第34話 明日を待ち、今日想う君を
幾度となくナナセが目撃したあの身体が一瞬で焼けていく現象。それを起こした犯人がレティシアじゃない……?
「お前ら、今日の正午に勇者全員を殺す計画とかしてないのか?」
「他の勇者に直接手を加えるなんて卑怯なことするわけねえだろ」
「竜車をいきなり燃やすのは卑怯じゃないのね」レティシアが溜息まじりにぼやいた。
「うっせ。他の勇者を殺したら唯一にはなれるが、一番にはなれねーからな。んなつまらねえこと絶対やらねえよ」
フョードルは腕を組んで偉そうに語った。
「嘘はついてないみたいだね」
神妙な面持ちのリアが言った。
「これは………」
ノウトとナナセが目を合わせる。
「──やばいな」
「ああ。めちゃくちゃやばい」
二人が蒼白な顔をして目を伏せた。
こんなこと、想定していなかった。完全にレティシアの仕業だと確信していたからだ。レティシアが炎を操る勇者であることは合っているようだが、今日の正午に攻撃を仕掛けて皆を熱してしまうのは別人のようだ。やばい。非常にやばい。これでは、振り出しに戻ったも同然だ。
「ちょっと、いいですか?」
フウカが手を挙げた。
「ナナセの未来予知で誰がやったかまでは分からなかったのでしょうか」
「ゴメン、そこまでは分からない。自分に起きることまでしか見えなかったから」
未来予知をしたというのはナナセの嘘だが、この答えには何の嘘もついていない。誰がやったかまでは完全には分からないのだ。
「あと三時間半くらいか……」
ノウトが懐中時計を片手に呟く。レティシアじゃないとなると、とてつもない焦りが襲ってくる。残りの時間でどうにかなるのか……?
「犯人は別にいるってことで確定として、それが誰かって話だよね」
アイナが考える姿勢をとって言った。
すると、シメオンがノウトに向かって口を開く。
「魔人っていう説はないのか?」
「ないって断言していいと思う。そんなことが出来るなら今までにやってるはずだ。しかも勇者だけをピンポイントで的確に狙って身体を焼くなんて、こんな所業、あまり言いたくはないけど、………勇者にしか出来ない」
ノウトの言葉に皆が口を噤む。
「ここにいる奴がやるってことはないのかよ」
静寂を破ったのはフョードルだった。
「何が出来るか、それぞれ言った方がいいんじゃねえか? 〈神技〉を見せ合うんだよ。そうすりゃ自ずと誰が犯人かわかんだろ」
「そんなの、やる必要ないよ」
そう言ったのはリアだった。
「わたしたちは自分のパーティの〈神技〉は知ってるわけだから、みんな仲間がやった訳じゃないってわかるでしょ?」
フョードルは黙ってリアの言葉を聞いていた。
「例えば、わたしはノウトくん、シャルちゃん、フウカちゃん、それにレンくんの〈神技〉を知ってる。だからその予知の結果を起こす人は仲間にいないって知ってるの。つまり、わざわざ言う必要はないってこと」
「はっ。お前、なかなか良いじゃねえか」
フョードルが満足げに頷いた。
「せっかく他のパーティの〈神技〉を聞けると思ったのによお。ま、しゃあねえか。んで、オレのパーティで遠隔的に人を焼けるやつはレティシアしかいない訳だが」
「い、いや! アタシじゃないわよ! そんな恐ろしいこと出来るわけないし!」
「ってよ」
レティシアの話し方にはどこも不審さはない。見る限り、嘘はついてないようだ。これで嘘をついていたとしたら演技力が半端ないとしか言えない。
ナナセはアイナ、それにヴェッタと目を合わせた。
アイナは瞬間移動能力者だ。人を燃やす能力なんて持ってない。それに、アイナはいつだって被害者だった。では、ヴェッタはどうだろう。おそらく、ヴェッタならあの出来事を再現出来る。人の体内を太陽光で熱すればいいだけの話だ。
ヴェッタの〈神技〉には射程範囲というものがない。〈天〉の勇者だからか、屋外であれば、どれだけ離れていても攻撃をすることは出来る。
だとしても、ヴェッタがやったなんて思えない。今もぼーっとしたような顔でナナセを見ているが、こんな少女が人を殺せるとは思えない。
「あなた達の中にもいないって言うなら、他のパーティしかないということね」
シャルロットが訝しげに呟いた。
「俺ら以外のパーティは封魔結界を通っていないんだよな……」
ナナセが言うと、その言葉にフョードルが肩を竦めた。
「オレ達は封魔結界を通っちまったわけだしな。もしや詰みってやつか?」
その言葉に皆が押し黙ってしまう。
ふと、ノウトがナナセの方を見ていることに気が付いた。この視線が意味することはおそらく、もう一度過去に戻るか、という事だ。
それはつまり、アイナを殺すということ。そんなこと、出来るわけがない。ノウトにはこのループ現象がいかにして起こるか伝えていない。つまり、アイナが死ぬことでループするとは思っていないのだ。
アイナは二度と死なせやしない。痛い思いをさせて溜まるか。
ナナセは立ち上がって、ノウトに向かって言う。
「ノウト、お前一回封魔結界を通って人間領に向かったって言ってたよな?」
「ああ。確かに言った。───だけど」
ノウトは口を噤み、皆それぞれの顔を見渡した。そして、最後にナナセを見てから口を開いた。
「一つ、俺からみんなに頼みがある」
ノウトは重厚な扉を開くように、その唇を開けた。
「魔皇に、ヴェロアに手を出さないって約束してくれないか?」
そこにいたリアを除いた全員がノウトを吃驚の目で見ていた。
「俺はお前らを信じてる。だから、俺に信じさせてくれ。そして、俺を信じてくれ」
ノウトははっきりとそう言いきった。
その言葉に辺りにしばしの静寂が訪れるが、それを破ったのはナナセだった。
「約束するよ、ノウト。魔皇には手を出さない。だってノウトは良い奴だ。だから、そう、その魔皇が悪い奴じゃないってことは俺でもわかるよ」
「ナナセ、それあんま理由になってないから」
「う、うるさいな。とにかく、俺はノウトを信じてるってことだよ」
「はいはい。私も、ナナセが信じるなら信じる。とゆーか、そもそも人を傷付けるなんて考えに至らないし」
「あたしも」
アイナが言ったのち、ヴェッタが頷いた。
「もちろん私もノウトを信じているので、魔皇様には手を出さないですよ」
フウカが微笑みながら言う。
「私もハナから魔皇を傷付けるつもりは無いわ。自らのエゴの為に人を傷付けるなんて異常だもの」
シャルロットが鼻を鳴らして言った。
あとはフョードル達のパーティのみだ。彼らはお互いに顔を見合わせていた。
そして、フョードルがノウトを見て口を開いた。
「ノウト、お前の道は面白いのか?」
「もちろんだ」
ノウトは意味不明なフョードルの問いに聢と頷いてみせた。
「フョードル、お前が知りえない世界を見してやるよ。だから俺を信じて着いてきてくれ」
「くっくっく。言うじゃねえか」
フョードルはにやけ面で言った。
「乗ったぜ。お前の道を信じてやる。ただし、つまらなかったらぶん殴るから覚悟しとけよ」
「おう」
「お前らも、いいよな?」
「ああ、この混沌な世界で道標になってくれるなら、ノウト。君を信じるぞ」
「ああ、任せてくれ」
「わ、私もっ。大丈夫だよ」
「しょうがないわね。ま、何かあったらアタシ達は〈神技〉があるからなんとかなると思うけど 」
「ハッ、面白いことになってきたな。俺も乗ってやろう」
ジークが、レティシアが、セルカが、シメオンが、ノウトの目を見て言い切った。
そして最後にリアがノウトに向かって、
「ノウトくん、これからもよろしくね」
「おう」
なんかノウト、感極まって泣きそうになってないか? 上を見上げて涙を堪えてるようにも見える。まあ、どうかは分かんないけど。
ナナセはアイナと目を合わせて、笑い合った。アイナがいれば、それだけで俺は───
ノウトが皆の顔を見渡して、そして、口を開いた。
「じゃあ、まずさっきの砦に向かおう。話はそれからだ」




