第31話 不死王と竜姫は踊る
遠くの方で、パトリツィアやダーシュたちが飛竜と戦っているのが見える。相手の数もかなり減ってきたようだ。流れで決まってしまったが、戦闘班はパトリツィア、ダーシュ、カミル、フウカ、テオ、カンナのようだ。見ていれば分かるが、フウカの風を操る能力は本当に便利だ。戦闘時にも有効的だし、怪我人を運ぶのにだって適している。
ノウトは引き続き怪我人をスクードとそれからリアの場所へ連れていって治療していった。ただこちらは治癒役がリアひとりに対して負傷者は何百人といる。当然追いつかない。死者も多く出ている。
ノウトは死の音を間近で感じつつも、胸を抑えてなんとか耐えた。
途中でカミルがこちら側に来てくれた。カミルは〈樹〉の勇者で、樹木を生み出して操ることができるが、それ以外にも樹木のエネルギーを他者に与えて、それで怪我を回復させることもできるみたいだ。リアの持つ軌跡ほどの効力は持っていないが、それでもかなり助かった。
カミルがいなければ相当にやばかっただろう。改めて治癒系の神技は便利だと思った。
そして、ノウトの持つ『触れたものを殺す能力』、弑逆の使い道のなさに心底失望し始めていた。
突如始まった飛竜との戦闘も終点に迫りかかっていた。〈雷〉の勇者であるカンナは稲妻を操り攻撃するだけでなく、自らの身体の一部や全身を雷と化して移動したり、肉薄したりできるみたいだ。
あんなの、どうやって太刀打ちしたらいいんだ、とノウトは人知れず頭を悩めた。
それから、ノウトは勇者を全員説得しなければならないことを思い出した。
そう、魔皇の配下だからといって勇者と敵対する必要はないんだ。
魔皇も勇者を殺したいわけではない。魔帝国に生きる民たちの命を守りたいだけなのだ。
それさえ伝えられれば、いっさい争うことなく勇者と魔皇は手を取り合えるはずだ。ノウトは勇者の中でも特異的な存在であるとヴェロアが言っていた。さらに言えば、魔皇を倒さずとも記憶を取り戻せると。
ノウト自身、記憶は大いに取り戻したい。ヴェロアや、それから彼女が言っていたかつての仲間たちのことを思い出したい。そう思う。
ノウトがリアやナナセ、スクード、それにミカエルたちと協力して引き続き怪我人を助けている時だった。
「グァァ゛ァァァァアァァァアア゛アアァァァッッ!!!」
と、飛竜の咆哮が聞こえた。耳を劈くような金切り声だ。ノウトは振り返った。パトリツィアが最後の飛竜を斬り刻んだのだ。
「もしかして……」ミカエルが振り返った。
「お、終わったんすか……!?」スクードが大きな声を上げた。
「……そう、みたいだが」
ノウトは深く息をついた。この、突然始まった飛竜との戦いがやっと終わりを迎えたのだ。なぜ、だとかどうして飛竜はきたのかとか考えているほど頭は回っていなかった。
今はとにかく人命救助が先だ。怪我をしている人はまだたくさんいる。
「───待って」
不意に、シャルロットが声を出した。
「どうしたの、シャル」レンが尋ねる。
「まだ、何かある気がする。……風が揺らいでいるような───」
ズドンッッッッッッッッ────!!!
と、轟音と共に何か巨大なものが突然空から現れて、着地した。
「でっ……──」
大地が揺れて、ノウトは手のひらを地につけた。何が──……何が起きた……?
ノウトは顔を上げて前を見た。そこには、先ほどまで戦っていた飛竜より二回り──いや、何倍も大きな巨大な飛竜がこちらを見下していた。
ばくんばくんと心臓がけたたましく悲鳴をあげている。なんだ。あれ。意味が分からない。でかい。でかいにもほどがある。全長は七十メートル近くありそうだ。巨竜だ。巨大な飛竜が、そこにいた。
巨竜は大きく口を開けて、首をうねらせて、息を吸い込んでいる。
その喉の奥でちらちらと光が揺らめいている。何だ。何かがくる。何か、攻撃が。巨竜は吸って、吸って、吸いまくった息をついに吐き出した。火。炎だ。炎がくる。
「……スクード!!」ノウトは叫んだ。
スクードはノウトに言われるが前に金色の半透明な壁をつくりだして、ノウトたちを守った。その壁もまた巨大だ。街をまるごと覆っているかのようだった。
「あっつぁ!!」ナナセが叫ぶ。
熱い。熱いにもほどがある。
喉が、一瞬でカラカラになった。焼き尽くされてもおかしくない熱量だ。スクードが盾を張ってくれなければ確実に灰燼と化していた。
「はぁ……ッ…………はぁ…………ッ…………」
ノウトは、……肩で息をしていた。息が苦しい。酸欠だ。目も、鼻も、……口も、思いっきり乾燥している。
まばたきをするのが怖い。恐ろしい。涙を流さないと眼球が崩れていきそうだった。ああ。くそ。なんで、こんなことになってるんだっけ。わけがわからない。
「……みんな、大丈夫か?」ノウトはそう言って、目を開けて周りを見た。
「だ、大丈夫」「なん、とか」
アイナは相変わらず気絶しているけど、リアも、ミカエルも、スクードも、ナナセも、レンも、シャルロットも、ここにいたものは全員無事のようだ。
よかった。みんなちゃんと生きてるみたいだ。スクードのおかげだ。
「あんなの、どうすれば……」ミカエルは放心している。
「……でも、なんとかしないと、俺たちは──」
「………じゃあ、どうやって?」
手の甲で額をぬぐう。呼吸をする。
巨竜は、山のように大きかった。やつにとってノウトたちは豆粒にしか過ぎないだろう。人間が山に向かって立ち向かうなんて、考えるより前から無理だと分かる。自明の理だ。
でも、彼らは違った。
まず動いたのはカンナだった。彼女は恐れ知らずだ。稲光のように素早く移動した。上体をひねるように捌いて、それから巨竜の土手っ腹に雷をぶち込んだ。
次にダーシュがタクトを振るうように大きな鉄の刃をつくりあげて操って、巨竜の腕に突き刺しそうとした。
フウカが竜巻のような風刃で叩き切ろうとした。
パトリツィアは目にも止まらなく動きで剣撃を繰り出した。
テオが力強いパンチを喰らわせた。
カミルが樹木で生み出した槍を巨竜に喰らわせようとした。
ノウトは我が目を疑った。
土埃の向こう側に巨竜は立っている。
結果から言えば、巨竜は一切ダメージを受けていなかった。その強固たる鱗が全ての攻撃を弾いていた。
「効いて、ない……」スクードがうわずりながら言葉にした。
「あぶない……っ」リアが声をあげた。
巨竜が、その巨体には似つかわしくないスピードで動き出した。動くだけで、ここまで風がくる。上体をひねって、腕を突き出した。掠りでもしたらひとたまりもない。巨竜はその爪で攻撃しようとしたのだ。幸い、前線にいたパトリツィアたちには当たらなかったみたいだ。
その後も、彼らが攻撃を与えていたが、少しのダメージも見込めなかった。かすり傷にもならなかった。
じりじりとこちらが追い詰められていくのがわかる。
住民はなんとか街の外へと避難させられた。
ノウトたちは固唾を飲んでパトリツィアやダーシュたちの戦闘を見守っていたが、そんな折、ノウトは、ひとつの考えが思い浮かんでいた。
「……みんな」
ノウトはリアと目を合わせた。リアはそれだけで、ノウトが何を言いたいのかが分かったみたいだ。
「俺が行くよ」




