第25話 過ぎ行く景色と遥かな情景
竜車はノウトの真意を悟ることなく、前へ前へと進んでいく。
進んでいく途中でいくつか村が見えて、デルルと呼ばれる村に、レンが影の中に入れていたコリーという少年を下ろした。ミカエルのことを後ろから刺した異教徒の少年だ。
彼の知り合いがその村にいたので引き取ってもらった。リアが死刑から救った彼だが、今思えば助けて良かったと思う。死ぬよりは、生きている方がいいに決まっている。途中で幾度か休憩を挟んだ際に、ミカエルにコリーと会ってもらった。コリーは深く頭を下げると、ミカエルは快く許してくれた。寛大な心にコリーは心を改めたようだった。ひとまず、これで問題は一個解決したといっても大丈夫だろう。
竜車が進んでいくと、地平線の彼方に海が見え始めた。
今日の昼頃には白海の国シェバイアの首都フリュードに着けるだろう。フリュードに着けばシャルロットの出す食事のレパートリーも増えるはずだ。正直な話、ここ何日か同じ料理で飽き飽きしていたところだった。
野営地から出発してから何日かが経とうとしていた。会話をしたり、客車内で〈神技〉のちょっとした練習をしたりして───ノウトはしなかった、というか出来なかったが───時間を潰していたらあっという間だった。今は全員ぼーっとしていたり、時々談笑したり、または目を瞑って寝たりしている。
そんな折、ノウトが意味もなく竜車の外を窓越しに眺めていたら、肩をとんとんと叩かれたので「ん?」と振り返ると、彼女がそこに立っていた。
髪や肌は雪のように白く、その頭に生える二本の角は対照的に漆黒な彼女。そう、魔皇ヴェロアだ。
何日か一度も会うことがなかったため少し心配をしていたが無事そうでほっと肩を撫で下ろす。
突然現れたことに少し驚きはしたが流石にもう慣れてしまった。
「ノウト、どうかした?」
隣に座るシャルロットがノウトが急に振り返ったことに疑問を持ったのか怪訝そうな顔で質問する。
「いや、なんでもない」
そこにヴェロアはいるはずなのに、ノウト以外誰も見えていない。改めて思うと不思議な光景だ。
ヴェロアはにっと笑った。
『ノウト、おはよう』
(おはよう。……といってももう10時だけどな)
『仕方ないだろう。私は私でやることがあってだな』
(ごめん、別に咎めてるわけじゃないんだ。あと、こうしてるの周りから見たら不自然だから窓の外眺めながら会話する)
『ああ、問題ない』
ノウトはもう一度窓の外を眺める。だいぶ海岸に近づいているのが分かった。ノウトはひとつ決心がついて、口を開いた。
(──それで、ヴェロア。一つ報告することがあってさ)
『どうした、勇者の誰かを倒したのか?』
(ええっと、まぁ当たらずとも遠からずというか。……そこに銀髪の女の子いるよね)
『ああ、いるな。ノウトの後ろ姿を見ているようだが……』
マジかよ。今魔皇と交信していることもリアの察しの良さからしてバレている可能性はある。……いや、流石にないか。判断材料が少な過ぎるし。
(彼女、リアって言うんだけど。それで、リアに俺が魔皇の協力者ってことバレちゃってさ)
『……え、えぇっ!?』
ヴェロアは今までに見たことがないようなくらい普通に驚いた。
「ごめん、この前ヴェロアと会話した直後にバレちゃったんだけど」
『いや言うとる場合か。……ん? バレてるのならばどうして同じ客車の中にいるんだ…?』
(えっと、それが彼女、不死身でさ。俺の〈神技〉効かなくって。あとリア、俺達の仲間になりたいって)
『……ちょっと待て。流石の私も頭がこんがらがってきたぞ……』
ノウトはヴェロアにこうなった経緯や諸々をざっくりと説明した。実行しようとしている作戦の内容も報告する。
『──勇者の説得か』
(だ、ダメかな……?)
『いや、いい』魔皇は即答した。『むしろそれが最前とも言える。しかし、全滅よりも遥かに難易度が高いぞ』
(それは、承知の上だよ)
ヴェロアの顔は見えないがおそらく少し笑っている。ノウトの言うことに呆れているのか、なんなのかは分からないけれど、好意的に思われるのは確実だ。
『……うむ、そうだな。ノウトが決めたことだ。やるしかない。それに、リアという不死身の少女に抵抗されたらノウトは勝ち目がなさそうだしな』
(それは……うん…否定できないけど)
それから数秒時間が空いてから、ヴェロアは口を開いた。
『ノウト、無理はするなよ』
(ああ、大丈夫。無理はしない、きっと)
そう言いつつも、今後何かが起きたらノウトは無理をするだろう。その時に誰かに止められない限りは。
(……ヴェロア、俺たちは一度勇者と戦って敗れて時間を戻してるんだよな)
『ああ、その通りだ』
(それじゃあ、他の勇者の神技とかも分かっているってことか?)
『あぁ……そのことなんだが』ヴェロアは返答をしぶった。
『過去に戻った際に私が魔力をほとんど失ったことは伝えたな?』
(ああ、それは聞いたかな)
『それなんだが、私の記憶は魔力と深く結びついていてな。過去に戻ったときに記憶も同時に失ってしまったらしいんだ』
ノウトは息を呑んだ。まさかヴェロアにも記憶障害が起きているとは思わなかったからだ。
『全てを失ったわけではないから朧気には覚えているんだが、詳しいところはどうもな。だから他の勇者の神技については、すまない。伝えられないんだ』
(……そういうことだったのか。でも、それは仕方ないよ。ヴェロアは被害者なわけなんだし)
ノウトがそう言うと、ヴェロアはそっと微笑んだ。
『神技について、教えられないとは言ったが、ひとつ私から助言できることはある』
(助言?)
『ああ、勇者の中には少なくとも瞬間移動が可能な〈空間〉の勇者がいるはずだ』
(〈空間〉の勇者って……、どうしてそいつがいることは知ってるんだ?)
『時を戻す前の世界線で、勇者たちがこちらの本丸や本陣にたどり着くのがやけに早かったんだ。それはつまり、瞬間移動が可能な勇者がいたことにほかならない』
(そういうことか。でも、だとしたらかなり危険だな……。ヴェロアのところまで一瞬で行くことができるってことだろ?)
『ああ。だが、まだそいつは動いてはいないだろう? つまりどこかにいる〈空間〉の勇者は慎重で、またそのパーティの仲間たちも瞬間移動が出来ると知っていながら竜車に揺られて行動しているということだ』
(確かに。よく考えれば、瞬間移動できるなら竜車に乗る必要なんてないな)
『ああ、その通りなんだ。真意は分からないがことを急ぐ必要はない。ただ、先程の話に戻ると勇者を説得するに当たって瞬間移動が可能な〈空間〉の勇者は積極的にこちら側に引き入れる必要があるな』
(分かった。やってみるよ)
『うむ』とヴェロアは頷いた。『ノウト、焦らずに、慎重にな』
(了解)
『また会おう、ノウト』
ヴェロアはそう言って、夜霞のように空中に霧散した。ノウトは客車の椅子に座り直して、バッグからスクロールの羊皮紙とペンを取り出した。都の中で道行く行商人から頂いたたものだ。
ノウトはスクロールを広げ、今までのことをまとめながら書き連ねた。ふと、正面を見るとリアがいた。横を見て、御者台の先の方を見ている。ノウトに見られたことに気がついたリアがこちらをちらりと見て、目が合った。今この場でヴェロアから貰った情報をリアに伝えるのは難しい話だ。レンもフウカも、シャルロットもいる。みんな目をつむって休んでいるように見えるけれど、会話が聞こえないとは限らない。
ヴェロアの姿や声がノウトにしか聞こえないのも不便だな、なんて心のどこかで思ってしまった。
「勇者様方~! そろそろフリュードに着くので身支度の方を宜しくお願いします!」
そう言われてパーティの面々がみんなはっと瞼を開ける。窓の外を見遣るとすでに街の中に入っているのが分かった。
ノウトはさっきまで記入を続けていたスクロールを丸めてリュックにしまい込む。
「ついたね」
レンが言うと、シャルロットが「うぅん」と大きく伸びをした。その様子を見ていたノウトとリアは不思議と目を合わせて、二人して小さく笑った。




