第35話 ミュトスとロゴス
ノウトはナナセ、それからスクードと協力して勇者たちをこの食堂に集めた。シャルロットのつくりだしたこの宿の中には勇者しかいない。
食堂には長机が三つと、それから長椅子が六つ。カウンター席がいくつかある。
「ちょっと、何ナナセ、人が気持ちよく寝てたのに」アイナは寝巻き姿であくびをした。
「少し、な」ナナセは歯切れ悪く答えた。
「こんな夜中に呼び出すなんて、よほどのことがあったんだよねー、ナナセ?」フェイが椅子にもたれかかりながら言う。
「何かがあったと見ていいだろうな」テオが机に軽く腰掛けている。
ダーシュやカミルは押し黙って部屋の隅に座っていた。カンナとミカエルは近くに座って互いに肩をあずけていた。スクードはノウトの隣の椅子に座っている。
そんな様子を見ながらノウトは、この場にいる勇者を数えた。
フウカ。シャルロット。ミカエル。カンナ。スクード。ナナセ。テオ。フェイ。ヴェッタ。アイナ。ダーシュ。カミル。ジル。
みんな、不安そうな顔をしている。もしくは蒼白な顔で俯いていた。
あれから、エヴァとニコは自室に篭ってしまった。強要はよくないし、こうなるのは、仕方ない。
そもそもこの街フリュードにいないフョードル、レティシア、ジークヴァルト、シメオン、セルカ、そしてノウトが始めの部屋で殺めてしまった彼のことを除けば、ノウトを合わせて勇者は全員で20人いるはずだ。そして、ここにいるのは15人。ニコとエヴァを入れれば16人だ。あと、4人足りない。
「パティは、……どこを探してもいませんでした」フウカが言った。
「それじゃあ、あの部屋にあったのは──」
「やめろ……」ダーシュが声を出した。小さく弱い声だった。
「えっ……」アイナが声を出した。
「アイナ……」ナナセが名前を言って、宥めようとした。
「嘘、……だよね?」
「そんな、馬鹿な……」テオが腕を組んで、唸るように言った。
「……パティ、死んじゃったってこと?」
初めて言葉になって、それがノウトの心を蝕んだ。
「…アイナ、だめだ。口に出しちゃ」ナナセが言う。
「あっ………ごめん、私、……そんなつもりじゃ……──」
「でも、……そういうことだから」ノウトがなんとか声を出した。
「え……それじゃあ、リアとレンとマシロはどうしたの……?」カンナがか細い声で言った。
「それが、扉を叩いても起きてこないんだ」
「とりあえず、起こさないと。今ひとりになるのは危ない」ノウトは立ち上がった。「じゃあ、俺とフウカ、あとスクードで見に行こう。ナナセ、ここは頼む」食堂の扉を開けて、振り返った。
「わ、分かった」
ナナセが答えたのを確認したから、ノウトは廊下に出た。この建物は二つの棟があり、男子棟と女子棟とで別れている。ノウトがあのとき、エヴァの叫び声が聞こえたのはノウトのいた部屋が女子棟に近かったからだ。
ノウトたちはまず、女子棟のしまっている扉を見て回った。
「フウカ、リアの部屋はどこだ?」
「あそこです」
フウカが指さした先にある扉の前に立ち、
「リア!!」と名前を呼んだ。
返事はない。返答がかえってこなかった。
今度は名前を呼びながら、扉を叩いた。まさか、リアもパトリツィアを同じ目に? そんな。馬鹿な。リアは不死身だ。死なないはずだ。
「ご、ごめんね。今出るから」
部屋の中から、リアの声がした。その瞬間、身体から力が抜けた。よかった。無事みたいだ。
リアは扉の鍵をがちゃりと開けて、廊下に出た。リアは肌着のようなネグリジェだけを着ていた。少しだけだけど、その目は、赤く腫れていた。
「……大丈夫か、リア」
「わたしは……」リアは左ひじを右手でぎゅっと掴んだ。「わたしは、大丈夫」
「それなら……、良かった」
ノウトは人知れず胸をなでおろした。
「マシロと、レンの様子も見に行こう」スクードがそう言った。
それから、フウカに案内してもらって、リアを連れてマシロの部屋の前まで来た。
フウカが扉を開けようとドアノブを回した。しかし、鍵がかかっているようで、がちゃがちゃと錠にぶつかる音がした。
「……やっぱり、開きませんね」
「マシロ! マシロ!! いないんすか!?」
スクードが大声で名前を呼んだ。返事はなかった。
ノウトはリアの顔を横目で見た。苦しそうで、つらそうな顔をしている。何か、これから起きることや、既に起きていることを察しているような様子だ。
ノウトは立っているのもやっとだった。信じたくなかった。信じたらそれが真実になってしまいそうでおそろしかった。
フウカはスクード、それからリアとノウトと目を合わせてうなずいた。フウカ以外が扉から離れた。
そして、フウカが風を操って、扉を吹っ飛ばした。
扉の向こうに部屋がある。当然だ。フウカ、スクード、ノウトの順番に部屋に入った。リアは俯いて、廊下に立っていた。
「うっ……」
ノウトは鼻を抑えた。また、同じ臭いが漂っていた。部屋は明かりがついていた。何かのビンが部屋の隅で散乱している。
部屋の真ん中、床の上に、黒い塊があった。ちょうど、人の大きさくらいだ。布地も見える。
「う、そだろ……」スクードが後ずさって、壁に背中を預けたまま、膝から崩れ落ちた。
フウカは言葉を失って、立ち尽くしている。
この、焼け焦げたような、黒いそれが、……マシロなのか? 信じられない。信じることなんてできない、不可能だ。
ノウトはマシロに助けられた。お礼を、ちゃんと言いたかったのに。心が、……心が軋む音がする。泣きわめきたくなった。でも、いくら泣いても、失ったものは帰ってこない。マシロは、もう………。
「くそっ! クソッ!!」スクードは髪を掻きむしった。「なんで……、なんで、マシロが………っ!」
ノウトは心臓を抑えた。いや、心臓を抑えることなんてできない。心臓を抑えるように、胸を抑えただけだ。心拍がまるで警鐘のように鳴る。ノウトの中で鳴り響く。
「──レン」ノウトは呟いた。「レンは……!?」
気づけばノウトは脇目も振らずに駆け出していた。
廊下を全力で走った。駆けていた。部屋の前まで来た。扉は鍵がかかっていた。
「レンっっ!!」ノウトはドアを叩いた。「レンっ!!」
思いっきり叩いた。
「おい! いるんだろ!? 返事してくれよ!!」
返答は、当然のようにかえってこなかった。
ノウトは扉に体当たりした。五回ほど体当たりすると、ドアが半壊した。ノウトの肩もまた軋んだ。
「ああ……」
ドアを開けた直後、眼前に迫るのは、残酷な現実だった。瞬間、背筋が凍るような感覚がした。悪寒が電撃のように全身を駆けた。
ノウトの足元には、黒くて、歪んでいる、人の形をしたかたまりが、転がっていた。
ノウトは口許を抑えた。吐きそうだった。吐いてしまいそうだった。
眠る前に、話していたのに。やっと心の内を打ち明けられたのに。魔皇のことを倒さないって約束してくれたのに。
……明日、また会おうって言ってたのに。
その明日は、──レンが迎えたかった明日は既に今日となってノウトを襲っている。
「なん、だよ、これ……」
──この晩、レン、パトリツィア、マシロの三人の勇者が命を落とした。
〈̶闇̶〉̶の̶勇̶者̶ ロ̶ー̶レ̶ン̶ス̶・̶ヴ̶ァ̶ン̶=̶レ̶ー̶ヴ̶ェ̶レ̶ン̶ツ̶
〈̶剣̶〉̶の̶勇̶者̶ パ̶ト̶リ̶ツ̶ィ̶ア̶・̶ジ̶ク̶リ̶ン̶デ̶=̶ソ̶ウ̶ド̶=̶イ̶グ̶ナ̶イ̶ス̶ト̶
〈̶幻̶〉̶の̶勇̶者̶ チ̶サ̶キ̶・̶マ̶シ̶ロ̶




