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第6話 たとえ嘯かれていたとしても



「ノウトなわけ、ないじゃないですかっ……!!」


 怒号が辺りに鳴り響く。

 周囲の目なんて構わない。自分の意見を伝えているだけだ。ノウトが()()を起こしたなんて、私は信じられないし、信じない。


「いいか、これは事実だ」


 ぼさぼさした髪の男、ダーシュが端的に反論する。


「あいつの容姿は紛うことなき魔人の姿だった」


 ダーシュの言葉にミカエルが補足する。彼曰く、ノウトには黒い翼があり、腕や顔、足の所々にも黒い羽根が生えていた。そして、リアを人質にして空へ飛び、逃げて行ったと。


「そんな……嘘、ですよ……。ノウトがそんなことするわけ────」


「残念ながらフウカちゃん、これは本当だよ。僕らは全員彼の姿を、そして彼がリアを連れて行った所を見たんだから」


 フウカの言葉を白髪の少年、ミカエルが否定した。


「じゃ、じゃあっ、ノウトがこの災害を起こした所は……見たんですかっ?」


「それは──……」


 ミカエルは言葉を濁した。すると、その隣に立っていたスクードが前に歩み出た。


「見てないけど、ノウトは言ったんすよ。『俺がやった』って。それにあいつは笑ってたんだ、瓦礫の上で」


 その言葉は彼本来の温厚なものでなく、炎のような激しい怒りが感じられた。

 彼は、いや、彼らのパーティはマシロとカンナを失った。隣の部屋にいた彼女達は瓦礫に潰されていたのだ。

 その光景が信じられなくて、私は倒れてしまった。情けない話だ、と我ながら思ってしまう。彼らが怒りで溢れているのもわかる。かれらだけではないのだ。

 私達も同様に、仲間を失った。

 圧倒的な力を持った勇者も無敵ではない。

 寝込みを襲われたら誰だって勝てない。


 私とシャルロットはわんわんと泣いた。これでもかという程に泣いた。なにせ、レンに加えてリアとノウトも居なくなってしまったのだ。しかもノウトは魔人だと言われ、リアはノウトに連れ去られたという話になっている。

 これを目撃したと言っているのはエヴァ、ミカエル、スクード、ジル、ダーシュ、ニコ。少なくとも六人が、ノウトが魔人のような見た目をしていたと証言している。

 彼らが見たと言っているのだ。見間違いということはないのだろう。

 だが───


「……魔人を一度も見たことがないのに、よくノウトを魔人だって、言えますね……」


 私はこの行き場のない怒りをノウトを貶す相手に向けていた。やるせないという感情に思考が支配される。


「魔人は見たことねえよ。魔人領に行ったことがないから当たり前だろ。でもあれは確実に()だった。俺らが殺すべき魔人そのものだ」ダーシュは吐き捨てるように言った。


「俺らはあいつを殺して、魔皇も殺す。お前らはどうする? リアとかいうやつを取り返したくないのか? ローレンスの仇を取りたくないのか?」


「そ……れは────」


 リアに会いたい。

 レンの仇も取りたくないと言ったら嘘になる。

 でも、それと同じくらいノウトにも会いたかった。彼に会って話をしたかった。

 自分の能力が『触れたものを殺す能力』と私達のことを信じて正直に言ってくれた彼のことを、一緒になってコリーの生を尊重した彼のことを、共に笑いあった彼のことを。

 私は信じたいのだ。信じたくて仕方が無いのだ。

 私は頭があまり良くない。目覚める以前の記憶がなくてもそれはわかる。

 そんな私でも彼がこの災害を起こしたことを信じられるほど、バカではない。彼と一緒にいたのはたった3日程度だ。それだけでもノウトが良い人だということは分かった。

 ノウトが私達を騙していたとは到底考えられない。

 そうだ。ノウトが大災害を起こしたのは何かの間違いだ。そうに違いない。


「私はノウトを殺すなんて、出来ません」


 私の言葉にダーシュがふん、とぞんざいに受け流した。


「……まぁいい。邪魔だけはするな。あとノウトの情報をくれ。それだけでいい。あいつが何の〈神技(スキル)〉を持ってたか教えろ」


 彼はぼさぼさ髪の隙間から見える鋭い眼光でフウカを見た。彼らにノウトのことを少しでも言ったらノウトが殺される確率は高くなってしまう。


「──教えられないです」


 私がそう言うとダーシュは無言で刃を展開し、私の喉元に突きつけた。


「……私は、……ノウトを信じているので教えられません」


「言わないなら……このまま殺すぞ」


 たらーっと血が首筋を垂れるのが分かる。刃が首に食い込んでる。彼はこのまま私を殺す気だ。殺意の篭もった眼光に睨まれている。このまま死んじゃっても、いいかな。なんか、もうどうでもいい、かもしれない。ノウトのことを言うなら、死んだ方がマシなの、かも。

 すると、ミカエルが中に浮かぶ刃に触れて、それを()()()()()


「ダーシュ、駄目だよ。それじゃ、ノウトとやってることが同じだ」


 ミカエルがダーシュの肩を掴むが、それをダーシュが無言で振り払った。彼の怒りは見ただけでわかる。彼もまた仲間を失った。パトリツィアだ。私は泣いて、泣き喚いた。

 他のパーティだからとかそんなものはない。私達の心にはぽっかりと穴が空いてしまったようだった。つらい。つらいけど、どうしようも出来ない。このつらさを消し去るには、どうしたら、いいんだろう。

 ミカエルのパーティのエヴァは会話ができないほどに暗然としている。以前の元気だった彼女はもう居ない。


 私も例外ではなく怒っている。非常に怒っている。でも、それ以上に虚無感が勝っていた。時が戻ることはない。

 空虚な何かが心を埋めつくしている。


 ダーシュは舌打ちをしてから、そのままフウカに背を向けて歩いていってしまった。

 ミカエルは遣る瀬無いような顔をして、会釈をしてからその場を去っていった。スクードはこちらをひと睨みしてミカエルの後を追った。

 彼らが完全に去ったのを見送ったあと、自然と大きなため息が口から零れた。

 見渡せば、かつて建物だった残骸が其処彼処(そこかしこ)に広がっている。

 だが、恐ろしいのは人の死体が見当たらないことだ。血が飛び散ったり、血痕が残っていたりはしているが、その元となる人の死体がどこにもないのだ。テオやマシロ、パトリツィア、カンナの死体もいつの間にか消えていた。


 この街には今、私達勇者しかいない。


 フウカは振り返ってシャルロットの元へと向かった。5時間ほど前からシャルロットは横になって随分と(うな)されていた。ベッドの慣れ果てみたいなものの上で寝かせているが、この調子ではどうすればいいかなんて全く分からない。

 簡易的な天幕の中に布をくぐって入る。


「フウカ……」


「シャル、起きたんですね」


 見ると、シャルロットがベッドに腰をかけて座っているのが分かった。


「………他のパーティの人と話してたの?」


「そうです。……それが、ノウトがこの災害を起こしたということになっていて」


「………そう」


 シャルロットは虚ろな双眸でこちらを見ていた。無気力で何もしたくないといった様相だ。


 私は無力だ。


 シャルロットを支えてあげることも、励ましてあげることも出来ない。どんな言葉をかけても心の傷が癒えることはないだろう。

 ここにはノウトもリアも、レンもいない。

 胸がぎゅっ、と締め付けられる。

 残された私達はどうすれば───


 シャルロットの寝横たわっている寝台に顔を埋めて、目を閉じる。

 目を閉じるのが怖い。真っ暗で一人になる気がするからだ。でも、今はその暗闇を受け入れるしかない。心も身体もズタボロで何かをする気力もない。

 ゆっくりと、底の無いどろどろの沼のような、微睡みの中へと溶け込んでいく。




      ◇◇◇




「ねえ、フウカたちいる?」


 天幕の外から聞こえる声に起こされた。どれくらい寝ていたのだろう。少しだけ目を瞑るつもりだったのに、大分時間が過ぎてしまっているようだ。既に夜の帳が降りていた。

 この声はアイナのものだ。私はそれにすぐに反応し、口を開いた。


「いますよ」


「入っても、いいかな」


「もちろん」


「じゃあ、おじゃましまーす……」


 そう言って天幕の布が持ち上げられて、アイナが入ってくる。


「どうしたのですか?」


 私が聞くと、アイナは罰の悪そうな顔で、


「あんたたちは……これからどうするつもりなの?」


「私たちは────」


 仲間を失った私たちがこれからすること。

 それは────


「……ノウトとリアを、……探しに行きます」


 毅然とした顔で言葉を放つ。


「ほ、ほんと!?」


 アイナは私の手を掴んだ。その際に少しびっくりして身体を少しビクつかせてしまう。


「あ、ごめん、いきなり」


「いえ……。えっと、それで……どういう話ですか?」


「あ、あのね。私とヴェティとナナセもあんたんとこのノウトってやつを探そうって話になってるの」


「……探し出して、殺そうってことですか?」


 私が冷たい口調でそう言うとアイナは大袈裟に首を振って、


「ちがうちがうちがう! 違うから、聞いて。あのね、私たちはノウトと会って話がしたいだけ」


「お言葉ですけど、あなた達もお仲間を二人失ったんですよね。だったら、あの事件とこの災害を起こしたのがノウトだってことになっている今、絶対に彼を恨んでるはずです。……そんな言葉、信じられません」


「……それなんだけど───。単刀直入に言うと、私たちはね、ノウトが犯人じゃないって知ってるの」


「…………はい?」


 思わず自分の耳を疑ってしまった。この子は今、なんて言ったのだろう。私の聞き間違いじゃなければ、アイナはノウトが犯人ではないと────


「えっと、まぁ確信を得ているのはナナセだけで、私達はそれを信じてるだけなんだけど」


「ど、どういうことですか?」


 アイナの言うことの意味が良く分からない。本当にどういうことだろう。どうしてナナセは、ノウトではないと確信を得ているのだろうか。


「じゃあ、ナナセも呼んでいい?」


 私はシャルロットの方を一瞬見てから答えを出した。


「もちろん……いいですけど」


「ありがと。……ナナセ、入ってきていいって」


 アイナが天幕の外に向かって声を出すと人影が二つ、中に入ってくるのが分かった。

 ナナセという少年とヴェッタという少女だ。二人ともあまり話したことは無い。ナナセは頬を掻きながら、口を開いた。


「えっと……一応、ちゃんと話すのは初めてだよな? えっと、俺はナナセ。で、こっちが」


「ヴェッタ……」


 ヴェッタという少女が言葉を発するのは初めて見た。私はそれに少しばかり驚いてしまった。


「初めに言うと、俺らはノウトに会いたい。それだけだ」


「なんで、そう思ってるんですか?」


「そう、だな〜……」


 ナナセはアイナと目配せをしてから、


「じゃあ、話すよ。俺の記憶について」






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〈風〉の勇者


名前:カザミ・フウカ

年齢:18歳

【〈神技(スキル)〉一覧】

風罪(シナツ)》:風を操る能力。

旋颴(ツムジカゼ)》:渦巻き状の突風を巻き起こす派生能力。

織颪(オロシ)》:上空から突風を吹き下ろす派生能力。

疾颰(ハヤテ)》:風の速さで移動出来る能力。

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