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第32話 対竜勇者強攻共同戦線



「行くって……」


 ナナセが目を丸くした。


「……そんなの、自殺行為だ」


「そうっすよ……。あんなどデカいの、……倒せるわけないっす」半分放心状態のスクードもなんとか声に出して言った。


 ノウトは『触れたものを殺す能力』、《弑逆(スレイ)》を持っている。額面通り捉えるならば、触れさえすれば、どんな生き物だって命を絶つことができるはずだ。《弑逆(スレイ)》ならば、あの巨竜も殺せるかもしれない。

 リアは目をつむってつらそうな顔で口を開いた。


「だめ」リアがノウトと目を合わせた。「危険すぎるよ。だってノウトくんは……」


 ノウトの持つ神技(スキル)には確かに可能性がある。だがそれは一縷の望みだ。ノウトの《弑逆(スレイ)》は殺す相手に触れる必要がある。

 ノウトには、パトリツィアのように超人じみた動きで素早く動くことも、ダーシュのように鉄を生み出して空を飛ぶことも、フウカのように宙に浮かぶことも出来ない。

 つまり、攻撃がきたら避けることも、躱すことすらもできない。

 巨竜はあの巨体で暴れ回っている。ノウトなんて、触れられただけで簡単に裂かれてしまう。近づくことすら難しいだろう。


「……でも、だからって、ただここで突っ立ってるわけにはいかない」


 その言葉が喉の奥から出てきた。


「確かに、ノウトなら可能性はあるね」レンは自分の顎を触った。「でも、どうやって近づくつもり?」


「えっ」スクードが驚いた。「ノウトの神技(スキル)、そんなに強力なんすか!?」


 ノウトはうなずいた。強力かどうかはそれぞれの尺度によって異なるが、一撃必殺であるのは確かだ。ノウトの神技(スキル)のことを知っているのは勇者の中ではリアとフウカとレン、それにシャルロットだけだ。他のパーティの人たちはノウトの神技(スキル)を知らない。軽く思案して、ノウトが口を開く。


「触ることさえできればたぶん、俺はやつを倒せる」ノウトは拳をぎゅっと結んだ。


「じゃ、じゃあ俺が守りながら連れてくっすよ」スクードは遠くの巨竜を見上げた。「それならあそこまで辿り着ける」


「だめだ。スクードはここで民間人を守っていないと」レンが言った。「ノウトとは、俺が一緒に行くよ」


「レン……」


「俺は影の中に入れるから、それでやつの攻撃を避けられる。それに、ノウトも影で守れる」


「……確かに」シャルロットが腕を組んだ。「それなら、行けるかもしれないわね」


 ノウトは黙ってうなずき、彼の作戦に乗った。


「それじゃあ、わたしも行く」リアがノウトを見た。


 ノウトはレンと目を合わせた。確かにリアも着いてくればノウトとレンのどちらかが万一に負傷した場合すぐに治癒してくれる。

 でも、リアは何千人と人々に神技(スキル)を使ってかなり疲労している。さすがに連れて行くのははばかられる。


「わたしの体調なら、大丈夫。自分にも神技(スキル)使って体調は治せるから」


「……いや、だめだ。それでリアに何かあったら」


「やだ」リアはノウトの双眸をまっすぐと見た。「もう、死なせないから」


 もう、という言葉に何かが言い含められている気がしたが、そんな違和感はすぐに払拭して、ノウトは瞼を揉んで、リアを見た。


「……分かった。じゃあ、俺とリアとレンで行こう。レンもこれでいいか?」


「うん、大丈夫」レンはうなずいて、胸に手を置いた。「…それじゃ善は急げだ。スクード、シャルロット、ナナセ。ここは頼んだよ」


「了解っす! お気をつけて!」


 スクードの声を追い風に、ノウトたちはその場から離れた。

 目指すのは巨竜の足元だ。なんとか近づいて、ノウトが一瞬でも触れられればこちらの勝利だ。

 それにしても建物の瓦礫や残骸がひどい。起伏がありすぎる。思わず転びそうになる。足元に気をつけながらノウトは駆けた。

 パトリツィアたちはまだ巨竜と戦っている。ただ、攻撃を避けたり凌いだりするので手一杯のようだ。パトリツィアの目にも留まらぬ斬撃も、ダーシュの操る巨大な剣も、巨竜には傷一つつけられない。

 どうして、あんな化け物がここに来たのか。竜車騎手であるウルバンは以前にも飛竜が来たとのことを言っていた。

 つまり、定期的にこの街は襲われているのだ。そこには、何の意味があるのだろう。食糧にありつくためか、それともこの領地を奪おうとしているのか。記憶も何もないノウトが何を推測したって正解は判然としない。


「くるぞ!」レンが叫ぶ。


 見ると、灼熱の炎がこちらに迫っているのが見えた。レンに手を引かれて、ノウトは一瞬だけ宙に浮いた。違う。地面に、影の中に入り込んでいるのだ。ノウトと、それからリアがレンの操る闇に吸い込まれた。

 闇の中は何もなかった。違う。何も見えなかった。息が出来なかった。右も左も、前も、後ろもわからなかった。呼吸ができない。暗くて、でも、リアとレンがそこにいるのは分かった。ノウトが影の中にいたのはたった数秒だろう。しかし、かなり長い間そこにいたような気もした。


「よし」レンがリアとノウトを影の中から引っ張り出した。「炎は、去ったみたいだ。二人とも大丈夫?」


「あ、ああ」ノウトはかぶりを振って、すぐに走り出した。


「影の中ってあんな感じなんだね」


「うん。つまらないところだろ?」


「暗くて、こわかったけど」リアが一瞬息をついた。「でも、少しだけ暖かかった気がする」


「それは、まぁ。確かに」ノウトはリアの言い回しが気に入って、すぐにうなずいた。


「そっか。まぁ、そう言われると悪い気はしないね」レンは走りながらそう呟いた。


 それから、ノウトたちは幾度と巨竜の攻撃を回避しつつも徐々に近づいていった。

 慎重に、時には大胆に動いた。

 瓦礫や地面の亀裂で進むの容易じゃない。むしろかなり大変だ。だからってゆっくり進んで行くのはだめだ。

 これ以上被害を出さないためにも、パトリツィアやカンナたちが注意を引いている間にたどり着く必要がある。

 ノウトらは命がけで走った。すると遠くで、嫌な光景が目に入った。


「カンナ!!」ノウトが名前を呼んだ。


 巨竜と戦っていたカンナが巨竜の薙ぎ払いで吹き飛ばされたのだ。


「カンナちゃん……!!」


 小さい身体が宙を舞い、こちらに落ちてきた。カンナは空中でひらりと身を翻して、電気をまといながらぴたりと着地した。

 血まみれだ。

 カンナはふらつきながらなんとか立っていた。満身創痍とはこのことだ。そして突然、ふっ、と糸が切れたように力が抜けて前から倒れた。それをリアが抱きすくめてすぐに軌跡(イデア)で回復させた。


「生きてる、のか?」


「……大丈夫」リアはカンナを抱きながら、こちらを見上げた。「でも、……だいぶ無理してるみたい」


「参ったな…。急がないとパティやダーシュたちも危ない」


「リアは、カンナとここにいて。ここからは俺とレンで向かう」


「待って。ノウト」レンがノウトの肩を掴んだ。「リアたちをここに放置するのは危険だ。竜の攻撃がここにきたら誰も二人を守れない」


「それは、…確かに」ノウトは右手で首を掻いた。「ごめん、考えが足りなかった。でも、それじゃ先に進めないな」


「一回リアたちをスクードの元に送ってからじゃあまりに時間がかかるし……」


「私がアヤと行くよ」


「……はっ?」


 ノウトは自らの目と、それから耳を疑った。

 そこに立っていたのマシロだった。


「君が、マシロ?」


 レンはマシロを初めて見たようだ。

 〈幻〉の勇者である彼女はノウトたち勇者が噴水の目で集まっていた時も近くにいたようだが、彼女自身の能力が暴走して今まで見えていなかった。それと同じように今も突然現れたのだ。


「私だったらアヤを連れてあのドラゴンの足元までいける」


「アヤって」ノウトは首を傾げた。「俺のこと?」


「うん」


「前も言ったけど、……俺、ノウトって言うんだけど……」


「ふぅん」


「ふぅん、って……──い、いやというか、マシロは今までどこにいたんだよ」


「ごめん。ずっと隠れてた。でも走ってくアヤたちを見て、居ても立っても居られなくなって私もついてきた」


 ノウトは一瞬言葉を失った。


「そんな無茶な……」


「ローレンス君はリアさんとカンナと一緒にいてあげて。私とアヤで行くから」


「分かった」レンはすぐに頷いた。


「レン……!?」ノウトは思わずうろたえる。「無茶だろ、そんなの。何よりマシロが危険だ」


「いいか、ノウト。マシロは俺が影で守らずともここまでたどり着けた。竜の息吹の中をだ。彼女の能力はそれだけで折り紙つきだよ」


「…それは……まぁ、確かにね」


 横目でマシロを見る。マシロの綺麗な肌には傷一つついていない。あんなに命懸けでノウトはここまで走ってきたのに、マシロはなんだか涼しい顔をしている。

 それに、これ以上被害を増やさないためにも、ここで逡巡してはいる場合じゃない。決断だ。決断しろ、ノウト。

 ノウトは胸に手を置いて、マシロの目を真っ直ぐに見た。


「……それじゃ、頼むよ。マシロ」


「わかった、アヤ。任せて」


 マシロはノウトの手を取って、ノウトと共に走り出した。



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