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第83話 勇者だから



 本棚と長机。机の上には奇妙な筒状の物体があり、床には何枚もの羊皮紙が散らばっている。古びたランプと小さな〈光〉の神機が部屋には最低限の(あか)りしかない。

 その暗がりの部屋の中、机に向かってただひたすらに推考を重ねる者がいた。


「──ノウト」


 後ろから、彼の名を呼ぶ声が聞こえた。その声に呼応するようにノウトは振り返って、口を開いた。


「メフィ」


 そこにいたのはここの部屋の主、メフィス・フラウトスだった。

 扉が閉まる音がすると同時に廊下から流れ出た悠然とした風がメフィの髪を静かに揺らした。


「まだ起きてたの?」


「こっちのセリフじゃ」


 メフィがそう言うと、ノウトは頬を緩ませて、頬を指で()いた。


「考えてたら、寝れなくなっちゃってさ」


 ノウトのその言葉にメフィは一瞬黙ってから、そして「そうか」とただ小さく呟いた。


「チナチナはどう?」


「いつも通りじゃよ。夕食はきちんと食べていたから安心せい」


「そっか。なら良かった」


 ノウトはまた机に視線をやった。


「あ、そうだ。メフィ、ちょうど見て欲しいのがあってさ」


 メフィがノウトの隣に立つと、ノウトは自らの手のひらに乗った小さな直方体の物体を見せた。


「これ、感圧式の伝達機で、こっちがその受信機(レシーバー)なんだけど。どうかな、ちゃんと使えると思う?」


 ノウトが手渡すとメフィはその小さな手でそれを受け取った。メフィはポケットから眼鏡を取り出して、それをまじまじと見始める。


「うむ。機構に関しては問題なさそうじゃな。あとはきちんと両者が作動してくれるかが問題じゃろう」


「そっか、ありがとう」


 ノウトはメフィから伝達機と受信機を受け取って、長机に軽く腰掛けた。


「〈星瞬転移機(ステラアルカ)〉の方はどう?」


「順調と言えば順調じゃな。テスト試行でもモファナ近辺までは()()()ことを確認した。時間の問題じゃろう」


「良かった。ならこっちも心の準備しないとね」


「──人間領に」


 メフィはノウトの双眸を見つめた。


「人間領に行くのか?」


「ああ、そうだよ」


 彼は頷いた。


「俺は、勇者出現の謎を突き詰めたい。そのために、俺が……俺自身が召喚されたあの部屋にもう一度行かなきゃならないんだ」


 そしてノウトはメフィの目を見つめ返した。


「止めるかい?」


「……いや」


 メフィは首を小さく振った。


「止めはせん。わしにその資格はないからな」


 そこまで言って、メフィは「──だが」と言葉を添えた。


「分かっておるのか?」


「……何を?」


「真理を──真実を求めればそれ相応の代償がいるということを」


「分かっているさ」ノウトは間髪入れずに答えた。


「俺が記憶を失ったあの場所に行けば、もう一度記憶を失う可能性があることなんて」


 仄かな光がノウトの横顔を照らす。


「だからこそ、メフィの造った〈魂魄出力機(ソウルグラフィ)〉を頼らせてもらう」


「そのために……造ったんじゃない!」


 メフィは声を荒らげて言った。


「お前に、……ノウトに、自殺行為をさせる為にそれを造ったわけじゃ──!」


「大丈夫」


 ノウトは頬を緩ませて、メフィの頭を撫でた。


「俺は大丈夫だから」


「何の根拠でそんなことを……」


「信じてるからだよ」


 ノウトはメフィの頭から手を離して、


「メフィを、魔皇様を、ロス先輩を、ラウラを。みんなを信じてるから、俺は命を賭けられる」


 そして、メフィを元気づけるように微笑んだ。


「俺の記憶がなくなったって、誰かがこの部屋にまた連れ戻してくれるって、信じてるからさ」


「相変わらず」メフィは涙ぐむその眼を袖でぬぐった。「……無責任なやつじゃな」


「ごめん」


 ノウトは儚げに笑う。


「でも、俺が勇者の召還を止めて、この世界に少しでも平和をもたらさないと」


「英雄にでも、なるつもりか?」


「かもね」


 ノウトは冗談っぽく笑って誤魔化した。


「……ごめん。俺はただみんなを失いたくないだけだよ」


 ノウトは少し俯いてから、そして顔をあげて、メフィの方を見据えた。


「それに、俺は英雄じゃなくて、勇者だから」


 ノウトがそう言うとメフィは、ふん、と鼻を鳴らした。


「わしも、信じておるからな」


「うん」ノウトが(しか)と首を縦に振る。「信じてくれ」


「じゃあ早速だけど、この伝達機を置きに人間領結界近辺の砦まで向かおう」


「まったく」メフィは少しだけ笑った。「ぬしは人使いがあらいのう」


「こんなこと頼めるの、メフィしかいないからさ」


「まぁ、瞬間転移陣(ステラグラム)を容易に扱えるものなどそうそうおらんからな。仕方あるまい。ノウトのわがままに今しばらく付き合ってやるとするかの」


 そう言いながらノウトの前を歩くメフィの背中をノウトはゆっくりと、ただ追いかけた。





 竜人族(ドラゴニュート)とのあの大戦から二週間、まだノウトの中には渦巻く複雑な心情があった。

 先の戦争で竜人族(ドラゴニュート)の侵攻を食い止めることが出来たのはノウト自身の力ほかならない。

 しかし、それまでにノウトたちは多くのものを失った。


 ラウラ唯一の直属護衛兵である、ダーシュ・ヴァーグナー。


 センドキアから共にして、ノウトに寄り添ってくれたニコ。


 ノウトの親友である血夜族(ヴァンパイア)、ローレンス・ヴァン=レーヴェレンツ。


 神機技師でガランティア連邦王国出身ながらもノウトを助けてくれたスクード・ゼーベック。


 ミドラスノヴァで牢獄に囚われていたノウトたちを助けてくれたカミル・ドラシル。


 かけがえのない仲間たちを失った。

 景色が灰色になったみたいだった。

 心に穴が空いたようだった。


 しかし、その心の穴を埋めるがごとく、敵将パトリツィア・ジクリンデ=ソウド=イグナイストが言った言葉が頭の中を去来する。


『〈熱〉と〈樹〉と〈盾〉は先刻、殺してしまいましたが』


『お初にお目にかかります、〈闇〉の適合者殿、〈(くろがね)〉の適合者殿、そして特異点殿』


(わたくし)はパトリツィア・ジクリンデ=ソウド=イグナイスト。竜人族(ドラゴニュート)の大国アトルエレクの王女、そしてあなたたちと同じ適合者です』


 彼女はこんなことを出会い頭に言っていた。

 もし、ノウトの推測が正しければ。

 もし、ノウトが考えていることが合っているのならば。


 彼らとノウトが出会ったのはただの()()なんてものではなく、──()()()()()()()()()()()()





投稿ミスをしていたので改稿して修正しました。

序章もクライマックスに迫っているので、もうしばらく彼らの行く末を見守っていただけると幸いです。

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