幕間 遥か彼方のきみへ
「しっかしノウトはちゃんとやってるのかねぇ~」
魔帝国マギア、帝都グリムティア。その魔皇城の一室。作戦会議室兼定例会議室に魔皇の従者三人が座っていた。
魔皇直属護衛兵、魔皇曰く四天王が集まるのは決まっていつもここだ。
「フッ。どうせ既にバレて殺されてるに決まってる」
「そう言ってやんなよユークゥ」
ロストガンは足を机の上にどさっと乗せて足を組んでいる。
「黙れ根暗土竜族が」
「はァ、ホント口悪ィなァこいつ」
「ユークそれロス以外の血夜族に言ったら殺されるから」
「ハッ。失敬、こいつ以外の血夜族と会ったことがないのでな」
「それはさすがに嘘でしょ……」
「それにハイエルフである俺が血夜族なんぞに殺られるものか」
「なンならここでバトってみっかァ?」
「ちょちょちょ魔皇様のお城また壊れちゃうでしょやめて!」
ラウラが立ち上がって慌てふためく。
「ヴェロア様の物を傷付けるわけがなかろうこのちんちく猫娘」
「ちんちくぅ……っ!? ……う、うるさい耳長引き籠もり!」
「そうだぞ耳長ツンデレ引き籠もりィ!」
「おい貴様ら細切れにするぞ」
ユークが腰から細剣を引き抜く。
そこでバタンと正面の扉が開かれ、ヴェロア、次にメフィが入ってくる。
ヴェロアは部屋に入ってくるなり千鳥足で歩いて椅子に座り、卓上にどさっと身を投げ出した。その後、机に顔を突っ伏して、両手をその前に放り出す。
ユークは引き抜きかけた細剣をかしゃりと鞘に戻して床に片膝をつく。
「魔皇様、おはようございます。あぁ、今日もまた一段と見目麗しい……」
「ユーク、魔皇様今疲れてんだから、ちょっとは空気読んでよ」
ユークはフッ、と鼻で笑ってから、
「魔皇様が美しいのは当然のことだろう」
「あぁ、話通じてないわこいつ」
「おぬしら少しは静かにしたらどうじゃ。魔皇が疲弊しているのは承知じゃろう?」
メフィがその小さな体躯を精一杯使って椅子に座った。ラウラの反対の席だ。
「それでボス。ノウトのやつどんな感じなンです?」
ロストガンが椅子の背にもたれかかって不遜な態度で話す。
「あぁ……。ノウト、あやつ……。はぁ………。………ほんと、あやつ……」
ヴェロアは大きくため息を吐いた。恋する乙女みたいだ、ラウラはそう思ってしまった。いやいや、そうじゃなくって。
「ちょ、ちょっとその反応なんですか!? まさか、あいつの身に何かあったとか!?」
ヴェロアは未だ卓上に顔を突っ伏したままだ。
「……あー、すまない。メフィ、頼んでいいか?」
「うーむ……。そうじゃな。魔皇はだいぶ参ってるみたいじゃからわしから皆に伝えよう」
メフィがヴェロアの後頭部を一瞥したあとにラウラやロストガン、そしてユークそれぞれの目を見る。
「簡潔に言うと、ノウトが『アヤメ』を呼び起こしてしまったのじゃ」
「アヤメって……」
「なんだ、それは」
ユークがメフィの隣の椅子に座り直して問う。
「そうか。ユークは知らんのじゃったな。アヤメは竜連国との戦いでノウトが発現させてしまった、言うなれば勇者の〈神技〉の源じゃな」
「ああ、そこの身内が殺されたっていうあの──」
「ちょっとユーク。いくらロス相手だからって……。もっと気を使ったらどうなの?」
「ハッ。何故俺がそいつの気を使わなくちゃいけないんだ」
「こいっつ……。ロスもなんか言ったら!?」
「はァ? 俺が何か言うポイントあった?」ロストガンは両手を頭の後ろにやって、どうでもいい、みたいな顔をした。
「ああもうどいつもこいつもクズばっか……」
「誰が屑だと───」
「おぬしら!!!」
メフィが椅子からガタリと立ち上がる。メフィの怒号が部屋全体に響き渡った。皆の視線が収束する。
「わしらがここで争ってどうする! 今は結束して協力せねばならぬ時じゃろう!」
「ごめん、メフィ……」
ラウラが俯いて謝罪の意を言葉にする。ほか二人はあまり反省していないようだが、口は噤んでいる。
「分かれば良い」
「それで、メフィ。ノウトの奴はどうなったンだよ。アヤメが起きたらバレちゃうンじゃないか?」
「その通りじゃ。他の勇者に悪魔だと罵られて完全に敵対関係となってしまったようじゃな」
「うぅ……」
ヴェロアが未だ俯いて何か小さく声を出していた。さては魔皇様お酒飲んだな……。お酒弱いって分かってるはずなのに。今はそっとしておこう。
「ハハハッ。俺の言った通りだ! して、あいつはもう死んだんだろうな?」
ユークが声高らかに笑い、メフィに向き直る。
「アンタどっちの味方よ」
「俺はハリトノヴァの全国民と魔皇様の味方だ」
「相変わらずだね、アンタ……」
「それなんじゃがな。ノウトは他の勇者を人質に取って上手く逃げられたようじゃ」
「ひゅ~。やるなァノウト」
ロストガンが下手くそな口笛を吹いて賞賛する。
「ハッ。勇者が語るに落ちたな」
「でも殺されてなくて良かったよ。逆にノウトに勇者全員殺されてた可能性もあったってことだよね。それも大丈夫なんでしょ?」
「ああ、アヤメが発現して殺したのは一人だけのようじゃな」
「一人で良かった。竜魔大戦の時はあれで大変な目にあったからなぁ。………あっ、ごめんロス……」
「気にすんな、どうでもいいし。それにしてもノウト、勇者と平和的解決をしたいなんてなァ。ハッハァ」
「変わんないよね、あいつ」
ラウラがふふっ、と笑う。
「まったくじゃ」
メフィがこくり、と頷く。
するとヴェロアが顔をやっと上げた。その面持ちは至って真剣で真面目だった。
「……私達で守らないとな」
「はいっ。不甲斐ないあいつの為にも頑張らないとですねっ」
ラウラが元気よく返事を返した。
今日もまた朝日が魔皇城を明るく照らしていた。




