第20話 夜想竜車
がたごとと揺れる竜車。
轣轆を奏でながら、先へ先へと進んでいく。
ランプで照らされたその客車の中でノウトはスクロール地図を眺めていた。
世界地図、と称されてはいるが描かれているのは人間領のみだ。
人間領は二つの大陸によって成されている。北レーグ大陸と南レーグ大陸だ。
ノウト達が目覚めた宗主国アトルは南レーグの南東に位置しており、白海の国シェバイアと銀岳の国ニールヴルトを挟んだその遥か西の半島に〈封魔結界〉がある。
話によると、封魔結界は人間は通ることはできるが、魔人族は通ることができないらしい。
この封魔結界があるおかげでこの人間領は何百年と平和が築かれている。そして、封魔結界をつくりだしたのは過去に召喚されたいつかの勇者だそうだ。大陸ひとつを覆い尽くすほどの結界を生み出すなんて、勇者の力には恐れ入るしかない。
さらにいえば、西側の封魔結界のある辺りは地図上では半島だが、そこで区切れているだけで実際は西側に更に大きい土地があるのだろう。魔人領がどれほどの規模があるのかは、正直気になる所ではある。人間領より大きいのか、もしくは小さいという可能性もある。
今朝、竜車に乗り込んでから十時間が経とうとしていた。しきり揺れるし、乗り心地はあまり良くない。流石に尻が痛くなってきた。
竜車の騎手はウルバンと名乗り、今朝から休憩を二時間程度挟みながらもずっと操り続けている。とんだ重労働だ。
今ノウトの両肩には二つの頭が預けられている。リアとフウカのものだ。二人とも熟睡している。
両手に花ならぬ、両肩に花───いや、頭?
重いし、暑苦しいのでそろそろどいてもらいたいが起こすのも何だか心苦しい。リアはともかくフウカに心を許して貰えてるようで安心した。
反対側の席にシャルとレンがお互いに肩を預けながら寝ていた。
何せ客車の壁に肩を預けようものならガタガタと揺れるその振動で碌に寝れやしないので互いに肩を預けないと眠ることも出来ない。だからそんな姿勢になるのは必然とも言える。
ノウトは昨晩あまり眠れなかったのもあって昼間に思いっ切り眠ったので今はかなり目が冴えていた。
暇だし、やることもないので、ノウトはもう一度スクロールに目を落とした。
これから向かう白海の国シェバイアはかなり小さい領土の小国で首都フリュードを中心にいくつかの町村があるだけのようだ。フリュードもアトルの首都アカロウトの三分の一もないらしい。
フリュードに着いた後はそこの宿で一晩泊まり、次の日にはニールヴルトに向かうのだという。分かっていたことではあるが、忙し過ぎる。竜車騎手の人達、過労死してしまうんじゃないだろうか。ゆっくりどこかで休んでもらいたいところだ。
「──はぁ……」
思わず溜息を漏らす。今朝のことを思い出したのだ。あの男に「魔皇の手下、協力者が勇者の中にいる」と言われたこと。ほかの勇者たちにノウトが件の魔皇の協力者であることがバレたら果たしてどうなってしまうのだろう。それは、分からない。
ため息をついたその時肩を少し揺らしてしまった為にフウカが目を覚ましてしまう。
「……ノ、ノウト。すみません、体重かけてて」
「いや、いいよ。大丈夫。こっちこそ起こしてごめん」
「そんなの、謝る必要ないですよ」
ノウトはまたしてもごめん、と口に出しそうになり、その言葉をすんでで喉の奥にしまいこむ。
「──ノウトは…」
フウカが真剣な面持ちでこちらを見る。
「あの人の『魔皇の協力者がいる』って話、どう思います?」
「どう思うって、その話を信じるかってことか?」
「それもありますけど、もしいたとしたら、手をかけられますか? もちろん、ノウト達のことは信じてますけど。他のパーティに何かあったら」
フウカは床に目線を落とす。
「もしそいつがいて敵対するって言うなら、俺は止めるよ。何か起きたら取り返しはつかないから、止めるしかないと思う」
そこまで言って、ノウトは自分が嘘がつくのが上手いことに気がついた。ノウトは自分自身が魔皇の協力者なのに、フウカに嘘をついた。胸が多少は痛むけれど、今は嘘をつくしかない。
「そう、ですよね」
「……でも」ノウトは小さく、そっと笑った。「これじゃ何をしに魔人領に向かってるのか分からないな」
「ですね」
フウカと軽く笑い合う。フウカが魔皇の手先、つまりノウトに怯えてるという事実に軽く心が打ちのめされそうになる。
ノウトが勇者を殺さなくてもいい選択肢として『魔皇は悪いやつではないと説得する』がある。魔皇を殺さないでくれ、悪いようにはしないから、と。
フウカにはそう言ったら快く納得してくれそうだ。でもノウト自身が魔皇の協力者じゃないと嘘をついていたことには失望するだろう。それはもうこの際しょうがない。
今後の方針として、なるべく説得する。それを快諾してくれなかった人のみ殺める。ということに今はしておく。そう考えるに留めておく。
と言っても説得に応じる人なんてそういるとも思えないが。「俺は魔皇の協力者だ」なんて言った瞬間に殺されそうだ。
この件はヴェロアと再度会った時に相談しよう。これは勘だけどヴェロアは快くこの案は受け入れてくれると思う。
いや、ただ自分がそう思いたいだけなのかも知れないな。




