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第29話 竜と、そして勇者と姫と



「な、んすか、あれ」


 スクードが声を出した直後、心臓が、ずんっ……と、重く痛むほど驚いた。

 それ同時にドォォォォンッッッ───と、大地が揺れる。揺れまくる。影が、地面に着地したのだ。

 何が起きたのか、分からなかった。ノウトたちは体勢を崩しながらも、辺りを見渡した。

 ノウトたちに差した影の正体は、大きな蜥蜴(とかげ)だった。

 いや、そうか。あれは蜥蜴ではない。どちらかも言えば、ノウトたちの使っていた竜車を動かしていた走竜によく似ている。でも、フォルムが少し違う。翼が生えていて、赤い光沢のある黒い鱗に覆われている。


「きゃあああああ!」誰かの叫び声が聞こえる。「敵襲!! 敵襲だ!」「飛竜だ!!」「飛竜がきたぞ!!」怒号が聞こえる。「騎士団と対竜隊をよこせ!!」「伝達しろ! 領主に伝えるんだ!」「うわぁぁぁ…!」金切り声が聞こえる。「逃げろ逃げろ死ぬぞ!!」


「ぐぅ……ッ!」


 ノウトは頭を抑えた。貧血になったときと同じような感じだ。何か、嫌な記憶が一瞬脳裏に蘇った気がした。ふいに身体の力が抜けて、倒れそうになった。


「大丈夫か、ノウト!」レンに身体を支えられた。


「だ、大丈夫。それより……」ノウトは深く呼吸をした。


「突然、何が起きたんだ……」ミカエルが皆の気持ちを代弁するように告げた。


 すると、蒼白な顔色のウルバンがそれに答えるように口を開いた。


「あれは、東の方から現れる()()です。ここ何年も現れていなかったにどうして……」


「ひりゅう……」ノウトは馬鹿みたいに繰り返した。


 なんとなく聞き覚えがあるような、ないような。とにかく何か普通じゃないことが起きているのだ。

 竜という存在をまるで知らないノウトたちですらも、やつがある特殊な位置を占めている生物であるということは一目瞭然だ。

 あれこそが竜だといわれたら誰もがそうだと納得するだろう。竜は我々の本能に刻まれている。

 飛竜は建物をまるで、ゴミ屑のように踏み潰して粉々にした。ひねり潰した。人が喰われた。炎を吐いている飛竜もいる。街が焼き尽くされる。

 市場を思い思いに行き交っていた人々が激流と化した。あっという間だった。

 道は逃げ帰る人でごった返しになっている。ノウトたちは人波にもまれた。もう押されるがままに移動するしかない。

 人が何人か人波によって踏みつけになっている。ノウトはそんな人を何人か手を差し伸べて立ち上がらせた。

 飛竜は一匹じゃない。何匹もいる。少なくとも十匹以上だ。

 そいつらは見境なしに人と、それから街を襲っている。ここからは少し離れているけど、飛竜のサイズ感が遠近感覚を狂わしている。だめだ。心臓がうるさい。上手く頭が働かない。本当はもしかしたらここからかなり近いところにやつらはいるのかもしれない。


「おいおいおい………」


 なんだ、これ。なんだよこれは。意味がわからない。意味不明だ。血の匂いや、焦げ臭さが周囲を漂う。


「なにが……起きてるんです!?」フウカの声が聞こえた。近くにいるようだ。


「こんなの、めちゃくちゃだよ!」ミカエルが人混みの中で手を上にあげて主張している。


「いったいなぁもう!」ニコが叫んだ。


「ちょっ、みなさん落ち着いてくれっす!」スクードが慌てゆく民衆をなだめようとする。


「だめだよ! 慌てないで!」カンナがスクードに掴まりながらなんとか人々の流れに抗おうとしている。


「アイナ!? どこだ!! どこいったんだ!?」ナナセの大きな声が響く。


「きゃぁ!」マシロが声をあげた。


「シャル! 手に掴まれ!」レンの声だ。シャルロットを上手いこと守っているようだ。


「みなさん大丈夫ですか!?」パトリツィアがいる。近くみたいだ。


「大丈夫ですけど、これはっ!!」カミルが声を張り上げる。


「リアっ!!」


 ノウトは自然と彼女の名前を呼んでいた。


「リア、どこ行ったんだ!?」


 リアは大丈夫なのか。分からない。見えない。聞こえない。

 ヘタに流れに逆らったら、突き飛ばされる。蹴っ飛ばされる。踏みにじられて、死んでしまいかねない。それはだめだ。とりあえず、流されるままに進むしかない。

 みんな、どこかに逃げようとしている。でも、逃げるってどこにだ? ここは白亜の都フリュードだ。城壁に囲まれていて、この中で民草は朝昼夜を共にして、安全に暮らしていた。つまり、ここより安全な場所はどこにもない。その安全な場所の中に飛竜が入り込んで荒らしている。逃げる場所なんて、どこにもないのだ。

 もしかしたら、いや、もしかしなくても、これはやばい状態なんじゃないか。ああ、それにしても人が邪魔で、ノウトもすでに押しつぶされてしまいそうだ。骨が軋む音がする。ああ、くそ。どうする。何をするべきだ。



『───おい』



 頭の中で声が聞こえた。これは、絶対にヴェロアの声じゃない。男の声だ。声だけじゃ判然としないけど、知らない誰かの声だ。


『どうするつもりだ。黙って突っ立って、救けられるのを待っているのか? またロメリーを失いたいのか?』


 ()()()()? 誰だ、それは。分からない。分かるわけない。あんた誰だよ、なんて心のうちで叫んでも返答はなかった。

 何をすべきかなんて。そんなの、分かってる。こういう時に、勇者が何をすべきかは、当然分かっているつもりだ。



「俺たちで!! なんとかしないとッ!!」



 ノウトは声を張り上げた。目覚めてから、こんなにも大きな声を出したことはなかっただろう。


「言われなくても」ダーシュの声がどこからか聞こえる。「そんなこと……!」


 ダーシュは地面から鉄の刃を生み出して、それに乗りながらひゅんと空へ飛びたち、人混みを脱した。ひとつ屋根の上に乗って、手のひらを空へと向ける。すると、空中に幾百、無数の刃が生まれた。

 銀色の輝きを放つそれは敬虔な信徒のように刃を揃えて宙に浮いている。そして、ダーシュはばっ、と片腕を前に突き出した。一匹の飛竜の方だ。

 宙に浮かんでいた無数の刃はその鋒鋩(ほうぼう)を収斂させるように統一させて、待っていたとばかりに飛竜に向かって一直線に飛んでいき、突き刺さった。紅の鱗を持つ飛竜は赤い血を撒き散らした。


「グア゛ァァぁぁァァァァァぁぁあァァ!?」


 飛竜の叫び声が辺りに響いた。まだ死んではいないようだが、明らかにダメージは負っている。また、別のところでも飛竜が倒れている。それを聞いた人々はぴたりと足を止めた。


「おい、見ろ……」誰かが呟いた。「あれは、……勇者様じゃないか!?」「うおおおおぉぉぉお!! 勇者様だ!! 勇者様がいらっしゃった!!」「空に浮かんでる勇者様もいる!」呟きは歓声に変わった。「見てたか!? 刃を操って飛竜を殺したぞ!?」


 群衆の声がひとかたまりになる。〈風〉の勇者であるフウカは風を操り宙に浮いて、ノウトを人混みから引っ張りあげてくれた。


「だ、大丈夫でしたか?」


「なんとか、ね」


「それなら良かったです」


 フウカは屋根の上に下ろしてくれた。そこにはパトリツィアとニコと、それからリアがいた。


「リア!」ノウトはその名前を口にした。「……良かった。無事だったんだな」


「うん、ノウトくんの方こそ無事でよかった」


 安心した。全力で安堵した。リアは不死身で、神技(スキル)で怪我もすぐに治せるけれど、だからって怪我していいわけでも死んでいい訳でもない。


「姫、これを!!」


 ダーシュが剣をパトリツィアに手渡して、彼女がそれを受け取った。その場をもう離れてまだいる飛竜を狙って攻撃しに行った。


「ありがとうございます、ダーシュ」


 パトリツィアは直剣の柄を握って、ノウトを見た。


「さっき喝を入れてくれたのはあなたですよね、ノウト」


「えっと、……俺?」


「『俺たちでなんとかしないと』ってあなたが言ったじゃないですか」


「まぁ、そうだな。言ったかもしれない。咄嗟だったから、ハッキリしないけど」


「でも、あれでダーシュは動き出しました。(わたくし)もまた臆せず一歩足を踏み出せました。感謝します」


 パトリツィアは礼儀正しくも腰を曲げて、それから微笑んだ。それから、戦闘しているダーシュの方を見やった。


「彼は──ダーシュは〈(くろがね)〉の勇者なんです」


「……クロガネ?」


 ノウトが聞き返すと、ニコが答えてくれた。


「クロガネは鉄のこと。ダーシュは鉄を生み出して操れるの。まぁ、本人は刃状のものがつくりやすいってのでそういうのばっかつくってるけど」


「それで、(わたくし)は〈(つるぎ)〉の勇者。どんな能力かは──まぁ、見ててください」


 そう言って、パトリツィアはダーシュが生み出した直剣を片手に、その場で跳ねた。

 速い。

 屋根伝いにぴょんぴょんと、まるで忍者のように駆けていく。というか、忍者? 忍者のことはよく分からないけど、とにかく速い。パトリツィアは剣を構えて、飛竜一匹に向かって疾走した。凄い。もう、飛竜の目の前だ。


「えっ……?」


 ノウトは目を疑った。記憶がなく、剣の鍛錬なんてする暇もないし、それにあんなの人間の動きじゃない。どれだけ修行を積んでもあの域にはたどりつけないだろう。

 瞬きをした直後、飛竜の首が飛んでいた。パトリツィアが切り飛ばしたのだ。


「……すごい」


 隣に立つリアが感嘆の声を上げた。

 パトリツィアは飛竜から吹き出す鮮血を浴びながらもこっちを向いて手を振ってくれた。


「パティはさっきも言った通り〈剣〉の勇者」ニコが腕を組んで、誇らしげに言った。「パティは剣を持ってる時だけは剣聖になれる。つまり、超人的な動きができるの」


「それが、神技(スキル)ってこと?」


「うん、そゆこと」ニコが(うなず)いた。


 ノウトは落ち着こうと深く呼吸をした。


「それって、俺に教えてよかったのか?」


「別に」ニコはポケットに両手を突っ込んだ。「ボクがキミに教えたからってどうにかなるわけでもないと思うしねー」


「……それは、まぁ否定は出来ないな」


 ノウトは遠くの方を見るように目を細めた。

 向こうの方では雷が轟き、風が吹き荒れている。カンナやフウカも戦っているのだ。それに、フェイのパーティにいた赤髪の男、テオもどんな原理かは分からないが空を飛んで飛竜を叩き伏せている。

 一匹の飛竜がテオに踊りかかった。テオは身を翻してそれを躱す。テオが飛竜の首元に触れると突然飛竜はグッ、地面に引っ張られた。飛竜は首を真下に向け、そのまま地に激突する。どういった原理で倒されたのか分からないが、飛竜は絶命したようだ。


「つよ……すぎないか?」


 ノウトは舌を巻いた。そして、辺りを見渡す。


「そう言えば、ジルとかレンは無事なのか?」


「レンは知らないけどジルなら大丈夫。ジルは〈音〉の勇者で、音を操れて、それで逃げてるみたいだから」


「今はどこに?」


「さっきフウカに聞いたら後方で待機してるみたい。音を操るじゃ飛竜は倒せそうだし」


「でも、結構強力だな。五感のひとつを操れるんだから」


「ま、確かにね」


 ニコがかすかに頷いた。

 確かに、勇者たちはここに辿り着くまでに神技(スキル)については各々使いこなすまでにはなれたはずだ。

 だが、勇者は全員記憶がないから、戦闘に関してはこれが初めての経験だ。皆、ずぶの素人のはずなのだ。

 それなのに、あんなに巨大な飛竜と何匹も戦って善戦している。いや、むしろこちらが押している。

 初めての戦いでこれほどまでに戦えるなんて、勇者の持つ神技(スキル)というのは強力すぎる、と他人事のように思う。そのほとんどがまるで天変地異のようだ。時間を戻す前に魔皇が、ヴェロアが勇者たちにやられてしまったというのもうなずける。

 さっきまであんなに恐ろしく見えた飛竜が小枝のように壊されていく。

 ……勇者は、強い。強いにも程がある。


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