私がどうだろうと、息子を見殺しにしていい理由には...」
優はなんとか反論しようとする相手を怒りを込めて見つめた。
「確かにあんたとは無関係かもな。子供とは言え他人だ」
「分かってるんじゃないか、だったら...」
「でもさ、子供が道を外れたらそれに気づいて止めるのが親の仕事じゃないのか?それすらできなかったお前は親失格だろうな...あいつ、一人っ子だったんだろ?良かったな、晴れて親辞められるよお前」
その後わざとらしく気づいたようなそぶりを見せ「ああ、そっか。そもそもあんたが道を外れてたっけ」と言う優。
しかし、肩を震わせながら和久はなんとか言葉を絞り出す。
「...それでも、私の息子を救えなかったのは変わらない...賠償が必要だろう。貴様にはその義務が...」
「へぇ、賠償ですか。じゃあ...俺が精神世界でした仕事及びミスについての物的証拠をどうぞ。それ提示できたら賠償でもなんでもしてやるよ」
...あるわけがないのだ、そんなもの。
そもそも夢の中の話、明確な証拠がない以上、これで死んだ者は「原因不明の死」として扱われる。
「...貴様、それでも...」
「人間か、って言いたいなら、息子の死をダシにして金を毟ろうとする奴よりかは人間らしいって断言できるけど?」
続いた言葉に対して、煽るように優が返す。
「どうせ、子供がいじめをやったことも、自分の顔に泥を塗りやがって程度にしか思ってなかったんだろ?どうせなら死にゃいいとも思ってたんだろ?あんたみたいな奴の考えてることくらい、分かる」
図星だったらしく、和久の顔が強張る。
「正直、あんたが一番死ぬべきかもしれないな。おあつらえ向きに問題が報道されまくってるし、マスコミとかに殺されてこい」
怒りに顔を染めてそう囁く優は、おもむろに自分の名刺を差し出した。
「ホントに死にたくなったらうちの診療所に来な。あんまやりたくないけど...痛みなく殺してやっから」
明らかな怒りを顔に湛えながらも、微笑みながらそう言った。
〜〜〜
「ああ、そういえば栗原君の親御さんってどこにいらっしゃいます?」
進藤の父親がぶつぶつ呟きながら帰った後、傑は病室を見回しながらそう言った。
その声に反応して、栗原が寝ているベッドの近くにいた女性が手を挙げて「なんでしょうか...?」と尋ねる。
不安そうな栗原と、その母親に近づいて優はこう言った。
「しばらく、娘さんをうちの診療所で預からせていただきますので」
「「...え?」」
二人の間の抜けた声が病室に響く。
できるだけ申し訳なさそうな顔を作りながら、優は続けた。
「おたくの娘さん、おそらくですが庄平君と同じ病を患っている可能性があります。なのでこちらで保護観察をと」
その後に「拒否権はありませんので」と続ける。その言葉に栗原の母親は眉をひそめながら...
「何の権利があって、せっかく生きて戻ってきてくれたうちの娘を連れて行くんですか?」
と問う。
仕方なく、優は後ろに控えていた島崎に声をかけて、説明をしてもらおうとした。
島崎はため息を一つつくと、こう答えた。
「張本先生の資格...特殊精神科医ですが、一種の国家権力のようなものでして...今回の、庄平君のような病気の患者が相手のケースだと、人権なども制限できるんです。なので...彼の保護観察というのは、我々の『現行犯逮捕』のようなものだと思っていただければ」
優の「特殊精神科医」という資格は、本来は無い資格だ。そして、特別な資質...つまりウィアード患者でありながら正気を保った者でないとなれないのはもうお分かりだろう。
この資格を持っている人間は優を含めて地球上で5人程度であり...その仕事の危険度の高さ故か、さまざまな特権が付与されている。
それの一つが「ウィアードに対する絶対的な権限」である。
ウィアードが相手なら何をしてもいい、という権利。殺しても、自分の監視下に置くでも相手の権利を無視してなんでもできるというもの。
あまりの権限の強さに批判も起きたが...結局こうしなければ仕事もままならないと、特殊精神科医全員の賛成で付与された特権だ。
まあそもそも、特殊精神科医も元を辿ればウィアード、反抗されても証拠すら出ない。半ば五人による世界に対しての脅しで決められたようなものだが。
「た、逮捕って、そんな...」
「というわけでして、栗原仁美さん、あなたには退院後、保護観察ついでにウチの診療所でスタッフとして住み込みで働いてもらいます。あ、勿論給料は払います」
声を震わせる母親の言葉を遮り、にこやか爽やかに十六歳相手に働けと宣告する優。しかしその言葉に母親が反論する前に、栗原自身が声をあげた。
「...私、やります」
その言葉に、優は満足げに笑った。
〜〜〜
「なあ、一つ聞きたいんだけど」
三日後、退院の日。
退院祝いの花束を届けに三人の生存者とともに歩いていた優は、不意に問いかけた。
「庄平君がいじめられた原因って何?」
その言葉に、三人は顔を見合わせ...意を決して話し始めた。
「進藤のやつ、栗原のことが好きだったらしいんですよ。それで、栗原と幼馴染で親しそうにしてる庄平が気に食わなかったらしくて...」
「私達も、庄平と付き合ったら同じ目に遭わすぞって言われて、逆らえなくて...」
小嶋と酒井がそう話す。
「栗原君も?」と優が問うと、栗原は泣きそうになりながら答えた。
「私、庄平君のことが好きだったんです。でも、あいつと口を聞いたら殺すって言われて...怖くて...弱虫な自分が、こうして庄平君を苦しめたんだと思うと...私が、庄平君を殺してしまったと思うと...もう、申し訳なくて...」
そんな彼女の頭を、優はわしわしと撫でた。
「確かに、許されないだろうなあ...お前は結果的に人を傷つけた」
どうしたらいいの?と潤んだ目で優を見上げる栗原に、優はこう答えた。
「自己満でもいいから他の人を助けてみろ。少しは救われるぜ?というか...その為にあの時、やりますって受けてくれたんだろ?」
にっ、と笑いながらそう言う。
「...私、頑張ります...これで庄平君への償いになるなんて、思いませんけど...いつか、庄平君のような人を救えるように...」
と言って、思わず泣き出す栗原に、自分の昔を重ねながら。
「償いにならなくったっていい。所詮自己満、自分のためにやれ。人間なんてそんなもんだ」
〜〜〜
それから、一週間後。
「張本先生、起きてください。診療時間です!」
「先輩、先輩!ほら早く起きて!」
待合室の椅子をベッドがわりに寝ていた優は、智也と栗原の二人の声に起こされた。
「...もうそんな時間?」
「はい、診療時間開始まであと五分です。早く白衣着て、準備して!」
すっかりここのスタッフにも慣れた様子の栗原が、優の着ているクソダサTシャツ...今日は「毎日がSANチェック」と筆文字で書かれている...の上から白衣を着せる。
「はいはい、と...じゃ、診療始めますかいと!」
優は元気にドアを開け、外の札を裏返し「診療中」に変えた。