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第4話 よくわかんないけど、あったかいね。


 夜風が前髪をそよぐ。虫の音が聞こえる。時々、フクロウの鳴く声も聞こえた。


「レン……、マシロ……」


 ノウトは呟いた。

 パトリツィアも、カンナもテオもみんないなくなったのだ。心を何かが苛むのを感じる。


「あれ……、もしかして、泣いてる?」


「な、泣いてない。これは、汗だよ。ほらずっと空飛んでたからさ」


 正直言えば少し泣いていた。しょうがないだろ。これまで親しい人の死に向き合ったことが無かったんだ。死んでるか死んでないか、その事実は今は関係ない。その可能性が少しでもある時点でノウトにとっては凄まじく心に来るものがあるのだ。

 ノウトはリアから目を逸らすように湖の方にに身体を向けた。


「相変わらず嘘が下手だね。ノウトくん」


「うるさいな……」


「ふふっ」


 そして、二人の間で永遠のようで一瞬の時が流れる。虫の鈴の音。夜鳥の優しい鳴き声。草木の擦れる音。それらにこの場が支配される。木々は風でそよぎ、湖面はそれに伴って揺らぐ。

 あたかもこの世界にいる人間はこの二人だけだと錯覚してしまいそうなそんな感覚にも陥る。

 ノウトは目を閉じて、音の世界に旅立っていると、ふと、「ん」というリアの声が聴こえた。

 細い、今にも消えてしまいそうな儚い声音だった。

 ノウトがそれに応じるように声の方を見遣るとかなり近い距離でリアが両手を広げていた。


「ん」


「……ん?」


「ほら」


「あ?」


「もう、察し悪いなぁ」


 リアは両手を広げたまま、前進してノウトの身体に自らの身体をくっつけ、腕を背中に回した。


「ほら。こうすればあったかいでしょ」


「べ、別に寒いなんて言ってないけど」


「心の話だよ」


 リアはそう言って座ったままの姿勢のノウトを押して倒した。


「……ふわふわであったかい………」


 リアはノウトの身体のそこら中に生えた黒い羽根に身体を(うず)めた。ことある事にリアは自分に抱きついている気がする。 

 ────分かった。

 こいつ、俺の事ペットか何かと勘違いしてるな。まぁだからなんだって話だけど。

 それにしても、リアだってつらいはずなのに、こんなにも平静を保っていられるなんて凄い、としみじみ思う。


「リアは強いな……」


 ノウトが本当に小さな声で呟く。しかし、リアの反応は無かった。


「……リア………?」


 返事がない。もしかして………寝た?

 胸に顔を埋めてるあたりで、すーっ、すーっ、と吐息が当たっているのが分かる。

 この格好で寝たのかよ。正直、体重かかってて少し重いけど、まぁいいか。リアの言う通り温かいし、このまま俺も寝るとしようかな。翼の扱いにも大分慣れてきた。

 リアごと身体を包むように翼を動かし、そのまま目を瞑る。


 色々ありすぎた。まだ心の熱が冷めきらない。

 俺はこの両手でフェイを、人を殺してしまったんだ。

 良心の呵責が苛まれ、心が蝕まれる最悪の気分だ。

 相手がどんな悪人であっても、人殺しなんて気持ちいいものじゃない。


 心が、ずきずきと悲鳴をあげている。


 何があっても人は殺しちゃいけないと心では思ってはいる。でも、煽られたり、挑発されたりすると、いつの間にか人を殺してしまっている。殺意が少しでも湧くとそれに身体が従ってしまうのだ。

 始めに()()()()あの部屋で殺してしまった男も何も罪がないのに、俺は殺してしまった。この先、彼は彼の人生を歩んでいくべきだったのに、それを俺が絶ったんだ。

 ヴェロアに命令されたといえ───何も知らなかったとはいえ、そう容易く決断することじゃなかった。

 リアの時もそうだ。ノウトは有無を言わさずに手をかけてしまった。あの場でもまだ話し合いの余地はあっただろう。

 今後、《弑逆(スレイ)》は封印しようと思う。万が一、自分の命が危険に晒された時のみ使用しよう。無闇に人に使っては駄目だ。


 フェイを殺そうとしていた俺はどこかおかしかった。記憶はあるし、意識もあった。ただ俺が俺じゃないみたいな、そんな感覚だった。

 結果、俺は殺意に身を任してフェイを殺めた。

 フェイは殺すことでしか止めることは出来なかったのだろうか。

 もっと他に方法が────

 ………なんて、今更考えても仕方ないだろうな。今はただヴェロア達に会うことを考えよう。


 そう、今はヴェロア達のことも今は心配だ。

 ヴェロアの姿が一向に見当たらない。流石にこの時間じゃ眠っているのか。今のままじゃ示しがつかない。

 助け舟を借りにヴェロアに逢いにいくなんて言うと凄い情けなく聞こえるけど、俺は知りたいんだ。

 自分のことを。今までのことを。この翼の正体を。フェイの言っていた突拍子もない話のことを。

 頭の後ろに手を置いて、自分も寝ることにした。寝ようと決心すると、どっと疲れが体の奥から湧いて来て、微睡(まどろ)みの中に溶けていった。



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