第82話 灰色の風が吹く
風が、吹いている。
乾いた風が、荒野を悠然とおよいでいる。
「……起き……、ないと」
そうだ。
早く、起きなければ。
ふと、隣で横になり目を瞑って気を失っているラウラに目をやった。
壊さないように腕を優しく掴んで脈をはかる。
「…良かった………」
生きている。
ラウラがパトリツィアに胸を貫かれたときは死を覚悟したけれど、良かった。本当に。
辺りを見る。
どれくらい気を失っていたのだろう。
死体がそこら中に転がっている。
「レン……」
自然とその名前が口からこぼれていた。
「…………カミル……」
返事はない。
「……ニコ」
いくら名前を呼べど。
「…スクード……」
返事は返ってこない。
「………ダーシュ」
ああ、みんな。
……本当に、死んだんだな。
パトリツィアの死体のそばに近づき、魔皇を閉じ込めている小さな神機を拾って、手に取った。
「………帰ろう、うちに」
ラウラを担いで、歩いていく。
死体と亡骸のそばをただゆっくり歩く。進んでいく。
「…………ああ、そうだったな」
思い出した。
思い出したんだ、今まで失っていたものを。
──いや、思い出したというよりは、もとからそこにあったものに気が付いた、と言った方が正しい。
ノウトは、──俺は前世で日本という国に生まれてそこで育った。
今いるこの世界とは明らかに違うところだ。
魔法はなく、種族も人間しかいない世界。
両親。スマホ。テレビ。学校。ゲーム。自転車。友達。原付。先輩。電車。ビル。漫画。自動車。小説。映画。仕事。東京。マンション。パソコン。高架橋。アスファルト。イヤホン。先生。
リアルで、現実的で、そして……。
──平和な世界。
そう、そんな平和な世界の中で俺は、奇妙なことに『殺し合い』をしていたんだ。
異能力者のうちで最後の一人になればどんな願いも叶えられるという、くだらない殺し合い。
俺は、連れ去られた糸雀ともう一度会いたくて、人を殺した。たくさん殺した。
覚えている。
殺した感触も、殺した空気も。
そして、終には俺はその世界で、十七歳の冬に──殺された。
誰に殺されたかは分からない。でも、俺は確かにあの時殺されて、死んだ。死んだんだ。ひんやりと、じっくりと、死が、ただただ真っ黒で漆黒の死が近づいてきて、……そして無になった。無の中を浮いては沈んでを繰り返して、思考も出来なくなった。
それで次の瞬間にある記憶、それはこの世界で目覚めた記憶だ。
そこで、俺はリアと再会した。
今思えばそれはまるで、『リアにもう一度会いたい』という前世の俺の願いが叶ったかのようだった。
でも、お互い前世の記憶がなかったから再会したこと自体に気がつけなかった。
互いに心のどこかで何かを感じながらも前世で会ったことがある、ということを証明することが出来なかったのだ。
リアと俺を含めた五人の勇者は魔皇を殺すことを命じられた。そして、わけも分からずそれに従った。
封魔結界を抜ける前にベルという名の仲間の勇者の一人がリタイアし、そして四人で魔人領に向かうことになった。
ノウト、リア、レティシア、そしてチギラだ。
封魔結界を抜けてすぐのところで、油断していた俺たちに待ち受けていたのはゴブリンの群れだった。
レティシアがゴブリンに殺された。
チギラはレティシアの紋章を奪って、他人の神技を自らのものとした。
そう、他人の紋章を奪ったのだ。
その文言は不死王が以前言っていたことを想起させる。
『最終局面だ。お前の〈紋章〉はオレが頂く』
確かに不死王はあの時そう言っていた。
つまり、あいつはあの時ノウトの神技を奪おうとしていたのだ。どういった方法かはいまいち定かではないが、他人の神技を奪えるというのは事実だ。
そして、紋章を奪ったチギラはレティシアの神技である《不知火》を使って、リアを殺した。
俺はリアが死んだことと、チギラが大虐殺を起こしたことに絶望し、その場で灰のようになってしまった。
そしてその後、魔皇に拾われて、救われた。
と、思い出した記憶について様々な疑問点はあるが、一番大きい疑問は、なぜ俺はリアが殺される以前の記憶を失っていたのか、ということだ。
記憶と言えば、俺がこの世界に来た時にも記憶を失っていた。前世の記憶だ。
それが失われた瞬間というのはやはりこの世界に転生してきたときだろう。
この世界に転生したときに失われた記憶は、前世の記憶は引き継げないと考えれば納得は出来ないものの受け入れることは出来る。
しかし、それならば俺がリアを失うまでの記憶が消えたのはなぜだろう。
リアがチギラに殺されたあの瞬間は、俺自体の生死とはまったく関係がない。
つまり記憶が失われる確かな要因にはならないのだ。
ということは、意図的に俺の記憶を消している奴がいることにほかならない。
俺がリアを失った瞬間に、それ以前の記憶を消し去ったやつがいる。
だいたい目処はついている。
──女神アドだ。
俺をここに召喚したと言われる女神。
そして、ニコに俺を殺すように頼んだ、あの女神。
顔は見た事はないものの、今まで幾度となくノウトの邪魔をしてきた女神が、俺からリアの記憶を消したに違いない。
だが、ただの怨念や恨みで俺の記憶を操って攻撃しているわけではないと思う。何か理由があるのだ。俺の記憶を消す理由が。
その理由を探るべく、俺は会わなくてはいけない。
俺を──俺たちを、この世界に召還させた女神アドに。




