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第42話 終焉の勇者





 何もかもが、意味が分からなかった。

 パトリツィアたちを殺した犯人は議論の中で結局分からなかったのではないか。どうして犯人をフェイは知っているのか、フェイは何者なのか。どうしてレンの能力を使えるのか。だめだ。考えても、考えても、考えても、意味が分からない。


「ここまでお膳立てしてまだ戦う気が起きないのかい?」


 フェイが何か言った。何を言っても耳に入ってこない。

 目の前でカンナとテオとリアの生首が転がっている。こんなの、理解不能だ。意味不明だ。


「ノウトくん。いきなり戦おうなんて言ったのは謝るよ。全部、何もかも分からないだろう。例えば第三者がおれらの様子を見ているとしても、何が起きているのか分からないだろうね。でもそれは仕方ない。おれは、この運命を進めなくてはいけないからね」


 フェイは嘲るでもなく、ただそっと笑った。

 そして、片手に剣を生み出した。


「これは、ダーシュの神技(スキル)、《鐡刃(ソード)》。そして──」


 フェイは駆けた。速くて、とてもじゃないが目で追えなかった。フェイは音速で跳ねて、ノウトを蹴り上げた。


「がぁっ……!?」


 ノウトはまるで鞠玉のように宙を舞い、地面に落下した。


「これはパトリツィアさんの神技(スキル)、《剣聖(ヴァルキリー)》」


 ノウトは血反吐を吐いた。腹の奥、胃のあたりが、酷く痛む。痛い。ありえないくらい、痛い。

 フェイが手をかざすと、今度は透明な刃が現れた。氷の刃だ。その切っ先がノウトに向けられた。ノウトは転がって、なんとかそれを(かわ)した。

 すると、フェイはノウトに背を向けて、そして片手を上に掲げた。

 突然、フリュードの上空に直径30メートル程の炎の球が突如生まれる。あたかも太陽のようだ。眩しくて軽く目を瞑る。ほぼ全ての建物が壊されたフリュードを強く照らしていた。


 上空に太陽の如く浮かぶ炎の球は一瞬、凝縮するように小さくなり、限界まで小さくなったところで弾けた。何個にも分裂した炎の球は街に落ちるとすぐに燃え広がった。街は炎の海に包まれた。


 ノウトは言葉を失った。絶句した。

 次に、地が揺れた。地震だ。ノウトはよろめいて、後ろに倒れた。

 大気が揺らぎ、大地が揺れる。

 目の前で、建物が次々と倒壊している。

 ぐしゃぐしゃと紙を丸めるように街が崩壊していく。


「はははっ! ノウト君、きみが抵抗しないとこの国の人全員、それに、ほかの勇者も、おれが全員殺すよ? それでもいいのかい?」


「ふざけるな……」ノウトは立ち上がった。「説明を……しろ。お前の目的はなんだ……。何がしたいんだ……」


「それは、おれの口からは言えないんだ。」


「どうして、……どうして、テオとカンナを殺した。どうして街を壊した。パトリツィアたちを……殺したのも、…お前なのか」


「それも答えかねるな。おれがノウト君に答えられることは殆どないんだ。今まで全てを統合すれば答えは見えてくるはずなんだけど……。でも、ただ、ひとつヒントはあげるよ」


「……ヒント?」


 フェイはノウトを見て、小さく微笑んだ。そして、ゆっくりと口を開いて、その単語を口に出した。



「──()()()()()



 言って、フェイがひとつ息をついて、腕を組んだ。

 ──イセカイ、テンセイ……。いせかい……。つまり、異世界? 違う世界ということか? そして、天性? 転成? 転生? それが、なんだと言うのか。今この状況となんの関連性があると言うのか。


「さぁ、ノウト君。おれから言えることは全て言った。それじゃ永劫(アイオーン)を解除するね」


 フェイはパチンと指を鳴らした。すると、どこかで音がした。ノウトの背後だ。砂が擦れるような音がする。ノウトは振り返った。生首だけだったリアの身体が再生し始めていた。


「リアっ!!!」


 ノウトは倒れているリアを抱き起こした。生首から身体が再生されたから、リアは裸だった。ノウトは咄嗟に上衣を脱いで、リアに渡した。リアはゆっくりと目を開けた。


「ノ、ウトくん……、これは……?」


「良かった! リア、……リア!」


 リアは不死身なのだ。そう、だからもう二度と失うことはない。リアは死なないから。リアは生きているのだから。ノウトはリアの手をぎゅっ、と握った。


「あ、ご、ごめん!」


 とノウトは手を離した。いきなり手を握るなんてらしくないと思ったからだ。


「ううん、大丈夫…」リアは服で身体を隠しながら、周りを見た。「それより、何が起きてるの……?」


「あいつが……、あいつがこの街を……」


 ノウトは、呼吸をするので精一杯だった。これ以上、何も出来ないほどに無気力だった。

 少なくとも。カンナとテオを、フェイは殺したのだ。許せない。絶対に。許してたまるか。

 目の前に広がる街々だった何かからは硝煙が立ち上がり、元の姿はほんの一割も保っていない状態にあった。生き残っている人がいたら奇跡だ。そんなことすらも考えてしまう。ああ。どうしてこんなことに。フェイ。フェイ。お前、何をやったのか、分かってるのかよ、なぁ。


「はははっ。もう終末には飽きただろう? お二人さん」


五月蝿(うるさ)い……黙れ、お前はもう口を開くな……」


 倒れかけるノウトの肩をリアが抱いた。


「ノウトくん、大丈夫……っ?」


「ああ大丈夫だ。リア、俺は大丈夫だよ、いつだって。フェイ、絶対に……お前は殺す」


「大丈夫じゃないよノウトくん! 正面から行ったって勝てっこない。二人で協力しないと!」


「いい。俺一人でやる……。リア、きみは俺が守る。きみが傷付いたらいけないから」


 ノウトは肩に置かれたリアの手を払い除ける。ノウトの頭には今、フェイを殺すことしかなかった。


「こいつは、……俺が()らないと」


「そんな考え無しに突っ込むなんてノウトくんらしくないよ……?」


「リアが……きみが!! 俺の何を知ってるって言うんだよ……っ!!」


 そう言ってノウトは全力でフェイに向かって駆けた。

 フェイは姿を消した。ぱっ、とそれはまるで瞬間移動したように消え去った。

 どこからともなくフェイの声がする。


「ああ、ノウト君。キミは何をしてるんだい? どうしてキミをここで生かしてると思ってる?」


「知るか……っ!!」


「じゃあ、こうしよう」


「……っ?」


 ふと見渡すとフェイの姿が見えた。相も変わらずにまにまと笑っている。ほんの二メートル先だ。なんだ、もうそんな近くにいるのか。この距離なら殺せる。

 俺の名を呼ぶ彼女の声がした。

 大丈夫だよ、リア。今度こそ君は俺が守る。もうすぐでこいつを殺せるんだ。いける。

 ノウトは一歩、歩を進めて右手を伸ばした。


 ……あれ? 俺は右手を伸ばしたんだ。頭でちゃんと思い描いたんだ。なのに、右手、どこだよ。感覚的に目線を腕に下ろす。すると、そこに右手は存在してなかった。肘から先が綺麗さっぱり無くなっていたのだ。

 出番を待ちかねていたように鮮血が盛大に吹き出す。そして、想像を絶する痛みがノウトを襲った。


「があ゛あぁっ……ッッ!!」


 痛い、痛いよ。何だよ、これ。

 絶対に殺す。フェイ、殺してやる。

 リアが瞬時にノウトに近付いて〈神技(スキル)〉を使い、腕を元に()()


「……ありがとう、リア。次は上手く殺るよ」


 ノウトがそう言うと、また彼女の声が聞こえた。何て言ってるのかはもう分からない。

 リアの声。そう、声だ。ああ、何だろう。聞いてるだけで安心する。本能がそう告げている。

 ノウトはフェイに向かって駆ける。駆ける。しかし、その度にフェイは目の前から消えた。


「やる気あるのかい、ノウト君? しょうがない、あまりこれはやりたくなかったんだけど」


 フェイは左手をノウト……ではなくリアに向ける。

 次の瞬間、その手から真紅の炎が生まれ、地を這った。そのあまりの熱さにノウトは思わず仰け反る。塩と砂の焦げる臭いがした。

 フェイの向けた手の先にいたリアは一瞬にして炎に包まれる。

 彼女の叫び声。ああ、聞こえる。声だ。脳裏を引っ掻く、その声。

 そうだ。その炎は駄目だ。駄目なんだ。

 リアは踠き苦しみ、叫んでいる。炎は一向に収まる気配がない。


「おれが死ぬまでその炎は消えないよ。面白いだろ? ノウトくん、真剣勝負といこうじゃないか。あははははっ」


 フェイがまるで楽しそうに笑う。

 そして、リアは再生と破壊をその身で循環し、叫び踠きを何度も繰り返す。


 ノウトは膝を地につけ、両手を砂に叩きつける。




 ──あぁ。



 終わりだ。何もかも。



 ──頭の中で何かが。



 ──終わる音がした。



 殺意で身体が、心が満たされる。

 ノウトの中で何かが消滅した。

 それは理性かそれとも──……

 いやそんなことは、死ぬ程どうだっていい。


 殺す。殺す。殺す。





 ───彼女が、灰になる前に。





 頭の中に浮かぶ〈ステイタス〉がジジジッ───と雑音を奏でて変化するのが分かった。





────────────────────────

〈殺戮〉の勇者


名前:ノウト・キルシュタイン

年齢:▟█歳

【〈神技(スキル)〉一覧】

弑逆(スレイ)》:触れたものを殺す能力。

殺陣(シールド)》:◢い█殺す能力。

暗殺(ソロリサイド)》:息を殺す能◢▟

█殺し(デ▟サイ◣)》:《異█(▆▄◢▟◢)》を閉じる能力。

────────────────────────





 ノウトは()()()()()()()()、フェイに向かって勢い良く飛翔する。

 その首を掴んで殺してやる。

 フェイはその身を翻すようにしてノウトの手を避ける。


「ははっ! 素晴らしいなっ! そうだ! その力だよ! ノウト君、戦おう!! お互いの命が尽きるその時まで!!」


 フェイは街の方向に瞬間移動しながら手招きをする。

 ノウトはそれを無視してリアの方へ振り向く。そこには変わり果てた彼女の姿があった。

 全身は黒く爛れ、もはや彼女の原型を留めていなかった。

 ノウトは止むことの無い炎によって燃え続けるリアを抱く。熱い。熱くて痛いがそんなの関係ない。彼女はこれ以上に痛い思いをしているんだ。

 不思議なことにノウトの火傷が負ったと同時に治っていく。こんな状況だって言うのにリアが治しているのか。


「今度こそ、きみを守るから」


 ノウトはリアを抱きかかえたまま翼を広げ、飛ぶ。フェイはどこだ。街を空から見下ろすとその中心、瓦礫の上で大きく両手を振っているあいつの姿が見えた。

 殺す。

 ノウトは《暗殺(ソロリサイド)》で息を殺して、姿を隠した。闇に隠れ、滑空してフェイに突っ込む。幸いこちらが見えていないようだ。

 殺してやる。

 あと数センチといったところでフェイの前に半透明な金色の壁が突然現れる。これはスクードの使っていた神技(スキル)だ。ノウトはそれをブチ殺して、ブチ破る。


「……なるほど。アル──彼を殺した際にコードを書き換えたのか。なかなかやるね。ここまで見越していたとは」


 フェイがそう呟くのが聞こえた。だが、そんなのどうでもいい。

 透明な壁が壊れた瞬間、フェイが腕を振り上げると彼の眼前に数多の刃が生まれる。

 切っ先をこちらに向けて空中に浮いていた。刃一つ一つが星灯を反射して煌めいていた。刃がノウトを取り囲むように展開されるとフェイが腕を振り下げる。

 刃は一斉にリアを抱きかかえたノウトに向かって収束していく。

 ノウトは翼を最小限まで縮めて、身を固める。そして全身に弑逆(スレイ)を纏う。その後に《殺陣(シールド)》で刃全てを、まるで小虫を手で払い除けるように叩き落とす。

 翼をはためかせ、フェイの首に手を伸ばす。

 フェイは予定調和のように姿を消す。それと同時にノウトも《暗殺(ソロリサイド)》で身を隠した。

 視界の稜線にフェイの姿を見つけるとその方角に向かって飛翔する。フェイは金色の壁で守りを固めて空に浮かんでいた。ノウトはその壁を同じように殺して破る。

 壊れたと同時にフェイは瞬間移動する。ノウトの背後、20メートル先に浮かんでいる。


「その完全に気配を消す技、息を殺しているのか! 面白いね!」


「……黙れよ」


 フェイが宙に浮きながらこちらに手を(かざ)している。その手の中心からちかっ、と光が溢れ出す。

 光の線だ。それはノウトの右肩を音もなく貫通し、その後何処までも伸びていく。肉の焦げた臭いが一瞬だけ周囲を漂った。しかし、フェイの負わせたノウトの傷はリアによって瞬時に治癒される。

 フェイはノウトがどうなろうとお構い無しに光線をその手から迸らせる。それはノウトの身体中を穿ち、貫き、灼いていく。

 回避を試みてはいるが光の速度には目視してからじゃ当然間に合わない。ノウトは回避することを捨ててフェイに攻撃することしか考えないようにした。


「一路邁進してくるか。なかなかに無鉄砲だね、ノウト君」


 言って、フェイは両手を前に突き出して、掌に力を込めた。

 金色の光がその手の中央で瞬き、煌めく。

 溢れんばかりの光が両手の間に収斂(しゅうれん)して、その刹那───



 ドンッッッッッッッッッッッ!!!!



 ……と、耳を(ろう)するような轟音が辺りに鳴り響く。

 (いかづち)だ。

 轟音の正体がノウトの右肩を吹き飛ばした。血が右眼に掛かり、拭う。燃え続けるリアにも飛び散り、血の焼ける臭いが漂う。

 ノウトが傷付くとすぐに炎に包まれたリアが軌跡(イデア)で完全回復させた。

 ノウトは自らが傷を負うのを顧みず、加速していく。右手を前に突き出し、手を開き突き進む。

 フェイは水の壁を生み出して、それでノウトを防いだ。ノウトは身を(ひるがえ)して空中でターンする。今度はフェイが樹木の槍でノウトを狙った。ノウトはそれを殺陣(シールド)で勢いを殺し、弾いた。何も喰らわない。食らうわけがない。

 それからフェイは音もなく消え去り、ノウトの背後に飛んだ。瞬間移動だ。ノウトはそれに反応し、振り向き手を伸ばすが、それよりも早くフェイが手を(かざ)した。


「──喰らえ」


 フェイの手の中心から透明の切っ先が現れ、ノウトに向かって引っ張られていく。ノウトはそれを《殺陣(シールド)》で受け止めて握りつぶした。氷の破片はリアから立ち上る炎で昇華する。


「やるね、さすが異扉(オスティア)の適合者だ」


 もう少しだ。もう少しで奴の懐に《弑逆(スレイ)》をブチ込める。

 フェイは身を翻してノウトの伸ばす手を避けた。

 おかしなことにさっきからフェイはお得意の瞬間移動をしていない。今は風を身に纏うことで空を飛ぶのみだ。


「〈剣〉も〈光〉も〈雷〉も〈地〉も〈鉄〉も〈風〉も〈樹〉も〈水〉も〈闇〉も」


 フェイが小声で何かを呟く。この距離では聞こえない。それに、どうでもいい、そんなこと。

 ノウトが翼をはためかせてフェイに近づくと彼は金色の壁を作り出して距離を置き、そこから攻撃に転じた。


「〈熱〉も〈時〉も〈盾〉も〈音〉も〈支配〉も〈愛〉も〈天〉も。全ては運命のもとに」


 鉄の刃を幾百と生成して、それらすべてをノウトに向ける。鉄の刃はそれぞれがぶつかり合い、絹を引き裂くような音と共に風を切る。

 ノウトはリアと自らの身体を翼で一瞬だけ包み込んで、全身を《殺陣(シールド)》で固め、全ての刃を無傷で受け止めた。


「もっとだ。ノウト君。もっと、おれを満足させてくれ!」


 受け止めた刃の二つを手に取り、フェイに向かって投擲する。フェイはそれを半透明の金色の壁でガードする。

 しかし、鉄の刃が金色の壁に当たった瞬間にノウトもまたその壁に触れていた。


 そして、ノウトはその壁を、ブチ殺した。


 壁の向こうにいるフェイに向かって手を伸ばす。

 殺す。殺す。殺す。

 フェイは心底嬉しそうな笑顔を見せて、言葉を紡いだ。


「動くな」


 フェイが満面の笑みをこちらに向けて言った。途端、ノウトの身体が動かなくなった。指一本も動かせない。

 フェイは警戒を解いていない。ひとつ息をついて、こちらを見続けている。

 ノウトは身体の奥底で黒い意志を蠢かせた。そして、神技(スキル)の因子を取り込んで消し去った。


王命(クエスト)も消し去るか。強いね、ノウト君。さぁ、もう満足だ。レン君やマシロさんの事件の犯人を教えるよ」


 フェイは落ち着いた様子でノウトを見る。


「犯人は──」


 そして、その口から言葉を紡ぐ。


「──()()だ」


 彼我の距離が10センチメートルまで縮まったところでフェイはノウトに手を伸ばした。フェイの手にノウトが触れた。


 だが、それが終戦の合図となった。


 ノウトの弑逆(スレイ)でフェイは殺されたのだ。

 フェイはあたかも翼を失った鳥のように頭から落下していく。瓦礫の山に落ち、砂埃を辺りに舞い散らす。

 フェイを殺した瞬間にリアの身体を灯していた炎も無事消えていた。

 彼女はノウトの腕の中で目を瞑り、美しいその顔を無防備に曝け出しながら眠っていた。痛みと〈神技(スキル)〉の行使で相当疲弊したのだろう。

 ノウトはゆっくりと降下していき地に足をつける。リアを優しく地面に降ろして、ぼろぼろに血塗れた服を脱いで被せる。

 そして、かつてフェイだったそれに近付く。頭から落ちたからか、彼は彼の様相を呈していなかった。顎から上は無惨にぐちゃぐちゃになり、原型を留めていない。

 フェイは脳漿と脳髄を無様にブチまけて、醜態を晒して転がっている。

 ノウトはフェイの死体の首を掴み、力を込める。そして、


「俺の勝ちだ。糞野郎」


 握り潰す。

 温かくて、紅くて、穢らしい何かが()の顔を塗りたくったのでかつてフェイだった何かを蹴り飛ばして、それを拭う。


 気持ちいい。

 殺すってこんなに気持ちいいのかよ。ははっ。

 生を蔑ろにするこの行為。楽しくて気持ち良くて最高かよ。

 俺は両手を大きく広げて、身体が波を打ったように笑った。


「くくくっ……。あはははは!! はははははは!!! 勝ったよ、リア!! 俺、君のことを守れたんだっ!!」


「だ、誰……?」


「あ?」


 誰だよ。こんな気持ちいい時に。邪魔すんじゃねぇよ。

 ノウトの背後の瓦礫のその向こうから声がした。何人もの人の足音がする。

 俺が振り向くと、その正体が顔を覗かせた。


「うわぁっ!!」「きゃぁっ!!」


 俺の顔を見るなり、二人が驚いて腰をついた。片方はつんつんした髪の男、もう片方はセミロングの女だ。


「な、な、な、な……」


 壊れた機械のように同じ言葉を連呼している。


「……悪魔だ」


 他の一人が口を開けて呟いた。白い髪の少年だ。


「悪魔だァ? 失礼な奴らだな。俺は……そう、ノウトだよ、ノウト」


「ノウ、ト……?」


 菫色をした髪の少女が首を傾げる。


「ノウトって………君は、本当にノウトなの?」


 白髪の少年が赤い双眸でこちらを見つめた。


「ああ、見たら分かるだろ?」


「あ、あ、あ、あんたがやったんすか!? ノウト!!」


「え? あ、あぁ、俺が殺ったんだ」


「こ、このクソ野郎……ッ!!」


 つんつん頭の男がこちらに向かって殴りかかって来た。ノウトはその拳を《殺陣(シールド)》で受け止めて払い除ける。


「ど、どうしたんだよ。みんな、俺がみんなを守ったんだ」


 その時、ふと視線の端に見えた自分の両手に違和感があった。両手を顔の前に持ち上げる。


 ───なんだ、これ。


 手の甲には黒い、何か、そう羽根だ。黒くて硬い羽根が生えていた。そして手のひらは血で真っ赤に染まっている。

 顔に触れる。顔も黒い羽根が覆っていた。背にも翼がある。ばさばさと動かせる。

 ……あれ? おかしい。こんなの、こんなの、()じゃない。俺は、こんな。

 目の前にいるのはミカエル、スクード、エヴァ、ジルだ。どうして、さっきまで分からなかったんだろう。


「スクード! 落ち着いて!」


 ミカエルがスクードの肩を掴んで制止させる。


「こいつがッ! こいつのせいで!! カンナも、テオも!」


「何も策なしに突っ込むなんて馬鹿がやることだ! 僕だって臓腑(はらわた)が煮えくり返る程怒ってるから、ね」


「く、くそ…………。くそぉ……」


 スクードが両膝を地面につける。

 更に物陰から複数人が顔を見せた。ニコ、ダーシュの二人だ。


「きゃあああっ!!」


 ニコがノウトの姿を見るなり悲鳴を上げ、腰を抜かしてぺたりと地に倒れ込み、失禁する。

 ダーシュはノウトの姿を確認するなり、片手を上げて刃を展開してノウトを襲った。ノウトは反応出来ずにそれを避けられず、全て喰らってしまう。


「がぁっ……ッ!!」


 四本の刃がそれぞれノウトの右肩、下腹部、右足、右腕に突き刺さる。痛い、痛い、痛い。ノウトはあまりの痛さに膝をつく。


「………お、おい、やめ、ろ」


「……お前が魔皇の協力者──犯人だったんだな。このクズめ」


 ダーシュは間合いを詰めてノウトにその手を翳して呟いた。ダーシュ以外の奴等も全員ノウトに敵意の篭った視線を向けていた。



 このままだと、殺される。なんで、なんで、殺されるんだ。俺が何をしたって言うんだ。

 あぁ、畜生、分かったぞ。この異形の姿を見て、パトリツィア、マシロ、レン、カンナ、テオを殺したのが俺だと思ってるのか。そんな、嘘だろ。あの議論の時間も全部無駄だったってのか。ノウトに全部の責任を押し付けられた。こんなこと、あっていいのかよ。多くの人を意味もなく殺していたのはあいつだ。そう弁明したい。

 だが、このダメージでは喋ることも正直ままならないし、喋ったところで弁解出来る自信はない。

 俺のこの姿を形容するならば、そう、それは悪魔だ。悪魔。ここまで来ると笑っちゃうよな。最初にミカエルにも言われてたし。なんでこんな姿になってんだよ。

 いや、今はそんな事考えてる場合じゃない。

 生きないと。

 『生きて』って彼女に言われただろ?

 絶対に生きて、生きて、生き延びてやる。



 ノウトは最後の力を振り絞って翼を大きく広げて風を起こした。隙を作るための起点だ。ダーシュは運良くよろめいて体勢を崩してくれた。

 ノウトは身を翻して背後に飛んだ。そして、瓦礫に身体を預け倒れているリアを抱き上げた。


「全員動くな。動いたら、殺す」


 ノウトは言った。右肩に刺さった刃を引き抜き、未だ動くことの無いリアの身体に腕を回して彼女の首元にその刃を当てる。ここにいる誰もノウトの能力は知らないだろう。

 ならばやることはその視覚に訴えることだ。刃はこの状況を作り出すことに最も適していると言っても過言ではない。刃を引き抜いた肩から血が溢れ出るが、羽根を動かして出血を抑える。

 彼らは凍りついたように動きを止めた。


「……下手な真似はするなよ」


 ノウトは最後に捨て台詞を吐いてから、リアを抱いたまま翼をはためかせて夜空へと飛んで行く。


「この勇者殺しが……」


 ダーシュが小さく呟いたそれは宵の闇に溶けて消えて、無くなった。






 第一章 勇者殺しの勇者[完]



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