第7話 僕らは未完成なまま
人通りの少なくなってきた道を歩き続けた。もうすぐ集合の予定をしていた宿に辿り着ける。
既に太陽は沈んでおり、夜の帳が下りていた。
ミカエルがあそこから回復するのは予想出来なかった。勇者の力を甘く見ていたのかもしれない。
リアは珍しく落ち込んでいた。珍しく、と言っても今日初めて会った仲だけど。
「……わたし」リアがおもむろに声を出した。「ほんとは助けたかったの」
「さっきの人か?」
「うん。あ、でも別にノウトくんが悪いって言ってるんじゃないよ? あの人を助けられても他の人は助けられないって思って。でも、わたしは一人だし、明日にはここを発つから他に助けたい人がいても助けられない。それに、わたしがしてることって生命の冒涜な気がして」
ノウトはゆったりと呼吸をして、リアの方ではなく、道の先の方を見据えて口を開いた。
「……それでいいんじゃないかな」ノウトは小さくうなずいた。「偉そうなことはいえないけど、リアが救けたいと思った人を救けるってのでいいと俺は思う」
「そうかなぁ」
「うん。良かったら今夜一緒に困ってる人を救けに行ってもいいんだぜ?」
「ほんと?」
「ああ。リアの気分次第だけど」
「そっか。どうしようかな」
ノウトは横目でリアの顔を見た。少しだけ嬉しそうだった。その時のリアの表情を忘れることはないだろう。
二人で肩を並べて歩いているうちに、約束の宿についたようだ。木製で素朴な感じではあるが浴場つきという所に非常に惹かれた。結果的にはこの場所で良かったと思う。
戸を開けて中に入ると、ロビーにレンたちがいるのが見えた。レンはこちらに手を振りながら、
「遅かったね。部屋取っておいたよ」
「ありがとう、レン」
「ありがとね」
「俺とノウトで一つ、フウカ、シャル、リアで一つって感じで部屋取ってあるから。さ、取り敢えず俺たちの部屋に集まって情報共有しようか」
「分かった」
フウカはポニーテールだった髪を下ろしていた。下ろすと思ったより髪が長いことが分かる。丁度ヴェロアと同じくらいの髪の長さだった。
逆にシャルロットはツインテールに髪を結んでいた。フウカが結んであげたのだろうか。
「シャルちゃん……可愛い………」と手をわきわきしながらリアが興奮気味だった。シャルの身が危ない。まぁ、別に止めはしないけどね。
三人も一様に服、というか装備を一新していた。レンは様になっていたがフウカは意外にも前の全身黒タイツの服が似合っていたことが分かった。それでも似合ってなくはなかった。
みんな、なんだか冒険者って感じだ。いや、冒険者の服装が具体的にどういうのからわかんないけど、何となくそう思ってしまった。
「こっちがリア達の部屋で、こっちが俺らね」
レンは左右に指を指しながら扉を示す。ノウトは左の扉を開けて中に入り、皆がそれに続く。
ベッド二つにテーブルと椅子二つ。それとアンティークランプ。めちゃくちゃ普通な部屋だった。
ノウトとリア、シャルはベッドに腰掛けて、レンとフウカは椅子に腰掛けた。フウカは部屋を見渡して、
「こっちは向こうより少し狭いんですね〜」
「ああ、うん。そっちは三人だから大部屋取っといたんだよね」
「なるほど」
リアはシャルロットの髪を三つ編みに編み出した。シャルロットは満更でもないのか抵抗しない。
「それで何から話そうかな」
「リア、さっきのこと話していいか?」
「へ? ……あ〜、いいよ大丈夫」
さっきのことというのはもちろんミカエルのことだ。
レンたちにさっき起こった出来事を話した。ミカエルが何者かに殺されかけたこと。そしてリアがミカエルを助けたこと。それを話すとシャルロット達は蒼白な顔色になってしまった。
「それでミカエルが刺された理由って分かるか? なんか周りの人が異教徒だとか言ってたけど」
「……それはアド教を信仰していない人のことだね」
レンは上半身を軽く前に倒して、膝に肘をつき、両手を組みあわせた。
「聞いたところでは、この国の九割九部の人達はアド教を信じてるんだけどごくごく一部の人はそのアド教を信じていないらしいんだ。それを異教徒って呼んでるっぽい」
アド、というのはつまり、勇者を召喚した女神と同一の存在だ。その女神アドがノウトたち勇者を召喚して、魔皇を倒すように言っているのだ。
魔皇のことを知っているノウトからすれば、アドという女神が少しだけ胡散臭いようにも感じてしまう。
「でもだからってどうして異教徒の人はミカエルを殺そうとしたんだ?」
「異教徒の人は勇者自体を憎んでるんだ。何か昔に勇者といざこざがあった人の子孫とかが結果的に今、異教徒になってるみたい」
なるほど、そういう訳か。勇者に対する大衆の支持も百パーセントということではないらしい。
「複雑な事情があったんだな。だからっていきなり殺そうとするなんて過激過ぎると思うけど」
「しょうがないよ。彼らにとっては俺たちが仇みたいなものだから」
「そんな人がいるなんて、魔皇を倒してお金を頂いた所でここに住み続けるのも難しいですね」
フウカの言う通りだ。魔皇を倒したところで、何かが解決されるとは到底思えない。
記憶が戻るのが本当ならば、その価値は大いにあると思うが、ノウトはその魔皇の仲間だ。今は、何も口にできない。
それに、〈エムブレム〉は驚いたことに上に手袋などを付けてもそれを通り越して主張してくる。自己主張の激しい刺青みたいなものだ。
もう片方の手で隠したりすれば見えなくなるが、右手で常に左手の甲を隠しながら生活するのは非常に困難だろう。かなり怪しまれると思うし。
「なんか色々と不安が押し寄せてくるね……」
「しょうがないですよ。やるしかないんです、魔皇討伐とやらを。でなければ私たちの存在意義は……」
フウカはかなり参っているようだ。そんなフウカにシャルロットが近付き、
「大丈夫よ。私たちならなんとかなるわ。ほら」
そう言って彼女は手のひらを上に向け、顔の近くに上げて、その手から焼き菓子二つをどこからともなく出現させてその一つのフウカに分け与えた。
俺たちは唖然としていた。手品のようにも見えた。
「これが私の神技よ。どう? 凄いでしょ」
「へ……?」
「リアが能力を明かしたのに私が明かさないわけにもいかないでしょ。それにもう私たち仲間なんだし」
シャルロットは自慢げに喋りながら自らが出したドーナツを食べ始めた。
「私は〈創造〉の勇者。触れたことのあるものはなんだって造り出す事が出来るわ」
相変わらずとんでも能力ばっかりだ。リアの回復能力といいこれも強力過ぎる。勇者の力は全部こんな感じなのか?
「それってどんな大きさでも作れるの?」
「そうね」
シャルロットは両手を前に突きだし、一秒程集中してベッドを創り出した。どすん、と音がしてベッドが床に落ちる。
「まぁ、大きくなればなるほど造るのに時間は掛かるけど出来ないこともないわ。感覚で分かるのだけど十日くらいかければ今立ってるこの星を造ることも出来るみたいね」
いやいやいや、規格外過ぎる。想像以上だ。もう神にも等しいじゃないか。
「ま、そんなことしたらみんな諸共星屑になっちゃうけど」
「す、凄いです。シャル」
「そうでしょ?」
シャルロットは勝ち誇ったような表情でくるくると回り、
「ふふん。私がいれば、この勝負勝ったも同然よ」
「やったー。シャルちゃん凄い! 可愛い! 天才!」
「……ほぇっ!? ほ、褒めても何も出ないわよ!」
「出てる出てる〜。可愛さが滲み出てる〜」
リアは膝立ちしてシャルに頬擦りをした。リアもリアでかなり綺麗な顔立ちをしていて、シャルは人形のような可愛さがあったので双方相まって眼福な感じだった。いや、ずるいだろ。レンなんかニヤけてるし。
シャルロットは頬ずりされながらも、
「こ、心構えが出来たらあなた達もどんな力か教えてね。いつでもいいから」と優しく笑うのだった。