第37話 勇者殺し
ここにいる17人の勇者の中に、三人を殺した犯人がいると、ダーシュはそう言った。
ノウトも少なからずそうだと思った。だからこそ、ノウトたちは今膠着状態にあった。下手に動けば、誰かが死ぬ。また、失うことになる。
「……この中に……、」スクードが固唾を飲んだ。
ダーシュが手のひらを机の上に置いた。すると、ダーシュの背中の方から何本もの鉄の刃が現れた。
「…………」
黙って、その剣先を各々の勇者に向けた。ダーシュを除いた十六の刃が宙に浮いている。下手な行動をすればすぐに殺してやるという意思だろう。
「ま、まぁ落ち着こうぜ」ナナセが宥めようとしている。「まだこの中にいると決まったんけじゃ……」
「いーや、ナナセ。犯人は──魔皇の協力者はこの中にいるよー」
フェイが楽観的な口調で言った。
「少なくとも、フョードル側にはいないと思う。敵の目的はよく分からないけど、勇者を多く殺すのが敵の最終的なノルマなら勇者が多数いる中に紛れてるはずだからね」
フェイの言っていることは、半分は当たっている。今この場に魔皇の協力者であるノウトが紛れ込んでいるのだ。ただ今回の犯人は魔皇とは一切関係のない人物だ。魔皇の協力者であるノウトは一切、何も関与していない。
「……それは、そうだと思うけど」ノウトは、気付いたら言葉を出していた。「そもそもの話だけど……、魔皇の協力者が犯人って決めつけるのはどうなんだ……?」
皆がノウトを見た。冷や汗が背中を伝った。口が滑ったかもしれない。
まずい気がする。
リアをちらりと見た。彼女は何か助け舟を出そうと口をぱくぱくと動かしているけれど、上手くいかないみたいだ。
「いやいや、ノウト君。この中に魔皇の協力者がいる。そしてそいつは名乗り出ようとはしない。その人が犯人じゃないならいったいなんなんだい? 他に理由があるなら、教えて欲しいけどなー」
フェイがそう言いながら皆の顔を見渡した。彼の言い分は、他の勇者からしたらあっているように聞こえる。ただ、その魔皇の協力者であるノウトが犯人じゃないのだから、ノウトは何も言えなかった。
魔皇の協力者であることは、ここでは明かしちゃダメだ。
明かして弁明しようとする前にダーシュに殺される。
ノウトたちは互いに互いの顔を見合せた。誰もがノウトと同じように戸惑いと恐怖の表情を浮かべている。
この中に一人、パトリツィアとレンとマシロを殺した犯人がいる。それが誰か、表情からは見当もつかない。
沈黙と緊張が辺りを包んだ。
「でも、どうやったら犯人なんて……」アイナが訝しげに言った。
「……簡単な話だ」ダーシュは宙に浮かばせた刃を閃かせた。「ひとりひとり自分の持つ神技を言っていけばいい」
「まぁ、」フェイが肩を竦めた。「それが一番単純だよね。凶器なくして殺人はなしえない」
「それは、……たしかにね」アイナが頷いた。「じゃあ私から神技言う?」
「……だめだ」
ナナセが言った。彼らしからぬ低い声音だった。どうして、と声に出さずにアイナは怪訝そうにナナセを見て首を傾げた。
「この中に敵がいるなら、こっちの能力を明かすわけにはいかない」
ノウトは息を呑んだ。
確かに、……確かにナナセの言う通りだ。能力を明かすのはリスキーだ。各自の視点から言って、自分は犯人じゃないと分かっているからこそ、能力を自ら開示するのは危険な行為とも言える。
「俺は、アイナの神技を知っている。だからこそ、アイナが犯人じゃないと断定できる」ナナセはそう、言い切った。
「まー、同じパーティにいる仲間の神技は知ってるわけだから、わざわざ明かす必要はないよね」言って、フェイが息をつく。
ノウトも同じことを言える。シャルロットやフウカ、リアがどんな神技を持っているか知っているから、彼らが犯人ではないとはっきり言える。
ダーシュは小さく舌打ちをした。
「死因は焼死……」
フェイが呟く。
「さて、おれらの中でそれが可能なのは、誰だろうね」
ノウトたちは、それぞれ顔を見合せた。〈殺〉の勇者であるノウトにはもちろん、〈盾〉の勇者であるスクードにも、〈生〉の勇者のリアにも、〈樹〉の勇者であるカミルにも、〈風〉の勇者であるフウカにも、〈創造〉の勇者であるシャルロットにも、ましてや〈氷〉の勇者であるニコにも、不可能だ。ノウトが神技を使っているところを見たことがないのは、この場にいる勇者に特定するならばジルとフェイとアイナとナナセ、そしてエヴァだけだ。
でも、ジルはパトリツィアのパーティで、とてもじゃないけど彼女を殺したとは思えない。エヴァにも同じことを言える。
ノウトの視点で言えば、怪しいのはナナセとアイナ、それにフェイだ。
「ま、答えはみんな頭に思い浮かんでると思うし、あえておれがいうんだけどさ」
フェイが口を開いた。
「ここにいる勇者で焼死させることが出来るの、カンナちゃんくらいじゃない?」
カンナは名前を言われて、びくりと身体を震わせた。上目遣いでフェイを見る。
「おま……ッ!」スクードが立ち上がって激昂した。「お前何言ってんだよ!」
「だってさ、考えてもみなよ。カンナちゃんは〈雷〉の勇者だ。それはみんな知ってるだろ? 〈焔〉の勇者であるレティシアは今ここにいない。つまりこの場で誰かを焼き殺すことが出来るのはカンナちゃんだけさ」
「カンナが、誰かを殺せるわけないじゃないっすか! マシロも被害にあってんすよ!?」
「そんなの関係ないよ」
フェイは、冷静な口調で一蹴するように言葉を吐いた。
「犯人は、おれたち全員を殺そうとしているんだ。その中には当然同じパーティの人も含まれる」
スクードがフェイの胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「その口閉じろよ……。カンナなわけ……ないだろうが……!」
「……やめて、……スク」
カンナが言った。カンナは泣いていた。カンナは勇者の中では最年少だ。確かに焼き殺すことができるのはカンナだけだが、犯人がカンナだとはとてもじゃないが思えなかった。
スクードはフェイの胸ぐらから手を離した。
「問うよ、カンナちゃん」
フェイはスクードに掴まれていたところを手で払った。
「カンナちゃんが犯人なの?」
「……カンナは、違う」
震えた声で、カンナはそう言った。
「……マシロちゃんも、パティも、レンも殺してないよ……」
カンナは手の甲で涙を拭った。
「どうしてこうなっちゃったの……? カンナは………カンナはただ、スクやミカ、マシロとエヴァ、……それに、みんなと一緒に冒険がしたかっただけなのに……」
その瞳からは涙が溢れていた。ノウトは胸が苦しくなった。
「そっか」フェイは椅子に座った。
「フェイ、もうやめろ」ノウトがフェイを睨んだ。「カンナは犯人じゃない」
「どうかな」
「少し落ち着け、フェイ」テオがフェイの肩を小突いた。「女の子を泣かすなんて、勇者のすることじゃない」
「それは、ごめんよ」
そう言って、フェイは降参と言わんばかりに両手をあげた。
「第一、あんな杜撰な殺し方じゃ、カンナが犯人だと本来の犯人が押し付けているみたいなものだぞ。これでカンナが犯人なら、カンナが自供しているとしか思えないな、オレは」テオがそう言い切った。
「…つまり、本当の犯人が犯行をカンナがやったように思わせる罠ってこと?」
「……絶対そうっすよ」スクードが言った。「それ以外、ありえない」
テオの説明に、ノウトは納得した。犯人はこの殺人を計画立てて遂行しているはずだ。無計画なわけがない。
今思えば、カンナしかこの殺し方は出来ないのだから、逆に言えば、これで犯人がカンナだとしたら、なんというか、それこそ杜撰すぎる。自分から凶器を残して犯人を名乗っているのと同じだ。
しかし、犯人はカンナではない。もちろんそこに根拠はない。ここにあるのは感情論だけだ。でも、少なくともノウトは犯人がカンナだとは思いたくなかった。
犯人は、パトリツィアとレンとマシロを一斉に殺して、今この場に皆と同じように悲しんだ演技をしながら席についているのだ。
ノウトは一層恐ろしくなった。早くこの問題を解決しないと、さらに被害者が現れるのは目に見えている。




