第30話 レスキュー部
〈剣〉の勇者であるパトリツィアは直剣を片手に飛竜を圧倒した。剣閃が輝いて、次々と飛竜たちの息の根を止めた。
彼女は人並外れた動きで次々と飛竜を斬っていたが、飛竜の方もやられるだけじゃない。炎も吐くし、爪や牙で攻撃してくる。パトリツィアがそれらを避けると飛竜に挟み撃ちにされた。まずい。パトリツィアがやられる、とノウトは思ってしまったが、それは早い話杞憂だった。
ドォンッッ! と地面から巨大な槍が生まれてパトリツィアの背後にいた飛竜の下顎にぶつかった。飛竜はよろけて体勢を崩した。
巨大な槍の正体は巨大樹だった。いくつもの樹を縒ってつくりだした槍だ。すっと視線を落とすと巨大樹の根元にはカミルが立っていた。
「それで、カミルっちは〈樹〉の勇者。見てわかるとおり、ああやって樹木を操れる」ニコが言った。
「……なるほど───」
とノウトは頷いたが、すぐに我に返った。
「って、……俺たちも、戦わないと!」
言うと、ニコは横目でノウトを見た。
「ノウトは移動系の神技持ってるの?」
「……移動系?」
「カミルっちだったら生み出した樹を操って移動できるしダーシュも同じように移動できる。パティも剣を持てば落下時のダメージはないに等しいし」
言われて、ノウトは自らの神技を省みた。
ノウトの神技は《弑逆》という『触れたものを殺す能力』だけだ。
落下ダメージを抑えられる神技も持っていないし、屋根伝いに簡単に移動できる神技も持っていない。ほぼ、平均的な人間と同じだ。
「俺は、そういうのはないけど」
「だったら無駄死にするだけだからやめときなよ」
ニコはノウトの身を案じている。
だがしかし、このまま突っ立っているだけじゃいけないことをノウトは知っている。
「でも、俺が出来ることもあるはずなんだ」
「死にたいの?」
「違う」ノウトはかぶりを振った。「敵を倒すだけが戦いじゃない。困ってる人はたくさんいる。俺は、死んだように生きたくないだけだ」
言うと、ニコはふっ、と吹き出して笑った。
「ノウトは変わらないね」
「えっ?」
「……ぁー……」ニコは目線を下げて、左手で首をさわった。「…ごめん、今のなし。…あれ? なんでだろう、ボクはキミのこと知らないはずなのに……──」ニコは額を手のひらで抑えた。
「それってどういう──」
「……ま、気にしないで。それより、ノウトは早く行ってきたら? ボクは〈氷〉の勇者だからものを凍らすことしか出来ないし、ここで待ってるけどさ」
「ノウトくん」リアがノウトの肩をとんとんと軽く叩いた。「行こう」
「分かった」
二人でなんとか道の上に戻って、道の先を見た。飛竜はノウトの想像以上にいた。少なくとも二十匹はいる。
「リア、俺たちは救助に回ろう」
「うん、そうだね」
ノウトとリアは道で倒れている人達の救助に当たった。人がごった返しになったときに人波にもまれて怪我をした人や、飛竜からなんとか逃げてきて負傷したひとたちをリアが《軌跡》で回復させて、ノウトが避難誘導した。
確かに、ノウトが飛竜と戦うのは自殺行為だ。ノウトは飛竜に触れられさえすれば殺すことができるが、触れること自体がどれほど難しいかは語らずとも分かるだろう。飛竜に触れる前にノウトは炎のブレスで焼き殺されてしまうだろうし、爪や牙で簡単に引き裂かれてしまう。その際に弑逆を発動させて殺すことは出来ても良くても相打ちだ。こちらが死んでしまったら殺しても意味がない。
でも、飛竜と戦えないからって何も出来ないわけじゃない。負傷したひとたちを救い出すことは少なからずできる。
そんな時、突然ぽふん、と空中に少女が現れた。魔帝国の皇帝であるヴェロアだ。
「ヴェロア!」
ノウトは思わず口に出してしまった。リアが隣にいるけれど、なんとか察してくれたらしい。少しだけ距離を離してくれた。リアがノウトの仲間でよかったと、ノウトは胸をなでおろした。
『これは……』
ヴェロアは辺りを見渡して、絶句した。
『……あれから、何が起きたんだ?』
(……ドラゴンが襲ってきたんだ。飛竜だよ)
その時、自然とノウトの口からドラゴンという単語が出てきたことに自分でも驚いた。
『飛竜……、竜連国か。ここにいるということは、まさか封魔結界の内側にも住み着いているのか。いやそれとも意図的に住まわせている? どちらとも断定できないがレーグ半島の人民も被害を受ける側というわけか……』
ヴェロアは空中にふよふよと浮きながら小さく独り言を呟いた。それから、『とにかく』と言ってノウトを見た。
『人々の救助が先だな。……っと』
ヴェロアはノウトが言うより早く言葉を挟んだ。
『すでに救けているみたいだな。それでこそノウトだ』
(何も、しないわけにはいかないからさ)
『行動に移せるだけで凄いことだよ』ヴェロアは微笑んだ。『映し出されているだけの私が何か出来るわけではないのがもどかしいな』
(魔皇が人間領の人たちを救けたいなんて、ちょっと変な話だ)
『私は勇者に恨みがあるだけで人間を根絶やしにしようなどとは思っていないからな』
(……なるほど)
『ノウト』
とヴェロアは改めて名前を口にした。
『きみは、きみにできる限りのことを為せ』
分かった、と口に出さずともヴェロアはそれを感じてくれたようだ。満足した様子で、ヴェロアの姿は見えなくなってしまった。ノウトは隣にリアが居たのもあって上手く話せなかったと内心で反省していたが、今は顧みている場合ではない。
避難誘導をしていると、ノウトたちと同じように負傷している人を助けているレンとシャルロットの姿が見えた。
「レン! シャルロット!」
「ノウト、リア。無事で良かった、怪我はない?」
「怪我してもわたしの神技で治せるから」
「そうだったね」レンは安心したように息をついた。
「リアたちも避難誘導してるの?」シャルロットは服が少しだけ汚れている。
「そんなところ」ノウトが周りに目を配りながら頷いた。「俺じゃ加勢できそうにないしな」
言うと、レンは一瞬黙って言葉を考えたが、小さく微笑んで「俺たちもそんな感じだよ」と応えた。
「向こうでスクードたちが怪我人たちを集めてるの」そう言って、シャルロットはリアを見た。「リア、頼める?」
「うん、もちろん」
「じゃあ、俺もリアに着いてくから、こっちの区画はレンとシャルに任せた」
「了解」「分かったわ」二人は頷いて、飛竜に荒らされた敷地に入っていった。
「それじゃわたしたちも行こう」
「おう」
ノウトは頷いて、人を連れて二人で一緒に駆けた。しばらくすると、不思議な光景が目に入った。半壊した建物の上で金色の光を放つ半透明の天井が浮いて、広がっていた。
その下に何人もの負傷人が見えた。リアはそれが目に入った瞬間に駆け出して、神技で彼らの怪我を治療していった。
「リア、それにノウトも」半透明な天井の真下にスクードが立っていた。
「この金色の天井は、もしかしてスクードの神技?」
「さすがに隠しておけないっすね。そうっすよ。俺は〈盾〉の勇者で、こうやって人を守れる半透明な壁を張れるんすよ」
「人を守れる、か。めちゃくちゃカッコイイ能力だな」
「いや〜それほどでもないっすけどね」スクードはにひひと笑って、視線を落とした。「でも、相変わらずリアの神技は凄いっすね」
スクードの守ってきた人たちの怪我や負傷をリアは一瞬で治した。
リアの軌跡という完全治癒させる能力は対象に触れる必要があるから全員をいっぺんに治すことは出来ないが、それでも意識が戻ったひとは次々にリアに感謝を伝えている。リアは少しだけ困りつつもなんだか嬉しそうだ。
「それにしても、どうしてこんなことに」
「ほんとだよな」
「でも、俺たち勇者が、ちゃんと勇者できてるのはすっごい良いことじゃないっすか?」
「うん」ノウトは自分の首を片手で撫でた。「そうだな」
スクードは瞼を揉んで「そうだ」と話し始めた。
「俺はこの壁張っててここから動けないんで、動けなくなった人をここに運んできて欲しいっす」
「わたしはここにいるから」リアはこちらの話を聞いていたようだ。「ノウトくん、頼んでいい?」
「分かった。怪我人はここに連れてくるよ」
「ありがとう、ノウトくん」
リアとスクードに軽く手を振って、ノウトは踵を返してその場を離れた。ノウトがすべきことをきちんと見極めて行動するんだ。今できる最適の答えを一秒一秒導き出せ。ミスをすれば、取り返しはつかない。というよりも、取り返しがつくことなんて、そもそも存在しない。
ノウトは瓦礫に埋もれた人や重症の負傷人を次々にリアのもとに連れていった。ミカエルは触れたものを消す神技を持っているらしく、瓦礫の撤去に尽力してくれた。彼は身体が小さくて人は担げなかったが、彼の能力はかなり頼りになった。
そう言えば、フェイのパーティがさっきから見当たらない。
フョードルやジークヴァルトたちは先にフリュードを発ってしまったのでここにいないのは必然だが、フェイたちは違う。
ナナセの声も人波にもまれているときに聞こえていたのだが、今は姿も見えない。フリュードはそれなりに大きな都市なのでここではないところにいるのだろうか。
ノウトは駆けて、レンやシャルロットたちと協力しながら人々を助けていた。いつ終わるのかも分からないこの戦いもじきに終わりが見えてきた。飛竜の数もだいぶ減ってきたのだ。
そんな折だった。
「だれかぁ!!」
声が聞こえた。聞き覚えのある声だった。
「誰かいないか!?」
ノウトはその声の方へ走っていった。そして、そこには、ナナセとアイナがいた。
「ノウト!」
アイナは怪我をしていた。頭を打ったのか、血が流れている。ぜぇはぁ、と肩で息をしていた。息も絶え絶えだ。アイナの肩をナナセが組んでなんとか立たせている。
「アイナが……アイナが怪我したんだ。治癒できる神技、ノウト持ってないか?」
「いや、俺は持ってない」ノウトは背後を見やった。「でもあっちに行けばリアがいる。リアの神技ならアイナを助けられるよ」
「よ……よかった」ナナセは安堵したように肩の力を抜いた。
「じゃあ、アイナを担いでくれないか?」
「か、担ぐ?」
「ほら、背中にさ。じゃないとアイナが倒れそうだ」
「えっ…でも」ナナセはアイナを背中に乗せるのをためらってる。
「無理そうなら俺が背負ってくか?」
「い、いや、いい」ナナセは首を振った。「俺が連れてくよ」
ナナセはよいしょ、とアイナを背中に優しく背負った。ノウトが先導してリアのもとへと彼らを連れていった。アイナを見たリアは声をあげて驚いた。リアはすぐに軌跡でアイナを治癒させた。
「ありがとう、ノウト、リアさん……」とナナセは泣き崩れそうだった。
「いい仕事したっすね」
スクードがなんだか嬉しそうに微笑んだ。ノウトもまた誇らしかった。リアとふいに目が合って、リアは額の汗をぬぐいながら花のような笑顔で笑ってみせた。




