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第0.9話 君の手で



 血と硝煙の臭いがする。

 俺はパーティの仲間と意見の食い違いで(いさか)いをしていた。

 それも魔人領という敵地のど真ん中で。もっとも、その敵地は彼らの手によって文字通り、焼けの原と化していたが、そんなこと気にも止めずにやつは──チギラはそこに立ってその切れ目で俺たちを睨んでいた。


「もうやめようよこんなこと!」


 彼女が胸に手を当てて叫ぶように言う。


「……貴様は、自分が何を言ってるのか分かっているのか? 相手はあの悪しき魔人だぞ。今までどれほどの人間が奴らに蹂躙されたと思っている。彼女も……、レティシアも殺されたんだぞ?」


 真に怒りの籠った怒号を彼女が浴びる。

 それを擁護するように俺が反論した。


「分かってるに……、決まってるだろ。……でもそれは過去の人達の過ちだ! 俺たちの過ちだ! ここにいた彼らは関係なかっただろ!」


「……いいや、貴様は何も分かっちゃいない」


 チギラは小さく首を横に振って、俺と目を合わせた。


「歴史は繰り返されるんだ。人間と魔人、持たざる者と持って生まれた者が共生出来るわけがない! 俺たち勇者がそれを正さなくてどうする!? 人間領の人々は魔人の脅威に怯えたまま過ごし続けるのか!?」


「……今は、人間領の人達は怯えているかもしれない。でもいつか手を取り合って、ずっと昔みたいに一緒に過ごせる、そんな日が来る。……そう、わたしは信じてる」


 彼女の言葉を聞いたやつが目を細め、遠い方を見る目をした。


「……何を言っても分からないか。馬鹿ばかりだ。貴様らの力は今後人類の脅威に成りうる。ここでやり合おう」


「──なっ!?」俺は言葉を失った。「そんなの不毛過ぎるだろ! 魔人を殺す必要も無いし、俺達が戦う理由も無い!」


「……それは、どうかな」


「…ッ!?」


 彼のその手が眩く光り、そこから熱光線を発射される。《黎光(グランツ)》だ。

 その攻撃にはもちろん反応出来なかった。右足の先に掠ったのが分かった。

 そりゃそうだ。光速に反応できる人間など存在しない。

 相変わらず強過ぎる。

 俺は身を屈め、能力を発動して相手に突っ込もうと走り出そうとするが、右に倒れてしまう。その時に異変に気付く。

 右足の膝から先、そして右腕の肘から先が無いのだ。掠ったと思ったが、直撃していたようだ。今頃になって痛さが襲ってくる。


「いッ……!」


「ノウトくん!」


 彼女が俺の名を呼ぶ。

 熱い熱い熱い。熱くて痛くて。

 だめだ、痛さで失神しそうだ。こいつに殺された魔人たちは皆この痛さを感じているのか、いや、これ以上の苦痛だろう。


「お前らは危険だ。生かしておけば必ず魔皇討伐の障壁になる」


 チギラは呼吸をして、それから手をかざした。 


「お前を殺すなら、()()だろう」


 彼の手から真紅の炎が立ち上り、それが彼女に向かって這っていく。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。チギラはゴブリンに殺された彼女の死体から紋章を奪って、自らのものとしたのだ。

 その炎が這っていた地面は灰燼(かいじん)に帰す。それは避けることは不可能だった。一瞬のうちに彼女はその炎に包み込まれてしまう。


「あぁッ……! ……がぁぁッ!」


 声を出そうに出せない。

 ああ。だめだ。その炎は。


 不知焔(シラヌイ)は対象が灰になるまで消えない炎だ。


 余りに惨い。彼女は(もが)き苦しんでいた。

 その身体の穴という穴から炎が漏れ出ていた。

 焼けた瞬間にそこは彼女の力で修復される。彼女に向かって左手を伸ばす。

 しかし届いたところで意味は無い。

 届く訳もない。

 もう、終わりだ。

 圧倒的過ぎる。呆気なすぎる。なんだよこれ。こんな結末。こんな終わり方。

 俺の顔は涙と血でぐしゃぐしゃになっていた。


「悪く思うな。これも人類の為だ」


 そう吐き捨てるチギラを視界の端でなんとか捉えるが、すぐに走り去ってしまい、もうその姿は見えなくなっていた。

 俺は意識を保とうと何とか気を張るが、失血で目の前徐々に暗くなるのが分かる。だめだ。起きていないと。起きてないと、彼女が。燃えて。燃えて。音も。ああ。何もかも。消えて。消えて。──暗くて、暗い。



















 ───それでも闇は冷たく、やさしくて。




















 どれくらいの時間が経っただろう。


 目を覚ますと、そこには変わり果てた彼女の姿があった。


 全身は黒く爛れ、もはや彼女の原型を留めていなかった。


 ただ俺にはそれが彼女だと分かる。

 俺には分かった。


 炎は身体から漏れ出てはいなかったが未だその皮膚下では焔が灯っているのだろう。

 いつの間にか俺の右足、右腕は元の通りに治っていた。

 彼女が治したのか。この状況で。

 俺は彼女を抱き締める。


()()!」


「......い゛、っ」


「ご、ごめん!」


「いや、大……丈夫。……あ、りがと……」


 彼女は一瞬で顔を修復し、もとの顔に戻った。

 声帯も治したようだ。


「………離れて、火が、当たっちゃ...う。わた、し......ぁっ。もう、……だめ、みたい」


「リア! リア!! そんなこと言うなよ! これからだったろ! これから! 俺たちは!」


 俺が言うと、リアは少しだけ笑った。笑った気がした。


「…………どうせ、なら、きみの手で……いきたいな」


「……っ!?」


「ごめん、ね、最期に、こんなひどいお願いして」


「リア、だめだっ……! リアぁっ……!!」


「……そんな顔、しないで。……最後に……、きみを、感じて死にたいの」


「うっ……。あぁ………ぁ……」



「ノ、ウトくん.....」



「……リア?」






「──生きて」







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