第38話 願わくは花の下にて
ここまでの話をまとめると、犯人は〈焔〉の勇者でも〈雷〉の勇者でもなく、パトリツィア、レン、マシロの三人を同時に焼き尽くして殺したということになる。
ノウトたちの中にそれに該当する勇者は各々が言うにはいないらしい。
「口頭での弁論だけではさすがに手詰まりか……」
「それじゃあ、現場検証と行こうか」
「と言っても……」スクードが落ち着いた口調で言った。「この中に犯人がいるからこうしてここで膠着状態になってるわけなんすから、現場検証しようにも動くに動けないんじゃないっすか?」
「一人になったところを狙われたら…どうしようもできないしね……」アイナが同意した。
「でも、……このままじゃ前に進めませんし」カミルが言う。
「じゃあ、手分けして証拠やら遺体の状態やらを探ろう」
「遺体の状態って……」ノウトがフェイを怪訝そうな目で見る。「……さっきからお前は気にしないで言ってるみたいだけど、……そんな簡単に口に出すなよ」
「文句言うなら、ここで立ち止まっててもいいよ。でも足踏みしてたんじゃ前には進めない。当たり前の話だけどね」
「それは、……分かってるよ」ノウトは言った。レンの死も、マシロの死も、パトリツィアの死も未だに受け止められないでいるのは、……正直なところだ。だけど、現実に向き合わないと犯人は追求できないのも当然だ。
「じゃあ、……フェイの言う通り手分けして行こう」
「そう、だな」ナナセが頷く。
「何人で分けるかだね」
「全員で行くつもりか?」とテオが聞くとフェイが口を開いた。
「ふぅむ。それも考えた方がよさそうだ。それじゃ、ノウト君はどうしたい?」
「俺は……」ノウトは潜考した。「行きたい人だけいけばいいと思う」
「ああ、俺もそれでいいかな」ナナセが言った。
「了解だ。じゃあ一旦ふたつに別れようか」
それから、現場検証をするグループと食堂に待機するグループに別れた。
現場検証をするのはノウト、リア、ジル、テオ、アイナ、ナナセ、ダーシュ、ミカエルに決まった。残りのメンバーは食堂で待機ということだ。なるべく全員のパーティから選出して決めた。
そして現場検証班の中でも更に二つのグループに別れた。1班がノウト、ジル、テオ、アイナ。2班がミカエル、ナナセ、ダーシュ、リアだ。なるべくそれぞれの意見が推重されるようにグループ分けを遂行した。
「…えっ、当然のように私の名前あがってるけど、私いきたくないんですけど……」アイナが眉をひそめた。
「あー……その意思は、うん、俺もね、なるべく尊重したいんだけどさ…」ナナセが片手で頭をかいた。
「被害者にはパトリツィアさんとマシロさんがいるからね。女性のプライバシーも尊重しないとだからさ」とフェイが説明すると、
「それなら、……まぁ、しょうがないけど」そう言って、しぶしぶとアイナが着いてくる。
「じゃあ、頼むよ」
フェイに見送られながら、ノウトたちはぞろぞろと食堂を出た。ノウトの胸のうちをぐるぐると益体のない情動が渦巻いていたけれど、腹の中心、みぞおちあたりを撫でて、なんとか落ち着かせた。
リアを見る。彼女は何かを思い悩んでるように顔色が悪い。現場検証を自分で申し出たから止めなかったけれど、今にして思えば少しは止める素振りでもしておくべきだった。少しでも寄り添ってあげたいと、一瞬頭で考えてしまったが、何様だと自らを一蹴してかぶりを振った。
「……で、どうする?」
「せっかくグループ分けたんだから各班ごとに別々のところ調べた方がいいよな」
「じゃあ、先に私たちがパティの部屋見るから、あんたたちはマシロの部屋を見てきてよ」
「まぁ、特に思い悩む必要もないしそれでいくか」
アイナの提案で、ノウトたちはパトリツィアの部屋へいくことになった。リアやナナセたちと別れて、テオやジルたちの背中を追って、パトリツィアの部屋にたどり着く。
「まずは、遺体の状態か」テオがそれを見ながら言った。
パトリツィアの死体と思われるそれは寝台の上にあって、黒く歪んでいる。ほぼほぼパトリツィアの原型は留めていなく、人の形をした真っ黒な炭のように見える。
「どう見ても、何かに焼かれたように見えるわね」とジルが腕を組みながら言った。
「死因は焼死で間違いないみたいだな」
「証拠や凶器は特に見つからないし、……というか人だけを狙って焼き尽くすなんて人間離れした芸当、やっぱりどう考えても勇者にしかできないよな」
「まだ言ってるの?」ジルがノウトを見た。「犯人は、私たちの誰かなのよ?」
「…まぁ……それは、分かってるよ」
……いや、分かってるつもり、か。頭ではわかっているけれど、何か違和感があって、それがノウトの心の隅で叫んでいる。
「ベッド自体には焼き跡みたいなものはないみたいね」
「ふむ。つまり、確実に対象だけを狙って攻撃したってことか」テオが一瞥して、腕を組んだ。
炎を使ったならベッドまで燃え広がるはずだ。だが、ベッド自体には焼き跡はついていない。それならば、炎により死んだわけではない、──と断定するのは早計だろうか。分からない。分からないことだらけだ。
「ねー、何か分かったー?」目をつむって遺体を見ないようにしているアイナが声を出した。
「んー、いや……、新しいことは特に、かな」ノウトが首を振る。「遺体に関して何の専門家でもない俺たちが見ても、特に発見とかはなさそうだ」
「何か犯人に繋がりそうなものもなさそうね」ジルが言った。
「そっか。難しいもんだね、捜査も」アイナが息をついた。
「じゃあ、棚とかパトリツィアの私物を見てもらえるか? ジルとアイナで」テオがそう告げる。
「了解」「分かったわ」
パトリツィアは既に死んでいるのだからここに性差的な区別をつける必要はないようにも思えるが、死んだ者にもきちんとしたプライバシーは存在する。そうノウトは思う。
ノウトとテオが遺体を観察している間、ジルとアイナが棚や部屋の隅々を見てくれた。
「何か見つかったか?」
「んー、特にかなー……。収納家具の中にあるのは鞄とか傷薬とか石鹸とか服の替えとか篭手とかそのくらい」
「まぁ、遺体がこんな状態じゃ凶器もなにもないよな……」ノウトは髪を掻いた。
「その調子じゃ証拠になりそうなものもなさそうだな」
「パトリツィアの部屋はこの辺りにしておくか。これ以上調べても何もなさそうだ」
テオが言って、ノウトたちはそれに従った。次にノウトたちはマシロの部屋に向かった。
既にもうひとつの班はマシロの部屋を調べ終わっているようで、部屋の中にはいなかった。
「マシロの遺体も、パトリツィアと同じ状態か……」
マシロの遺体は、かろうじて人の原型を留めているが、黒く真っ黒焦げになっており、こうなった以上どこからどう見ても焼死体だ。
心が壊れてしまいそうだから、……直視はなるべくしたくないが、謎を解くためにも、更なる犠牲を出さないためにも、ノウトが手を抜くわけにはいかない。
「…改めて見ても、特にこれといって得られる情報はないな」
「ただ、ひとつだけパティのときと違うところがあるわね」ジルが眼下にある遺体を見ながら言う。
「違うところ?」
「ええ」ジルが頷く。「パティはベッドの上で、マシロは床の上で亡くなってる」
「確かに……、言われてみれば」
「この違いが何か証拠になるのかと言われたら答えられないけれど、覚えておく必要はありそうね」
「そうだな」とテオが言った。
「アイナ、何か見つかったか?」
ノウトが後方へ振り返って、アイナに声をかけた。
「あるのは、服とかそのくらいかな」
「その、転がってるのは?」
「ああ、この丸い絨毯みたいなの? それも備え付きのタンスの中にあったよ」
アイナが広げたのは半径50センチほどの丸いラグだ。表面になにか模様が描かれている。
「わざわざタンスの中にラグを入れるかしら」
「マシロの大切なものなのか……、でも深く考えても今は答えは見えて来なさそうだな……」ノウトが呟く。
「マシロのみぞ知る、だね」アイナが頷いた。
「マシロの部屋もこんなものか、これ以上時間をかけても意味はなさそうだな。移動しよう」
テオが言って、ノウトたちはレンの部屋へ向かった。
レンの遺体も、なるべく視界には入れたくなかった。動悸が、少しだけ苦しい。落ち着け。落ち着け。胸に手を当てて、なんとか心を落ち着かせる。
「ノウト、大丈夫?」アイナが心配そうにノウトの顔を覗き込んだ
「……大丈夫」ノウトは顔を上げた。「それより、調査を進めよう」
ノウトたちはパトリツィアやマシロのときと同じように部屋の中を調べた。
床や壁。飾り棚や備え付きのタンスの中も隅々だ。
話によれば、これらは全て〈創造〉の勇者であるシャルロットが生み出したとのことらしい。全て精巧で、どれもが本物のようだ。まぁ、本物には違いないのだが、とてもじゃないけどものの数秒も経たずに完成させられるものとは思えない。
「レンのところも同様に床に遺体があるな」
「そして、床に焦げ目はついていない」
タンスや棚の中にはめぼしいものはレンの私物と思わしきもの以外特に何もなかった。
「何も手がかりはなし、か」テオが片膝をついて、無垢材の床を右手でなぞりながら言った。
「報告出来そうなことは、遺体の状況と、証拠がないってことくらいかしらね」
「専門家でもなんでもない私たちが見ても、しょうがなかったね」アイナが、ふぅ、と息をついた。
「でも、収穫がなかったわけじゃない」
「収穫って?」
「マシロの部屋から出てきたラグだよ」ノウトが言った。
「あれが、なんなの?」
「何か意味があるはずだ。マシロが残した手がかりなのかもしれない」
「その可能性は、なくもないけどさ」アイナはどこか不思議そうだ。
「今の段階で、そのラグがなんなのか知る術はないし、考えても仕方ないと思うわ」ジルが言った。
「それは、そうとしか言えないが……」
「まァ、なんだ。とにかく食堂に戻ろう。皆が待ってる」
現場検証を終えたノウトたちは皆が待機している食堂へと歩いて戻った。その途中、もう一班の検証組と出くわした。
「おっ、そっちも終わった感じ?」ナナセがこちらに歩いてきた。
「まぁね、何か発見とかはあった?」アイナが尋ねる。
「証拠に繋がりそうなものは何も、かな」物憂げなリアが言う。
「そうか。まぁ、しょうがないよな」ノウトが小さく微笑む。
「そっちも何もなかったのかい?」ミカエルが問う。
「うーむ。犯人を特定できそうなものは見つからなかったな」テオが腕を組む。
「そっか…」
「これだけ時間を掛けて探して収穫無しだとへこむなぁ……」ナナセがミカエルの落胆に同意した。
「しょうがない。んじゃ、とりあえず食堂に戻るか」
ダーシュもリアたちと一緒に遺体現場を見てきたわけだが、どこか静かだ。達観しているというよりも、落ち込んでやるせない心情に近いのだろう。
食堂に戻る途中、リアがこちらを横目で見ていて、なんなとなく目が合った。すると、ちょいちょいと小さく手招きされたから、ノウトはリアの隣になんとなしに歩いていった。
「……今回は、関係ないよね?」
リアがノウトに耳打ちするように言った。それは魔皇の協力者であるノウトが今回の事件に関与しているか否かという意味だろう。
ノウトは間髪入れずに首を横に振った。リアは少し安心したように息を吐いた。
「分かってたけど、一応ね」
「誰か、目星はついたか?」
ノウトが尋ねるとリアは首を横に振る。そして、ノウトの方は見ずに口を開いた。
「ただ、何か凄い違和感があって……」
「違和感?」
「今までのこと全てを振り返ってみたら、一貫してることが──」
「二人で何を話してるんだ?」テオがノウトとリアの間に入った。
「いや、別に。今回の事件のことを振り返ってただけ」
「そうか」テオは頷いた。「リアは回復能力持ちで、ノウトはあの巨龍を倒した張本人だからな。今回の犯人である可能性はかなり低いんだが……」
「可能性としては、ゼロじゃない」ダーシュが付け加えた。
「そう。だから、妙な真似はするなよ」とテオが言って、ノウトとリアは顔を合わせ、それから分かったとは口に出さずにただ頷いてみせた。
──大義は果たした。
勇者の中に潜む犯人は、内心そう思っていた。
策は成った。全てが完璧に思惑通りに展開した。
証拠は何も残していない。あったとしても無知で無識な勇者が何を出来るでもあるまい。
せいぜいお互いを疑い、殺し合えばいい。
ここで焦ってはいけない。慎重に、そして叮寧にことを運び、あとは正体を隠しながら魔皇を始末するだけだ。




