第2話 そして贖う
「また来たっすよ!」
「僕に任せてください!」
カミルが両手を突き出すと肩から伸びた樹木が腕を伝って弾丸のような速さで打ち出された。その樹木の槍がゴブリンの腹に突き刺さる。何度と聞いた断末魔が森に響き渡る。
「ちょっと! ゴブリン多過ぎないっすか!?」
「ゴブリンの叫び声でここの場所が割れてんだろ! とにかく走れ!」
ノウトは全力で走りながら激を飛ばす。着いてこれてるか。分からない。一旦振り向くか。真後ろにリア、そこからニコ、ダーシュ、ジル、エヴァ、スクードの顔が見えた。カミルは少しだけ遅れてる。
なんとか着いてこれてはいるようだ。かなり前の方をラウラが木々の間を飛び跳ねながら進んでいる。人間離れし過ぎだろ。いや、そもそも人間じゃないのか。猫耳族……だっけか。
分からないことだらけだったけど、とにかくラウラに着いていけば、今は大丈夫な気がする。
「邪魔だ」
ダーシュが刃を地面から生やして目の前に立ち塞ぐゴブリンを串刺しにした。
「……っ」
カミルが樹の槍でゴブリンを貫く。
「………くそ……」
なぜか、いつのまにか自分の口からそんな言葉が漏れていた。まだか。まだ、俺は何かが、誰かが死ぬ姿を真正面から直視できないみたいだ。臆病なんだよな、結局。ノウトはネガティブな思考をやめるようにかぶりを振った。
「ラウラ!」
「なにぃ?」
「これどこ向かってるんだよ!」
「あー……。ま、着いてきたら分かるよ。もうすぐだからさ」
ラウラは随分と気楽にしている。我が庭のように木から木へと乗り移って移動している。
「ノウトくん、止まって」
「あ? どうした……ってうおぉっと」
ラウラの方ばかり見ていたから気付かなかったが、一寸先の地面がなくなっていて小さな崖のようになっていたのだ。5メートル程の高さはありそうだ。リアの声がなかったら確実に落ちていたところだった。
「あぶねー……」
「迂回する道はなさそうだし、どうやって降りようか」
「俺は殺陣と翼があるから大丈夫だけど」
と言ったところで隣をダーシュが急に飛び越えて崖を飛び下りた。
「っておい!」ノウトが手を伸ばして制止させようとするが、ダーシュは足元に小さな刃を生み出してゆっくりと降下していった。
「お前らも早く来い」
下の方に降り立ったダーシュが言った。
「協調性ゼロっすね〜……」
スクードが呆れるように呟く。
「そういうヤツですから、ダーシュに協調性を求めるのは諦めてください」
カミルが地に手を付けると崖を補い、坂にするように大樹が地面から生えた。
「ほんと便利ね。あなたの〈神技〉」
ジルが冷笑するように言う。
「ありがとうございます」
「あなたじゃなくてあなたの〈神技〉を褒めたのだからその得意げな顔やめてくれる? ついでに死んでもらえる?」
「……この人ほんとに僕の仲間です?」
カミルが嘆息を吐くように言う。ノウトは「ナイス」とそれだけ言ってカミルの肩を叩いてから大樹の上を伝って下の方へと降っていく。すると、その大樹の伸びた先でダーシュとラウラが一緒にいるのが見えた。ラウラはダーシュの顔をじっと見つめている。
「……なんだ?」ダーシュが唸るように言った。
「いやぁ、不思議だなぁ、って思って」
「何が」
「死んだはずのアンタが今ここにいるってことがだよ」
「俺がそいつと決まったわけじゃない」
「でも声も顔も名前も同じなんだよ? 種族はちょっと違うけど」
その二人のやり取りを見ながら、ノウトは改めてダーシュについて考えていた。ダーシュは他の勇者同様にあの部屋で目覚め、そしてそれ以前の記憶を失っている。
条件は他の勇者と同じだ。
恐らく……いや絶対、ラウラの言っている前のダーシュと今ここにいるダーシュは深い関係がある。それは間違いないだろう。死んだはずのダーシュが勇者として生き返ったなら、同じ条件である自分達も───
「もしかしたら──」
「死んだ人間が勇者として生まれ変わる」
ノウトが言う前にリアが答えを口にした。
「……ってことかな」
「今のところ、そうとしか思えないな」
「ってことは俺たちもみんな一回は死んだ身なんすかね?」
樹木を滑るように降りてきたスクードが言った。
「ダーシュだけってことはないだろうし。生まれ変わって勇者になったなら記憶がなくなったってことも少しは頷ける気がするんだ」
「どういうことっすか?」
「例えばさ、どの人間も赤ん坊として生まれるわけだろ? そしてどんな赤ん坊でも前世の記憶を持って生まれるやつなんかいない。つまり生まれ変わり、誕生には記憶を引き継げないんだ」
「その理論いろいろ破綻してると思うけど」
いつのまにか後ろに立っていたジルが口を開いた。
「まず、勇者の召喚と生命の誕生を同列に語るべきじゃないと思うわ」
「まぁ、違うのは分かってるけどあくまで仮説だよ。希望的観測さ。大事なことは死んだ人間が勇者に生まれ変わることが出来るってことだ」
「……なるほど」
ジルは相当頭が回るのか、ノウトの言いたいことがすぐ分かったようだ。
「えっ、ねぇ、何がなるほどなの?」
ラウラが首を傾げる。その様子を見たリアが皆を見渡した。
「つまり、どんな人間も生き返ることが出来る可能性があるってことでしょ?」
「そういうことだ」
「どんな人間でもって……」
ラウラは驚きで目を見開いている。
「まっ、マシロにカンナ、それにミカエルもってことすか?」
スクードが興奮したようにうわずりながら言った。
「ああ。もちろんだ。なにせ、ダーシュの存在がそれを証明してるんだからな」
ノウトはダーシュを見やった。ダーシュは状況が分かっているのか分かっていないのかよく分からない顔をしている。
「じゃあ!」
ニコが急に大きな声を出したので皆が驚いた。ニコはその様子を見てすごすごと顔を俯かせて、
「じゃ、じゃあ、早く戻ろうよ。ボク達が召喚させられたところに行けば、みんな帰ってくるんでしょ?」
「あー……。それなんだけど、封魔結界は行ったら戻ることが出来ないからなぁ」
「あっ……」
ニコは思い出したかのように声を漏らした。だが、ノウトは知っている。帝都から直接あの、宗主国アトルの初めに目覚めた部屋に行くことの出来る方法を。
「まぁ、帝都に行けば人間領に戻れるんだ。瞬間転移魔法陣ってのがあってさ」
「そうそう。今は取り敢えず帝都に向かうのが最優先かな」
リアがうんうんと頷いた。
それはまだ確実な答えではない。今分からないのは、大きく分けて、勇者として転生する人間をどう選んでるか、ということとどうやって生まれ変わらせているかということだ。
でも、あの部屋に戻れば答えは分かる。
ノウトはカミルの肩から生えた木の上で眠っているアイナの方を見た。
誰かを生き返らせるとして、今ノウトが一番望んでいるのはナナセの生き返りだ。ナナセをまず生き返らせたい。アイナを元気にさしてやりたい。今のアイナはまるで───まるで時が止まってしまったようだ。
ノウトは誰かを失ったことを思い出した。だが、それが誰かは分からない。恐らくノウトの愛する人物だったのだろう。恋人か、それ以上の存在。でも、名前も、それに顔も分からない。ただ誰かを失ったという事実だけが脳裏を蝕んでいる。
アイナも同じだ。ナナセを失って生きる活力を失っている。まずはナナセだ。そして───
まて。待て待て。なんだよこの考えは。
ノウトはそんなことを考えている自分を突然殴り殺したくなった。口元を片手で覆う。
何が初めはナナセ、だ。
命に順序なんてない。
レンもマシロもミカエルもカンナもパトリツィアもフェイもテオも、最初にノウトが殺してしまった彼も。誰も彼も。尊い命を等しく持って生まれた儚く美しい人間達だ。ナナセを生き返らせるなら、全員だ。フェイに殺されたフリュードの人たちも。コリーという少年も。そう、全員。
今まで勇者に関わって命を落としたその全員を、生き返らせる。
それが、俺の為せる唯一の贖罪だ。




