第36話 運命と不死の王
宿の食堂に、今集まれるだけの勇者が集まった。
部屋に引きこもっていたエヴァやニコもなんとか部屋から連れ出した。今ひとりになるのは非常に危険だ。ひとりなったところを狙われる危険もあるし、何かが起こった際に、回復系の神技を持つリアやカミルのそばにいる必要もある。
ノウトは未だに信じられなかった。
パトリツィアとマシロとレンが死んでしまったなんて、今からでも、サプライズかドッキリか何かで現れて欲しかった。怒らないからさ。出てきて欲しい。
でも、そんなことはいくら待ってもありえなかった。あの乾涸びた焼死体が、パトリツィアとレンとマシロなのだ。その事実はどうあがいても覆らない。
「……でも、本当に信じられないよ」アイナが徐ろに言った。「パティたちがいなくなったなんて」
「俺も、うん……信じられない」ナナセは両手を絡めて離れてないようにしている。「というか、信じたくない」
重々しい空気が周囲に淀むように溶けていた。とてもじゃないが、眠ることなんて出来ない。現在時刻は午前零時四十五分。まだまだ夜明けまでは時間がある。
今、ここにいるのは、17人の勇者たちだ。
ノウト。
リア。
フウカ。
シャルロット。
フェイ。
テオ。
アイナ。
ナナセ。
ヴェッタ。
ジル。
ニコ。
カミル。
ダーシュ。
カンナ。
スクード。
ミカエル。
エヴァ。
被害者はパトリツィア、レン、マシロ。
この三人を殺した犯人がこのどこかにいるのか、それとも……。
「──で、これからどうするんだ?」テオが腕を組んだ。
「明日は、予定では街の復旧を終わらせて銀嶺の国ロークラントに旅立つ予定だったけど、さすがにこれじゃ無理だよな……」ナナセがうーん、と唸った。
「どうするって……」ダーシュがか細い声で言った。「……犯人を探すに、決まってるだろ」
「つまり、探し出して、殺すってことか?」
テオが尋ねる。ダーシュは答えないが、手が震えている。仇は取ると言った形相だ。
「なるほどな」テオが納得したようだ。
「そう言えばさ、あの男が言ってたよな? 俺たちの誰かが魔皇の協力者だって。そいつの仕業なんじゃないか、今回の事件」
「なに当たり前のこと言ってんの」アイナがナナセの肩を小突いた。
そうだ。その通りだ。今起きているこの現状、勇者側からしたら確実にあの台詞を想起させる。
ノウトは、ノウト自身が魔皇の協力者であると知っているからこの状況にとてつもない違和感を覚えているが、他のメンバーは誰もが勇者の中にいる魔皇の協力者の仕業だと思っているはずだ。
リアとレンだけはノウトが魔皇の協力者だと知っていた。レンの手を借りてみんなを説得するつもりだった。
でも、レンはもういない。慚愧の念が胸の内側で渦巻いている。もっと、ちゃんと話すべきだった。マシロとも、パトリツィアとも。あれが最後になるなんて、思ってもいなかった。
今この場にいるノウトとリアを除いた全員が、件の魔皇の協力者が犯人であると確信している。
だが、それは違う。
魔皇の協力者はノウトだ。つまり、魔皇の関係していないところで、勇者を殺す思惑が錯綜しているということだ。
それが何なのかは分からないが、何か、とてつもない異常事態が起きているのは分かる。
つまり、ノウト以外にも勇者殺しを遂行しているやつがいる。
それは、誰なのか。というか、そんなことありえるのか? ノウトは顔を見回した。下手に口は開けなかった。手汗が手のひらににじむ。
「ちょっと待って……」ナナセが声を出した。
「どうしたの?」
「ノウト、お前……」
名前を呼ばれて、ノウトは心臓がひどく驚いた。
「……なに?」
「左手甲──紋章がなんか、変じゃないか?」
「……変?」
ノウトは自らの左手の甲を見た。そこには相も変わらず輝き続ける勇者の紋章があった。だが、半日前とはなんだか様子が違う。
勇者の紋章はどのパーティも均一だった。円があって、その中心に五芒星がすっぽりと埋まるように刻まれている。ただ、その五芒星が前と違うのだ。
今は、五つある角のひとつが黒く歪んでいる。
「わたしもだ……」リアが言った。
「…私のも黒くなってますね」
フウカも自らの紋章を見ている。どうやらシャルロットも同じようだ。
「俺も……同じっす」違うパーティのスクードでさえも紋章の一角が黒くなっている。
「僕のも、変化してますけど」カミルが呟く。
「いや……でも、俺は前と同じだな」
「…私も」
ナナセとアイナは以前と変化がないみたいだ。
「これ、同じパーティの死亡数なんじゃない?」フェイが言った。
「死亡数……?」
「おれのパーティは誰も死んでないけど、みんなはそれぞれ一人ずつ失ってる。つまり、そういうことでしょ」
フェイの説明でノウトは納得した。この、五芒星の五つの角はそれぞれ同じパーティの勇者を指していて、黒くなってるのは、命を失った勇者、つまりレンのことを意味しているんだ。
「……本当に……死んじゃったって……ことですね」カミルが泣きそうな声で言った。
「……なんとも、言えない気分だな」テオが顎を触った。
「俺たちのパーティは、誰も失ってないから前と同じってことか」ナナセが頷いた。
紋章が意味する事実が、この世にもうマシロやパトリツィア、そしてレンがいないことをより現実的にした。まるで、この現実から逃げるなと紋章が言っているかのようだった。
「それで、……その……」フウカは俯いている。「これから、犯人を、……探すんですか?」
「そう、だね」ナナセがうなずく。「じゃないと、俺たちは動くに動けないから」
「…私は……」フウカは俯いている。誰とも目を合わせていない。「この中に、その……犯人がいるとは、とても思えなくて……」
「確かに、そうだけどさ。あんなやり方出来るの、……勇者くらいじゃないか?」
ナナセが言った。あんなやり方というのは、パトリツィアたちの死因についてだ。まるで、炎に焼かれたように焼きただれていた。頭に思い浮かべたくもないが、顔や、体つきの原型が見えないくらいの死体だった。
あんな殺し方が出来るのは確かに勇者だけだろう。
「うーむ。だが、あながち間違ってるとは言えないな」テオが目をつむって考えた。
「……それって、どういうことかしら」ジルが問う。
「フウカの言ってたことさ。……そうだな、うん。じゃあまず、ここにいない者が可能かどうかを考えてみるか」
「ここにいない者って」アイナは思案した。「セルカとか、レティシアとか?」
「そうだ。この街に止まらずに先んじて行ったあいつら、フョードルたちがオレたちを狙ったという可能性が、あるかどうか」
「そう言えば……」シャルロットが口を開いた。「レティシアは……〈焔〉の勇者だったわ」
「炎?」
「ええ。彼女にきいたの。実際に能力を使っているところも見たわ」
「今回の、パトリツィアたちの死因」フェイは手を組んだ。「干からびていて、うん、まるで焼死体のようだったね」
「それは確かなのか?」
「確かって、死因が焼死体の方?」フェイが肩を竦めた。
「違う。レティシアが炎を操る勇者なのかという方だ」
「……ええ」
シャルロットはフウカとリアと、それからノウトに目を合わせた。そう、レティシアが炎を操ることはノウトは身をもって体験している。風呂場でノウトは現にレティシアに焼き殺されかけたのだ。
ノウトたちはうなずいて答えた。
「そうか。候補としては、いい線いってるかもしれないな」テオが机に寄りかかった。
「というか、……フェイあんた…もうちょっとオブラートに包みなさいよ」
「あはは、ごめんよ。でも、合ってるんだから仕方ないじゃないか」
「あんたねぇ…」アイナが呆れた。
「じゃあ、そのレティシアが犯人ってこと……なんすかね?」今まで押し黙っていたスクードが口を開いた。
「可能性は、まぁあるだろうけどな」テオが唸った。
「しかし、あいつらがこの街にいないのは確実だ。こっちの現状も知らないで仕掛けてくるとはとても思えないし、それに神技の効果範囲も、今回の件には大きく関わってくる」
「効果範囲……」リアが呟いた。「確かに、パティも、マシロちゃんも、レンくんも部屋の中にいた。それなのに誰かに襲われて命を落とした。つまり遠隔で攻撃する必要がある」
「それって……」スクードが眉をひそめた。「当たり前の話じゃないっすか?」
「でも、………ここが大事なところだよ」
ノウトはなんとか言葉を発した。少なくとも今は魔皇の配下であることは隠していかなければいかない。
「俺たちの神技は……、見てきた限り触れて発動するものと、風だとか炎だとか何かを生み出して操ることができるものに別れてる。だから、遠隔で倒すにしても、何か条件があると俺は踏んでる」
「じゃあ、フウカ」テオが言った。
「はい……?」
「目をつむって、この場にいる特定の誰かを風で攻撃することはできるか?」
「それは……」フウカは目をつむって、少ししてからまぶたを開けた。「無理ですね。誰かを巻き込んでしまいます。目視して狙いをつけないと不可能ですね」
「なるほど……」カミルがうなずく。「ということは……その、レティシアが犯人という可能性は少しだけ薄いのでは?」
「いや、違う」
ノウトは首を振った。
「視界に入れないと殺せないってことは、……〈焔〉の勇者のレティシアどころか、どんな勇者も不可能なんだ。密室の中にいる誰かを直接攻撃するなんて」
「それじゃ……」ミカエルがノウトを見た。「どうやって、……犯人はマシロたちを殺したの?」
皆が、沈黙した。誰も答えを口に出せなかった。
パトリツィアも、レンも、マシロも、みんな部屋の中で亡くなっていた。つまり、密室殺人だ。そして、神技で殺すには少なくとも目視する必要がある。
彼らは全員別の部屋で死んでいた。
犯人は、果たしてどうやって殺人までことを運んだのだろうか。
「竜と戦って、そして街を復旧しながら分かったが……」ダーシュが慎重に言葉を選んで発した。「神技は、使っている本人から離れると精度が落ちる」
「それは、……確かにそうですね」フウカがうなずいた。
「俺は、目をつむってでも離れた鉄の刃を操れるが、それは目をつむって手を動かすのと同じで対象を確実に狙うのは不可能だ。だが、逆に場所さえ特定出来れば目をつむってでも手探りの感覚で狙うことは出来るかもしれない」
ダーシュは話を続ける。
「さっきも言ったが、……遠くに行けばいくほど神技の精度は落ちる。ましてや目視せずに狙うなんて芸当、目をつむったままナイフを振り回せばいつかは当たるのと同じで、かなり至近距離じゃないと当てるのさえ不可能だ」
「……つまり、どういう事です?」カミルが首を傾げる。
「……分からないか?」
ダーシュは俯いたまま答えを口にした。
「犯人は、──勇者殺しはこの中にいるってことだ」




