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第39話 五線譜が揺らぐ



 ノウトたちは食堂に戻り、現場検証の結果を伝えた。遺体の状況や、部屋の中にあったものなどだ。


「犯人を特定できるようなものはなさそうですね」カミルが手を組んで言った。


「焼死ですから、凶器も何もないしな」ノウトが頷いた。


「だが、そうなると、お手上げだな……」


 そう言って、テオは話を続けた。


「話を戻すが、俺たちの中に対象を一瞬にして焼き尽くすことのできる神技(スキル)を持つ勇者はカンナしかいない。そして、犯人はカンナではないと来ている」


「つまり、……凶器になった神技(スキル)は〈雷〉でも〈焔〉でもない……ってことだね」ミカエルが言った。


「凶器不明の殺人……」ナナセが呟いた「……犯人はどうやって殺したんだろ」


「犯人、か」


 テオが呟いた。


「オレは、今回の件、よく分からないんだが……、パトリツィアとレンとマシロ。三人を殺した動機はなんなんだ? 犯人がいるとしたら、そいつはなにがしたい?」


「確かに……」カミルが舌を巻いた。「それも……そうですね」


「……敵が本当に魔皇の協力者なら、どうして一気に皆殺しにするんじゃなくて、この三人を選んだんだ、ってことね」ジルが言った。


「本当は……全員を殺す必要があったけど、仕方なくこの三人になった、もしくは……意図的にこの三人を狙って攻撃した、のどちらかですね」そう言ってカミルが腕を組んだ。


「ふむ……」


「次は、三人の共通点を洗い出した方がいいかもな」


「共通点って言っても……」ナナセは顎を手で触った。「三人とも別のパーティだし、何もないんじゃ……」


「レンは〈闇〉の勇者で、パトリツィアは〈剣〉の勇者。そしてマシロは〈幻〉の勇者……だよね」ニコが言った。


「三人の共通点……」


 フウカが呟いた。


「三人とも、……あの飛竜が襲ってきたとき活躍してましたよね」


「それは、まぁそうだけど」ナナセが頷いた。「だから犯人に狙われたとは言えないかもなぁ……」


「どうして三人が狙われたのか。どうやって殺したのか。『動機』と『手段』のこの二つは今のところ犯人にしか分かりそうにないね」フェイは嘆息をついた。


「じゃあ、視点を変えてみるか」


 テオが言った。


「あの時、俺たちがそれぞれ何をやってたか、だな」


「……アリバイってやつか」


「まず、第一発見者からいこうか」フェイが言った。


「最初にいたのは、確かエヴァだよな?」


 ナナセが聞くと、エヴァがこくりと頷いた。


「どういう状況だったか、……教えてくれないか?」


 エヴァは俯いた姿勢のまま、しばらくして口を開いた。


「………私は、あのときパティの体調が心配になって、部屋まで行ったんです」


「体調?」


「……えっと、………あの、パティはあの晩すごいお酒飲んでて酔ってたじゃないですか。だから、大丈夫かなと思って………」


 そう言えばそうだった。

 パトリツィアは自分を失うほどに酔っ払っていた。それを介抱したのは、確かリアとニコだった。二人が部屋まで運んだのだ。


「ちょっと待て」


 テオが口を挟んだ。


「扉の鍵は開いてたのか?」


「えっ、……あ、はい。開いてましたね」


「それなんだけど……」ニコが言った。「外側から鍵かけられなかったから、パティを部屋に運んだあとは、ボクらは鍵を閉められなかったんだ」


 リアを見る。落ち込んだ様子ではあるが、異論は特にないみたいだ。


「なるほど…。まぁ、それは仕方ありませんね。犯人以外、誰もこうなるなんて予想してなかったわけですから」


 カミルの言葉に、皆が納得した。それから、ナナセが口を開いて言葉を続けた。


「で、エヴァの悲鳴を聞いて駆けつけたのは──」


「俺と、ダーシュ、スクード、ナナセ……」


「あと、ニコとカンナとカミルだったかな」


「お前らはその時に何をしていたんだ?」


「俺は、普通に自分の部屋にいたよ。眠れなくて本を読んでた」ナナセが言った。


「俺も自室にいた」ノウトが少しだけ手を挙げた。「そしたら、エヴァの悲鳴が聞こえたから走ったんだ」


「ボクは、……食堂でカンナと一緒にいたよ」


 ニコが言うと、カンナはうなずいた。


「食堂で二人で何をしてたんだ?」


「カンナたちは、……その、小腹が空いちゃって……」


「なるほどな……」


 だが、少なくともカンナのアリバイは証明できた。

 でも、そもそもの話、強力で手筈さえ整えれば遠距離でも殺傷できる神技(スキル)を持つ勇者が、アリバイを証明したところで、それが意味があるのかは、……正直のところ分からない。

 ただ今はこの事件を早急に解決しないといけない関係上、今やるべきことはとことんやるべきだと、少なくとも思う。


「で、ダーシュは何やってたんだ?」


「…………」


 ダーシュはひとつため息をついてから、口を開いた。


「俺は、……パティの部屋の前にいた」


「……どういうことだ?」


「実は、」ニコが代わりに答えた。「パティの部屋の鍵が外側からかからなかったのを伝えたら、ダーシュが見張りを自分から申し出て」


「んな酔狂な……」ナナセが呆れたように声を漏らした。


「……あれ、でも第一発見者はエヴァだよね?」


 フェイが問うと、エヴァが答えた。


「……私がパティの部屋に行こうと思ったらダーシュさんが部屋の前に座ってたんです」


「それで?」


「私がパティを心配してることを伝えたら部屋に入れさせてくれて、それで……」


「ふむふむ、そういうことね」フェイは両肘を机の上に置き、手を絡めた。


「──それは……おかしくないか?」


 ノウトが言った。

 ノウトはこの時、尋常ではないほどの違和感を覚えた。さっき聞いたその状況は、どう考えても変だ。


「……うん、確かにおかしい」リアも違和感に気がついたようだ。


「……何がおかしい?」


「考えてみてくれ。ダーシュはパトリツィアの部屋の前にずっといたのに、先にパトリツィアが亡くなったのに気付いたのは、あとに部屋に来たエヴァだった」


 ノウトは話を続けた。


「エヴァがパトリツィアが亡くなってからどれくらい経って発見したのか──死亡推定時刻は俺らは知る由もないけど、パトリツィアが焼かれて亡くなったなら、扉の前にいたダーシュがそれに気が付かないのはおかしい」


「あっ、……そうか」ナナセも気がついたようだ。


「パトリツィアは、死ぬ前にはかなり抵抗したと思うんだ。普通だったら悲鳴のひとつやふたつあげると思う。その悲鳴にダーシュが気がつかないのは、何かおかしいよ」


 ダーシュは目を見開いた。皆がダーシュを見た。


「……いや、………俺は確かに部屋の前にずっといたが………悲鳴なんて、全く聞こえなかったぞ」


「なんだって……」スクードが目を(みは)る。


「これは、マシロやレンにも言える。誰か彼らの悲鳴を聞いたやつはいるか?」


 誰も、何も言わない。沈黙はつまり、否定だ。

 誰もレンやパトリツィアやマシロの死に際の悲鳴を聞いていない。

 これは明らかに異常だ。

 レンたちの遺体は焼けて黒焦げになっていた。何か熱を帯びて死んだのは確実だ。想像を絶するほどの痛みを伴うだろう。それで、悲鳴をあげないなんて考えられない。

 試しに同じ構造の部屋の中から大声で発した際に、余裕で声が聞こえた。

 考えたくもない話だが、全身が焼けただれていく中で叫び声が聞こえないなんてことはありえないのだ。


「これは、どういうこと……?」ミカエルが首を傾げる。


「何か細工しないと悲鳴をかき消すなんて不可能って話っすよ」スクードが言った。


「細工って、……具体的にどうやって?」


「それは、……壁とかに防音するものを貼ったとか?」


「いや、そんなものは部屋の中にはなかった」ノウトは皆の顔を見合わせた。「……つまり、犯人は神技(スキル)で悲鳴を──音を消したんだ」



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