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第23話 追憶の夢



「それで、ここからが本題なんだけど」


 リアはぴんと人差し指を立てて見せた。


「どうやって説得するか、だよな」


「そう。それが一番大事」リアがその真っ白な足を伸ばした。「わたしたち勇者は……少し言い方いじわるになっちゃうけど、記憶を動機にされて魔皇さんを倒そうとしてる」


「記憶をエサに動かされてるってことだよな」


「うん、わたしたちみんな、家族のことももともと住んでいた場所も友達のことも忘れちゃってるから、それを思い出そうと必死になってる。だから魔皇さんを倒さざるをえないように状況を操作されてるんだと思う」


「俺たちを召喚した女神に、ってことか?」


「推測でしかないけど、たぶんね」リアはうなずいた。


「あのアトルにいた王様とかも女神様とグルなんだよ。そうじゃないとこの状況は生み出せない」


 ノウトは感心した。いや、かなり感心した。リアは冷静だ。自分も記憶がなくて不安に違いないのに、ここまで考えているなんて。


「まぁ、今はわたしたちを召喚した女神様がどうとかは考えるべきじゃない。今はほかの勇者たち、同じパーティのフウカちゃんやシャルちゃん、レンくんも含めた全員を説得して、止めないといけない」


「記憶を褒美に動かしてるってことは、記憶を戻せる手段が向こうにはあるってことだし、そのことは今は焦る必要はないんだよな」


「そういうことだね」リアは手を土手について、ノウトの方を見た。「それで、どう説得するのがいいのかなんだけど」


 ノウトはリアと話している最中、説得する方法について深く考えていた。今の会話も含めての答えをひとつ導き出した。


「別に記憶を取り戻したくないやつなら、簡単に言いくるめられそうだよな」


「うん、そうだね」リアは自らの顎を触った。「勇者が魔皇さんを倒す動機は『記憶を取り戻したいから』だから過去の記憶を必要としていない勇者なら、上手く説得できると思う」


「でも……」ノウトは腕を組んだ「自分で言っておいてなんだけど、そんな人いるのかな」


「大丈夫」リアは小さく笑った。「わたしたちの力になってくれる人はきっといるよ」


 その笑顔がまぶしくて、ノウトは直視できなかった。それから夜の帳に目をやって、口を開いた。


「こっちの母数を増やせば、あとは流れでなんとかなるかもしれないな。今は俺とリアだけだから難しいけど二、三人でも魔皇を殺さない派が生まれればそのまま数で呑めると思う」


「そうだね。まずはひとりでも仲間にしないとって── あっ、そういえば、……」


 リアが遠くの方を見るように目を細めて、そしてノウトの方へと視線を向けた。


「もうすぐ見張り交代の時間かも」


「怪しまれたらまずいから、そのあたりはちゃんとやらないとな」


「うん、それじゃまた明日だね」


「おう」


 リアは立ち上がって、それから外套を脱いでノウトに渡した。


「これ、ありがとう」


「え、ああ。別に大丈夫だけど。風邪ひいてないか?」


「うん、たぶん大丈夫」


「リア」


 ノウトは、突然リアの名前を口出したことに自分でも驚いた。リアは不思議そうに少しだけ首を傾げてこちらを見つめている。吸い込まれそうなほど綺麗な双眸を、今度は目をそらさずに見つめ返した。


「あのさ、あらためて……その、伝えたくて」


 ノウトは手のひらに汗がにじむ感覚があった。リアはなぜか、赤く頬を染めていた。拳をぎゅっと結んで、それから口を開く。


「リア、俺の仲間になってくれ」


 それを聞いたリアは数秒固まって、それから吹き出すように笑った。


「な、なんだよいきなり笑って」


「いや、ごめんね。何を言い出すのかと思って」リアはひとしきり笑ったあと、目じりに浮かぶ笑い涙を手の甲で拭って、


「うん、もちろん」


 リアはいつかと同じように花のような笑顔で笑った。


「きみの助けになるよ。これからもよろしくね、ノウトくん」


 彼女の差し出してきた手を、ノウトは握り返した。お互いの手の汗で、少しだけ滑ってるけど、温かくて、そこにリアがいるという証明に繋がった。

 ノウトとリアは野営地まで戻って、怪しまれないように先にリアが横になったのを確認してからフウカに見張りの交代を申し出た。フウカが起きたのを見て、ノウトはレンの隣辺りで横になって目をつむった。

 その日のことを整理していると、いつの間にか深い眠りについていた。











          ◇◇◇










 焼け野原になったその戦地の中心で俺は、灰を抱えていた。

 大切な人の灰を。

 かつて生きていた『彼女』の灰を。

 何分、何時間、──いや何日と、俺はこうしていただろう。

 その手に抱えていた灰は既に散り散りになり、風に飛ばされ、そこにはもう何も無かった。

 その時初めて、彼女は本当に死んでしまったんだなと、思ってしまった。

 俺には、彼らを止めに行くという気力も起きなかった。

 ───仲間同士で殺し合うなんて。

 この世界に来てからこうなるなんて思いもしていなかった。

 彼女のいない世界に生きている価値も、意味も無い。

 絶望の淵に立っていた。

 もう死にたいと、そう思っていた。

 そんな時突然、誰かの声がした。


「何故そこで(つくば)っている?」


「……………」


「問答も出来ないのか?」


 俺の顎を持ち上げて、顔を近付かせる。

 綺麗な顔立ち。透き通るような白い肌。新雪のように真っ白な髪。その頭には黒く大きな二本の角が生えている。俺と同じくらいの年端の少女だった。


「酷い顔色だな。心拍数も安定していない。何時間ここにいたんだ、きみは」


「……………」


「きみは勇者だろう? 私を殺そうとしないのか」


「…………」


「言っておくが、私は魔皇だぞ」


「………そうか」


「やっと、喋ったな」


 彼女は途端に笑顔になり、俺の顎から手を離した。俺が倒れそうになると彼女が肩を掴んで倒れないようにした。彼女の背後に何か人影が見えたが目が霞んでいて、良く見えない。


「おいおい。大丈夫か。死人のような顔をしているぞ」


「…………魔皇」


「なんだ。何にでも答えるぞ」


「…………お前を殺しに行ったやつはどうなった?」


「あやつか。殺したぞ。殺されるかと思ったのでな。炎と光を操る勇者。それなりに手強かったが、戦いはすぐに終わった」


「そう、か………」


「お前はどうしたんだ? 置いてけぼりにされたのか?」


「……………」


「言わずともわかる。殺し合ったんだな」


 反応すら出来なかった。思い出したくもない。

 こんなことになるなら出逢わなければ良かった。ここに、来なければ良かった。そもそも、目覚めなければ………。


「これからどうするつもりだ?」


「…………」


 魔皇は腕を組んだ。


「結界があるから人間領に帰ることは出来ないな。(もっと)も、帰ったところで行く宛は無さそうだが」


「…………」


「よし、うちに来い。養ってやる」


「…………」


「おい、何か返事をしたらどうだ。私が馬鹿みたいじゃないか」


「───………殺してくれ」


「断る」


 彼女は即答して背後を向き、人影に呼びかけた。


「ロストガン、こいつを運べ」


「ボスの命じるままに〜」


 濃紺色の髪をした男がこっちに歩いてくるのが分かった。だが、頭の中が霞みがかっていてよく見えない。そいつが俺を持ち上げて、その肩に乗っける。


「誤解されがちだが」


 魔皇は屈託のない笑顔でにっと笑った。


「私は困ってるヤツは放っておけないタチなんだ」








          ◇◇◇








 早く起きなくては。そんな思いで目を覚ました。

 想いの残滓が脳内で流れている気がして、額を片手で抑える。

 何か、夢を見ていた気がする。夢を見ている間は鮮明だったのに、目が覚めたら全てを忘れていた。

 何か、大切な夢だったような、そんな気がする。でも、忘れてしまったことについて深く考えても結果には何も影響はない。夢はえてしてそういうものだ。

 身体を起こすと、レンがそこにいた。どうやら朝支度をしているようだ。


「ノウト、起きた?」


「あ、ああ。あれ、もしかしてもうみんな起きてる?」


「ノウト以外はみんなね。でもまぁ大丈夫。まだ出発する時間じゃないしね」


「でも、さすがにこれから二度寝ってのはできないだろ」


「ははっ」レンは荷物をまとめながら笑った「そうだね。それじゃみんな竜車の中で集まってるから、ノウトも準備できたら来てくれ」


 ノウトが頷くと、レンは荷物を持って竜車に向かって歩いていった。

 リアやフウカがいないのを見ると、レンの言う通りノウトが起きるのが一番最後だったようだ。

 ノウトは軽く身支度を済ませて、野営用の寝具を畳んでからそれを肩に担いで竜車へと向かう。ウルバンが走竜に丁度餌を与えていた。


「ウルバンさん、おはようございます。今日も宜しくお願いします」


「ノウト様おはようございます。はい、勅令全うさせていただきます」


 彼に挨拶をしてから客車の後ろに荷台に寝具を他の寝具と同じようにしまう。

 そこで他のパーティーの竜車に目を配る。

 ミカエルが丁度竜車に乗ろうと足を掛けている所で目が合っておはようと手を振り合った。パトリツィアが竜車に乗るのをダーシュがサポートしているのが見えた。

 辺りを見渡して、様子を見ているとどこか違和感を感じた。

 違和感の正体を探るべく、それぞれの竜車を見た。見回した。それから、竜車の数を数えた。自分たちのものを合わせてその数は四台だった。勇者のパーティは全部で五つだ。竜車が四台しかないのは、おかしい。明らかにおかしい。


「マジかよ……」


 ノウトは思わず自らの口許を片手で覆った。竜車が、一台足りない。



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