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第7話 たったひとつの遥かな記憶の





 それはフウカ達に会話を持ちかける数分前に遡る。


「二、周目……って………ん? …………どゆこと?」


「だよな〜……。そりゃいきなりこれ言われたらそういう反応するよなぁ……」


 アイナは小首を傾げていかにも意味不明だと違和感ばかりの表情をしている。ヴェティは相変わらず無表情───というわけでもなく、俺の方を見て口をぽかーんと開けていた。


「二周目っていうよりは他のパターンが記憶にある……みたいな?」


「いや意味わかんないんですけど」


「まぁ、当然の反応だよな、うん」


 さて、どう説明したものか。最初から語るのがいいかな。そうしようか。


 俺は彼女達に自分の記憶を聞かせることにした。




          ◇◇◇




 それは最初、夢だった。

 勇者として目覚めてから初めての夜。宗主国アトルの王都アカロウトの宿に泊まって、その時に見た夢だ。


 魔皇を今みたいに倒しにいく夢だった。

 でも今とは少し違う。いや、少しではないか。ほぼ全てが違うんだ。

 あの暗い部屋から出たあとに、俺らは何もかもが分からなくて、疑心暗鬼になっていた。

 そんな俺ら勇者24人を一人の勇者がまとめ始めた。


 彼の名をアルバートと言った。


 背の高い銀髪の男で精悍な顔つき、そして金色(こんじき)の瞳が特徴的だった。

 アルバートはまず、他の勇者全員の〈神技(スキル)〉を奪い取った。彼は対象を見るだけでその能力を奪う〈神技(スキル)〉を持っていたんだ。それから、アルバートはこう言った。


「俺を信じて着いてこい。バラバラになる必要は無い。俺ら全員が一つのパーティだ」と。


 俺はその言葉に非道(ひど)く感銘を受けたのを覚えている。アルバートはそう言った後に〈神技(スキル)〉をみんなの元に返した。彼の〈神技(スキル)〉は奪うことも戻すことも自由自在だった。アルバートは驚異的な力を見せると共に、絶対的な信頼を得た。

 俺らは全員が一緒になって行動していた。パーティの隔たりもなく、一人のリーダーのもとに一丸となって俺らは魔人領を目指した。

 しかし、そんなある日、異変が起きた。

 フェイが街中で暴走したんだ。そう、ちょうど今と同じように、一夜のうちに白亜の都フリュードは崩壊してしまった。

 それに憤慨したアルバートは彼から〈神技(スキル)〉を奪い取り、フェイを殺した。何もそこまですることは無いだろう、と誰も思わなかった。それもそのはず、フェイは何千人もの人間の命を奪った。その中には仲間の姿もあった。

 アルバートは言った。


「彼は魔人の手先だった。被害が出たのは俺の落ち度だ、すまない」


 そして、


「魔皇を共に討とう。殺された民の為にも。仲間の為にも」


 彼の言葉に皆の心が一つになる。魔皇を倒すという明確な指針がここで決まった。アルバートの背に皆が着いて行き─────


 ここで夢が途切れた。




          ◇◇◇




 この夢は少し奇妙で不思議なことにかなり現実味を帯びていた。

 最初はぼやけていたそれも夢を見る度に鮮明になっていき、次第にそれが夢ではなく、俺の記憶の一部だということに気が付いた。


 そう、これは記憶だ。もう一つあるはずだった世界の記憶。


 初めは夢だと思っていた。俺はフェイを信じていたから、こんなの変な夢に決まっている、そう自分に言い聞かせていた。

 しかし、それと全く同じような大災害が起きた。仲間が、死んでしまった。

 俺は悔いた。俺だけはこの未来を知っていた。この結末を予測していた。


「悪い……。俺は知ってたんだ、こうなることを。でも、フェイを止められなかった……」


 俺は奥歯を噛み締めるように言った。アイナはそんな俺の目を見据えて、口を開いた。


「……ナナセ、謝らないでよ」


「……え?」


「ナナセはフェイを信じてたから、私達にその夢のことを言わなかったんでしょ?」


「そう、だけど……」


「だったらナナセが謝る必要なんてない。だいたい、そんな夢を初めから信じる方がおかしいよ」


「…………」


 目の奥の方が熱くなるのを感じた。そうだ、俺はフェイのことを信じていたから、自分の見た夢をただの夢だと信じた。

 信じたかった。

 しかし、その夢は現実となってしまった。


「………フェイを止めたのはノウトだ。あいつしか居ない」


「どうしてそう言い切れるの?」


「あいつはその夢───いや、俺の記憶の中にはいなかったんだ。この世界ではアルバートとは逆にノウトがいる。……あいつは鍵だ。ノウトは何かを……知っている」


 初めてノウトを見た時の違和感の正体。それに今になって気付いた。

 ノウトは俺の夢の中に居ないんだ。それに、あいつの顔を見ていると頭が少し痛み出す。


「みんなに魔人だって言われてるノウトが何かを握ってるってワケね……」


 アイナは腕を組んで考える動作をする。


「えっと、それで最初の話に戻るんだけど、二周目ってのはどういうことなの?」


「……恐らくだけど、この世界は時が戻ってる。俺の記憶がそう言ってるんだ。俺が〈時〉の勇者だからかな。分かるんだ。この世界が遡った世界だって」


 ノウトは一周前の俺と何処かで接触していたに違いない。

 俺の夢は前の世界で体験した事と連動している。つまり、前の世界の記憶を一日前に俺は夢で見ることが出来る。しかし、一日後のことだけなので、それ以降は分からない。前の世界がどうやって終わったのかも、俺は分からないままだ。


「そんなこと……。───いや、そうね」


 アイナはかぶりを振って、俺の目を見た。


「あんたが言うこと、信じてみる」


「アイナ……」


「ナナ」


 一瞬、誰の声かと思った。でも、この場にいるのは俺とアイナとヴェティで、そうなると必然的に誰が喋ったかなんてすぐに分かる。


「あたしも……信じる。ナナのこと」


「ヴェティ。ありがとう」


 ヴェティはこちらを見て、少し笑ったような気がした。いや笑ったのか? これ。分かんないな。


「じゃあさ、早速だけど、そのこと他のパーティに言ってみない?」


「え、ええぇ……!?」


「なにその反応は」


「いや、俺はお前らだから言っただけで他の奴らにいうなんて───」


「そんなぐだぐだしてる場合じゃない。ノウトってやつが殺されたら困るんでしょ? あんたは」


「そりゃそうなんだけどさ〜……」


「アイナ……焦っちゃ、だめ」


 見ると、ヴェティがアイナの手を握っていた。


「死んじゃったら……もともこもない。……あの人たちにこのことを言ったら、ころされるかも……」


 それは俺も考えていたことだ。ダーシュはキレたら何をするか分からない。

 俺らがノウトに肩入れするなんて言ったらすぐに殺されるかもしれない。俺らの中に治癒系の〈神技(スキル)〉を持ったやつは居ない。怪我をしたら、その時点で戦線離脱する他無くなってしまう。ノウトを追いかけることも叶わなくなるだろう。


「ヴェティの言う通りだよ。あいつらを説得するよりもあいつらよりも早くノウトと接触した方がリスクが少ない。俺はそう思う」


 俺の意見を聞くと、アイナが静かに頷いた。


「……それもそうだね。ごめん、私の考えが甘かった。それに、私の〈神技(スキル)〉もあるしその方がいいかも」


「そう。ノウトの場所が分からないのは俺らもダーシュ達も同じのはずだから、アイナが居れば確実に先にノウトに接触できる」ナナセがアイナの目を見据えて言った。


「おっけ。とりあえず私達の目標は『ノウトに会うこと』になったわけだけど」


「だけど?」


「このこと、フウカやシャルロットにも言っちゃダメかな」


「他のパーティに言うのは危険だって言ったじゃないか」


「でも、あの子らはノウトを殺そうなんて思ってないと思う」


「思う、って……」


「私を信じて、ナナセ」


 アイナの瞳に見つめられるといつもなら思わず目を逸らしてしまうが、この時は違った。

 アイナとヴェティが俺を信じてくれたように、俺もアイナを信じなくては。


「……分かった。信じるよ。じゃあ早速掛け合ってみようか」


「様子見で最初私だけが行くね。いざとなったらいつでも離脱できるから」


「了解。頼むよ。そのあとは俺自身が話すから」


 ヴェティとアイナは同時に頷く。

 彼女たちの目をそれぞれ見てから、俺はフウカとシャルロットの元へと向かった。

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